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第2章〜クラウンへの道〜
悪夢の再来④
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ピアジェは戻ってきた私を完全無視した。せっかく謝ろうとしてもその態度なら、こっちだって話してやる筋合いはない。
「戻ってきてくれてよかったわ。よくあるのよ、観光に出たままいなくなる人とか、公演中に失踪する人が。ピアジェは誰が辞めても気にしないけど、やっぱり仲の良い人だと辛いのよね」
夜の公演の出番を終え、控え室に戻ってきたジュリエッタが言った。
「あなたは大切なクラウンだから、いなくなってはダメよ」
「君だってそうだよ、ジュリー。君は唯一無二の凄い歌手だ、誰も君の代わりはいない。皆だってそうさ」
「言ってくれるわね」とジュリエッタは目を潤ませた。
他の団員たちも私に多くを聞かず、ただ温かく迎え入れてくれた。私の1番の財産は、どんなときでも、どんな私でも受け入れてくれる仲間と居場所を手に入れたことだろう。
「ジェロニモは?」
出番を終えたヤスミーナに聞いたら、「夜の公演に出て、今1人でどこかにいると思うわ」と答えた。
「分かった。ゴメンよ、勝手なことをしてしまって。あの女を僕は知ってるんだ、それで余計に頭にきてさ」
「いいのよ、私も見ててスカッとしたし」とヤスミーナは微笑んだ。彼女の返事を聞いてほっとした。
「ジェロニモが公演に出られなくなるんじゃないかって冷や冷やしたけど、2人で謝りまくったから何とかなりそう。凄い怒ってたけどね」
一番心配していたのは、ジェロニモがあれを機に出演禁止になることだった。ピアジェのことだから、大切な客を怒らせたペナルティを科すことも容易に考えられた。その可能性が消えたことが何より嬉しかった。
「ネロ、あなたの正義感と優しさは凄く良いところだと思うわ。でも、心配なのはそれが今後あなたを苦しめないかどうか」
「僕のことは心配しないで。まずは君の心だけを守ることを考えて」
ヤスミーナは躊躇いがちに頷いた。
きっと彼女のことだから、自分のことだけ考えてなんていられないだろう。今も私のことだけじゃなく、ジェロニモのことを気にかけているはずだ。知っていてあえて言ったのは、彼女のことを少なくとも私は気にかけていると示すためだ。その事実だけでも救われるだろうから。
ジェロニモは1人サーカステントの裏に腰を下ろしぼんやりと空を見ていた。黙って隣に座ると、彼はこちらを見ることもなくぽつりと溢した。
「俺、辞めようかな」
彼の口から出る言葉を予想していた。私が彼ならそう考えると思ったからだ。
「お前は勘がいいし、すぐに上達するよ。俺はピアジェに才能がないってずっと言われてた。でもヤスミーナは俺ができると信じてくれて、根気強く教えてくれてたんだ。だけど今日分かったんだ、俺には才能がないって。ヤスミーナにも迷惑かけたし、ピアジェにも出来損ない、辞めちまえと詰られた」
「そんなことないよ。今日はたまたま当たった相手が悪かっただけだ。あの女は嫌な奴だよ。アイツの父さんもそうだ。きっと過保護にされてきたんだろうな」
「俺って昔からついてないんだよな」とジェロニモは自嘲して、地面の石を拾って投げた。石が木の根っこにコンという音を立ててぶつかり、弾かれて落ちた。
「俺の両親は俺が5歳のときに死んだ。当時妹は2歳だった。施設に引き取られて、世間からは可哀想な子って目を向けられて生きてた。他の子が金持ちの優しい里親に引き取られるのに、俺と妹が小学生のときに引き取られたのはヒステリックな婆さんと妹にセクハラするロリコンジジイがいるクソみたいな家だった。結局施設に逆戻りさ。
学校では施設育ちだからっていじめられた。仲間には必死に努力していい大学に行ったり、運動ができる奴はスポーツ選手になったりしてたけど、俺は頭も悪くて運動もできなかった。バイトではコキ使われて、施設の同じ孤児からも馬鹿にされてた。周りの皆が1枚は持ってる特別なカードが俺にはないんだよ。レベルでいえばノーマル以下の弱っちいカードしかな。せめて普通の家庭に生まれたかったと何度も思った。
高校のときにこのサーカスの公演を観た。ここで頑張りたいと思ったんだ。控え室に行ってルーファスに頼み込んで雑用から始めた。ジャグリングは運動神経がよくなくても上手くなるって、ヤスミーナが言ってくれた。だから頑張ってきたけど、もういいやって思えてきたよ」
彼の境遇や今日の散々な出来事を思えば、自暴自棄になるのも仕方ない。ただ彼に辞めてほしくないというのは、私の勝手な願いだ。彼とは今まで切磋琢磨してきた。競争が嫌い私が上手くなりたいと思えたのは、頑張る彼の背中を見ていたからだ。
「じゃあ僕と旅に出ようか」
ジェロニモは目を見開いた。
「何言ってんだよ?」
「君がジャグリングをして、僕がクラウンをやる。僕らならいいチームになると思うんだ」
ジェロニモは「それもいいかもな、お前と旅したら楽しそうだ」と笑った。
「広い世界を見るのも楽しいかもしれないしね。だけどさジェロニモ、君はきっと凄いジャグラーになると思うよ。僕はずっと何かに向かって頑張れる人たちが羨ましかった。皆を見てて思うんだ、努力をできることこそが才能だって。そんなに頑張れてるのはジャグリングが好きだからだろ? 努力できる才能を捨ててしまうのが一番もったいないことだよ。どこにいたって、君はジャグリングを続けるべきだ。これだけは確かだよ」
「ありがとう、考えてみるよ」
ジェロニモが俯いた。土をほじくりながら何かを考えているみたいだった。1人になりたいのだと理解して、そっとその場を去った。
「戻ってきてくれてよかったわ。よくあるのよ、観光に出たままいなくなる人とか、公演中に失踪する人が。ピアジェは誰が辞めても気にしないけど、やっぱり仲の良い人だと辛いのよね」
夜の公演の出番を終え、控え室に戻ってきたジュリエッタが言った。
「あなたは大切なクラウンだから、いなくなってはダメよ」
「君だってそうだよ、ジュリー。君は唯一無二の凄い歌手だ、誰も君の代わりはいない。皆だってそうさ」
「言ってくれるわね」とジュリエッタは目を潤ませた。
他の団員たちも私に多くを聞かず、ただ温かく迎え入れてくれた。私の1番の財産は、どんなときでも、どんな私でも受け入れてくれる仲間と居場所を手に入れたことだろう。
「ジェロニモは?」
出番を終えたヤスミーナに聞いたら、「夜の公演に出て、今1人でどこかにいると思うわ」と答えた。
「分かった。ゴメンよ、勝手なことをしてしまって。あの女を僕は知ってるんだ、それで余計に頭にきてさ」
「いいのよ、私も見ててスカッとしたし」とヤスミーナは微笑んだ。彼女の返事を聞いてほっとした。
「ジェロニモが公演に出られなくなるんじゃないかって冷や冷やしたけど、2人で謝りまくったから何とかなりそう。凄い怒ってたけどね」
一番心配していたのは、ジェロニモがあれを機に出演禁止になることだった。ピアジェのことだから、大切な客を怒らせたペナルティを科すことも容易に考えられた。その可能性が消えたことが何より嬉しかった。
「ネロ、あなたの正義感と優しさは凄く良いところだと思うわ。でも、心配なのはそれが今後あなたを苦しめないかどうか」
「僕のことは心配しないで。まずは君の心だけを守ることを考えて」
ヤスミーナは躊躇いがちに頷いた。
きっと彼女のことだから、自分のことだけ考えてなんていられないだろう。今も私のことだけじゃなく、ジェロニモのことを気にかけているはずだ。知っていてあえて言ったのは、彼女のことを少なくとも私は気にかけていると示すためだ。その事実だけでも救われるだろうから。
ジェロニモは1人サーカステントの裏に腰を下ろしぼんやりと空を見ていた。黙って隣に座ると、彼はこちらを見ることもなくぽつりと溢した。
「俺、辞めようかな」
彼の口から出る言葉を予想していた。私が彼ならそう考えると思ったからだ。
「お前は勘がいいし、すぐに上達するよ。俺はピアジェに才能がないってずっと言われてた。でもヤスミーナは俺ができると信じてくれて、根気強く教えてくれてたんだ。だけど今日分かったんだ、俺には才能がないって。ヤスミーナにも迷惑かけたし、ピアジェにも出来損ない、辞めちまえと詰られた」
「そんなことないよ。今日はたまたま当たった相手が悪かっただけだ。あの女は嫌な奴だよ。アイツの父さんもそうだ。きっと過保護にされてきたんだろうな」
「俺って昔からついてないんだよな」とジェロニモは自嘲して、地面の石を拾って投げた。石が木の根っこにコンという音を立ててぶつかり、弾かれて落ちた。
「俺の両親は俺が5歳のときに死んだ。当時妹は2歳だった。施設に引き取られて、世間からは可哀想な子って目を向けられて生きてた。他の子が金持ちの優しい里親に引き取られるのに、俺と妹が小学生のときに引き取られたのはヒステリックな婆さんと妹にセクハラするロリコンジジイがいるクソみたいな家だった。結局施設に逆戻りさ。
学校では施設育ちだからっていじめられた。仲間には必死に努力していい大学に行ったり、運動ができる奴はスポーツ選手になったりしてたけど、俺は頭も悪くて運動もできなかった。バイトではコキ使われて、施設の同じ孤児からも馬鹿にされてた。周りの皆が1枚は持ってる特別なカードが俺にはないんだよ。レベルでいえばノーマル以下の弱っちいカードしかな。せめて普通の家庭に生まれたかったと何度も思った。
高校のときにこのサーカスの公演を観た。ここで頑張りたいと思ったんだ。控え室に行ってルーファスに頼み込んで雑用から始めた。ジャグリングは運動神経がよくなくても上手くなるって、ヤスミーナが言ってくれた。だから頑張ってきたけど、もういいやって思えてきたよ」
彼の境遇や今日の散々な出来事を思えば、自暴自棄になるのも仕方ない。ただ彼に辞めてほしくないというのは、私の勝手な願いだ。彼とは今まで切磋琢磨してきた。競争が嫌い私が上手くなりたいと思えたのは、頑張る彼の背中を見ていたからだ。
「じゃあ僕と旅に出ようか」
ジェロニモは目を見開いた。
「何言ってんだよ?」
「君がジャグリングをして、僕がクラウンをやる。僕らならいいチームになると思うんだ」
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「広い世界を見るのも楽しいかもしれないしね。だけどさジェロニモ、君はきっと凄いジャグラーになると思うよ。僕はずっと何かに向かって頑張れる人たちが羨ましかった。皆を見てて思うんだ、努力をできることこそが才能だって。そんなに頑張れてるのはジャグリングが好きだからだろ? 努力できる才能を捨ててしまうのが一番もったいないことだよ。どこにいたって、君はジャグリングを続けるべきだ。これだけは確かだよ」
「ありがとう、考えてみるよ」
ジェロニモが俯いた。土をほじくりながら何かを考えているみたいだった。1人になりたいのだと理解して、そっとその場を去った。
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