ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

悪夢の再来②

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 私は激しく後悔した。ディアナが赤恥をかくこと=技の失敗を意味する。そんな単純なことに気づかずに邪念が過っていつもならありえないようなことを祈ってしまった。

 ディアナの顔は羞恥のために真っ赤に染まり、パフォーマーの2人と観客たちを睨みつけている。

「何をやってんだ、アイツは!」

 背後に現れたピアジェは怒りを露わにしている。

 どうしたらいいんだろう。帰ってきたら確実にジェロニモは怒られる。多分、彼に指導していたヤスミーナも。ピアジェのことだ。もうジェロニモはショーに出さないなんて言うかもしれない。長い間雑用をこなし必死に練習してきた彼が、この一回、よりにもよってディアナを指名してしまったがためにチャンスを棒に振るだなんて。

 何をしたらいい? クラウンとして私には何ができる?

 確かなのは、今私がやるべきは憎き敵であるディアナを心の中で笑うことじゃない。
 
 私はリングに飛び出した。落ちているクラブを拾い上げてディアナに渡しキャッチをするようにと身振りで伝えた。もちろんクラブジャグリングは未習得だけれど、この場合下手くそでもかまわない。

 ディアナは私をあの「弱虫」のアヴリルだと気づいていないようだった。おそらく誰の目から見ても私は白塗りの年齢性別不詳のクラウンに映るだろう。ここからどう笑いに繋げようか。あえて下手くそなジャグリングを披露して笑わせようかと頭を働かせているときに、客席からのしのしと腹の出たスーツ姿の中年男性が降りてきて、私の首根っこを掴みオフ・ステージに引っ張って行った。付いて来たディアナも腕組みをして立っている。

「おい、今度は娘に何をさせるつもりだ?! さっきもあの小僧の下手くそなジャグリングで道具をぶつけやがって!!」

「入るタイミングの問題では? ジェロニモの技術には問題はなかったはずです」

 直後、ゴツンと岩のようなものが能天に当たり鈍い痛みが広がり視界が涙で歪んだ。

「無礼なことを言うな、馬鹿タレ!!」

 拳骨を喰らわせたピアジェは囁き声で私を牽制し、気味の悪いビジネススマイルで腹の出た男に向き直った。

「これはこれは、ゴンザレス様……。先ほどは大変申し訳ございませんでした、うちの団員が粗相をいたしまして……」

 ピアジェの別人のように腰の低い様子を見ると、この偉そうなディアナの父親とピアジェは何らかの関係があり、ピアジェの方が下の立場なのだと推察できた。

 ピアジェは駆け寄ってきたジェロニモとヤスミーナを「お前らも謝れ!」と凄い剣幕で怒鳴りつけた。2人は言われるがまま蒼白のまま頭を下げた。彼らが謝る姿が痛々しくて、自分の無力さが悔しかった。ディアナはふんと鼻を鳴らしている。

 すでにリングではシンディのパフォーマンスが開始されている。

「謝っても無駄だ!! もし怪我をしたら、どう責任を取るつもりだったんだ!! アルゼンチン公演の際にはお前たちのサーカス団について大々的にニュースで取り上げてやったというのに、恩を仇で返されたもんだ!!」

「ごめんなさい……。俺が下手くそなばかりに……」

 ジェロニモは項垂れている。これがまともな客であれば、「ごめんね」「いいよいいよ」の二言で事は済んでいたに違いない。

「私の指導に落ち度がありました。申し訳ありませんでした」

「ヤスミーナ、謝ることなんか……」

 ヤスミーナの目には涙が溜まっている。2人とも事の重大さを身に沁みて思い知らされているのだ。2人が悪いわけではない。2人のパフォーマンスにも問題はなかった。たまたま指名した客がディアナで、その父親が思いもよらぬ人間で、その男を怒らせる出来事が発生するという不運が重なっただけだ。2人の頑張りを知っているからこそ、何もできない自分に苛立ちをおぼえた。

「全く、お前らのくだらない出し物のせいで、せっかくの旅行が台無しだ!! 今後一切、お前らには手を貸さんからな!!」

 憤慨したまま男は去っていき、ディアナは去り際にふっとまた鼻で笑い、ジェロニモに向かって「ちょっとは練習したら? もうぶつけたりしないように」と言い放った。

 カッと頭に血が昇った。最初は堪えようとした。拳を握り締め、歯を食いしばり息を整えようと。だが無駄だった。私のことを言われるのはまだいい。だけど、歯を食いしばって努力を続けていたジェロニモのことを貶されるのは耐えられない。

「ネロ、辞めて!!」

「行くな、ネロ!!」

 走り出した私の背にヤスミーナとジェロニモの声がぶつかる。
 
 裏口からテントの外に出て行った彼女の肩を掴んだ。

「仲間の努力を笑うな!! 確かに失敗したけど、彼は1年間ずっと血の滲むような努力をしてきたんだ!! あんたのように望めば何でも手に入れられる、我儘お嬢さんとは違うんだよ!! あんたは血も涙もない、人をいたぶることしか能がないサイコ女だ!! 井戸に落ちてイタチにでも食われちまえ!!」

 ピアジェが私の胸ぐらを掴んで殴りつけた。ルーファスとアルフレッド、ジャンが駆け寄ってきてピアジェを静止した。ディアナが憤慨した様子で何かを言い、その父親がまた私を怒鳴った。その映像がまるで無声映画を観ているかのように視界を駆け巡り、気づいたら私はどこかの海岸の岸壁にいた。
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