ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
127 / 193
第2章〜クラウンへの道〜

シンディ②

しおりを挟む
 クラウンノートを書いたあと、部屋のベッドに寝そべって考えた。

 前の私なら、告白されたら深く考えずに付き合ってしまっていた。心が純粋で綺麗なルチアと付き合った人はきっと幸せになれると思う。でも今の私に一番大切なのはサーカスで、それ以外の誰かや何かに心のスペースを開け渡すことは今は考えられなかった。恋愛というのは真剣になればなるほどエネルギーが要るものだと思う。

 果たして私に全てを賭けて愛せる人など現れるんだろうか。現れたとしてその人を傷つけること、自分を曝け出すことへの恐怖を超えていけるんだろうか。

 下のベッドのミラーが寝返りを打つ。「ごめんなさい、お父さん……」と寝言を言いながら。

 彼を悪夢から引き摺り出すために、そして自分のネガティブ思考を断ち切るために大声でヨーデルを歌った。

 ガバッとミラーが起き上がり、「何だなんだ?!」と驚いた。

「うなされてたから起こしたんだ」

「そうだったのか……。それにしても、もっと別の起こし方にしてくれよ」

「分かった、今度からはビリー・ホリデーを歌うよ」

「『暗い日曜日』のことか? 余計気が滅入りそうだ」

「ルチアが列車の窓から飛び降りようとしたの、君は知ってるかい?」

「ああ、ケニーから聞かされたよ。ルチアを問い詰めて、二度とそんなことすんなと怒ったら泣かれた。アイツは子どもの頃から繊細すぎて、気持ちが不安定なところがあるんだ」

「何となく分かるよ、凄く優しい子だもんね」

 ルチアを今日泣かせてしまったなんて言ったら、ミラーは激怒するかもしれない。何だかんだ、彼も妹のことが大切みたいだ。ただでさえルチアは妹気質というか、誰にでも可愛がられるような、気にかけて大切にしたくなるような魅力がある。

「優しすぎるのも困りものだよ。俺は気がかりなんだ、彼女がサーカス以外の世界に出たらやっていけんのかって」

「彼女には幸せになってほしいね」

 傷つけてしまったからこそ思う。彼女は私のような半端者ではなくて、もっとしっかりした、嵐にも雪崩にも動じないほどに心が強くて広い人と付き合ったほうがいい。そんな人、いないかもしれないけれど。少なくとも母アンジェラのように、狂った人間の支配下に置かれてマインドコントロールされ心を壊すような不幸を味わってほしくない。

 しばらくしてまたミラーの寝息が聞こえてきた。

 列車が線路を走行する音と振動だけが暗い部屋を揺らしていた。

 その後もルチアとは今まで通りの仕事仲間で、兄妹のような関係が続いた。時折彼女が見せる切なそうな表情に胸が痛くなるけれど、気にしすぎていては身がもたない。

 そうこうしているうちに、デビューの日が近づいてきた。本番が近づくと、ピアジェはいつもよりもピリピリしてヒステリックになる。事務所でもトレーニングルームでも怒鳴り声が絶えず、列車内の雰囲気は最悪だ。
 
 私はなるべく彼に会わないように、顔を合わせても極力話さないように下手に刺激しないようにして生活していた。この間のルチアのように、私を助けようとした第三者が傷つく事態を避けるためだ。それでも団長の方から声をかけてくることはある。練習をしている私に向かって「失敗したらクビだ」だの「デビューしたてだからって甘くみてもらえると思うな、観客にとってお前が新人かどうかなど関係ないんだからな」などとプレッシャーをかけてくるだけなのだが。

 そんなときは「頑張ります」とだけ答え、今に見てろと心で毒づき唇を噛み締める。こいつをぎゃふんと言わせてやりたい。この男は私の士気を下げプレッシャーに負けて失敗をするように煽っているだけなのだ。だが彼に私の魂を奪うことはできない。サーカスを大好きな気持ち、クラウンを演じたいという強い想いを奪える方法があるとしたら、マクゴナガル先生の逆転時計で私がサーカスなんて知らない過去に時間を巻き戻すしかない。もしくは未来の技術を使って、サーカスもクラウンもサーカス列車も存在しない並行世界に私を飛ばすしかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

倒したモンスターをカード化!~二重取りスキルで報酬倍増! デミゴッドが行く異世界旅~

乃神レンガ
ファンタジー
 謎の白い空間で、神から異世界に送られることになった主人公。  二重取りの神授スキルを与えられ、その効果により追加でカード召喚術の神授スキルを手に入れる。  更にキャラクターメイキングのポイントも、二重取りによって他の人よりも倍手に入れることができた。  それにより主人公は、本来ポイント不足で選択できないデミゴッドの種族を選び、ジンという名前で異世界へと降り立つ。  異世界でジンは倒したモンスターをカード化して、最強の軍団を作ることを目標に、世界を放浪し始めた。  しかし次第に世界のルールを知り、争いへと巻き込まれていく。  国境門が数カ月に一度ランダムに他国と繋がる世界で、ジンは様々な選択を迫られるのであった。  果たしてジンの行きつく先は魔王か神か、それとも別の何かであろうか。  現在毎日更新中。  ※この作品は『カクヨム』『ノベルアップ+』にも投稿されています。

死を招く愛~ghostly love~

一布
現代文学
村田洋平と笹森美咲は、幼馴染みで恋人同士だった。 互いが、互いに、純粋に相手を想い合っていた。 しかし、洋平は殺された。美咲を狙っている、五味秀一によって。 洋平を殺した犯人が五味だと知ったとき、美咲は何を思い、どんな行動に出るのか。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

ハズレガチャの空きカプセル

京衛武百十
現代文学
釈埴一真(しゃくじきかずま)と妹の琴美(ことみ)は、六畳一間の安アパートの一室に捨てられた兄妹である。会社勤めの一真の収入をあてにしていたはずの両親が、宝くじが当たったとかで、「お前らは勝手に生きろ。俺達はお前らの所為で台無しになった自分の人生をエンジョイするからよ」と吐き捨て、行先も告げずにいなくなったのだ。 一真はすでに成人し仕事をしていたからまだしも琴美はまだ十六歳の高校生である。本来なら保護責任があるはずだが、一真も琴美も、心底うんざりしていたので、両親を探すこともしなかった。 なお、両親は共に再婚同士であり、一真と琴美はそれぞれの連れ子だったため、血縁関係はない。 これは、そんな兄妹の日常である。     筆者より。 <血の繋がらない兄妹>という設定から期待されるような展開はありません。一真も琴美も、徹底した厭世主義者ですので。 また、出だしが一番不幸な状態なだけで、二人が少しずつ人間性を取り戻していく様子を描く日常ものになると思います。また、結果には必ずそれに至る<理由>がありますので、二人がどうしてそうなれたのか理由についても触れていきます。 あと、元々は『中年男と女子高生というシチュエーションを自分なりに描いたらどうなるだろう?』ということで思い付きましたが、明らかに方向性が違いますね。 なお、舞台は「9歳の彼を9年後に私の夫にするために私がするべきこと」や「織姫と凶獣」と直接繋がっており、登場人物も一部重なっています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

Aegis~裏切りに報いる影の正義

中岡 始
現代文学
優子は結婚を夢見て信じた男性・大谷信之に裏切られ、貯蓄をすべて失うという冷酷な現実に直面する。通常の法的手段ではどうにもならない絶望の中、手を差し伸べたのは「リーガルアシスタンスネットワーク(LAN)」だった。被害者のために特別な「代替支援」を行うというLANの提案に、優子は一筋の光を見出す。 だが、その裏で動いていたのはLANとは異なる、影の組織Aegis(イージス)。Aegisは法を超えた手段で被害者のために「逆詐欺」を仕掛けるプロたちの集団だ。優子の加害者である大谷から金銭を取り戻し、彼に相応の報いを与えるため、Aegisのメンバーが次々と動き出す。怜は純粋で結婚を夢見る女性として大谷に接近し、甘く緻密に仕組まれた罠を張り巡らせていく。そして、情報の達人・忍がその裏を支え、巧妙な逆転劇の準備を整えていく。 果たしてAegisの手によって、大谷はどのような制裁を受けるのか? そして優子が手にするのは、失った以上の希望と新たな始まりなのか? 裏切りと復讐が交錯する、緊張の物語が今、動き出す。

大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春
児童書・童話
私には大嫌いな人がいる。 その人から、まさか告白されるなんて…! 「大嫌い・来ないで・触らないで」 どんなにヒドイ事を言っても諦めない、それが私の大嫌いな人。そう思っていたのに… 気づけば私たちは互いを必要とし、支え合っていた。 そして、初めての恋もたくさんの愛も、全部ぜんぶ――キミが教えてくれたんだ。 \初めての恋とたくさんの愛を知るピュアラブ物語/

遺言

小倉千尋
現代文学
親友の探偵、緋村が殺されたことにより代理の依頼を受け元整備士が動き出す。 街の企業ヤクザを相手に得意の肉弾戦で真っ向に立ち向かう。

処理中です...