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第2章〜クラウンへの道〜
シンディ②
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クラウンノートを書いたあと、部屋のベッドに寝そべって考えた。
前の私なら、告白されたら深く考えずに付き合ってしまっていた。心が純粋で綺麗なルチアと付き合った人はきっと幸せになれると思う。でも今の私に一番大切なのはサーカスで、それ以外の誰かや何かに心のスペースを開け渡すことは今は考えられなかった。恋愛というのは真剣になればなるほどエネルギーが要るものだと思う。
果たして私に全てを賭けて愛せる人など現れるんだろうか。現れたとしてその人を傷つけること、自分を曝け出すことへの恐怖を超えていけるんだろうか。
下のベッドのミラーが寝返りを打つ。「ごめんなさい、お父さん……」と寝言を言いながら。
彼を悪夢から引き摺り出すために、そして自分のネガティブ思考を断ち切るために大声でヨーデルを歌った。
ガバッとミラーが起き上がり、「何だなんだ?!」と驚いた。
「うなされてたから起こしたんだ」
「そうだったのか……。それにしても、もっと別の起こし方にしてくれよ」
「分かった、今度からはビリー・ホリデーを歌うよ」
「『暗い日曜日』のことか? 余計気が滅入りそうだ」
「ルチアが列車の窓から飛び降りようとしたの、君は知ってるかい?」
「ああ、ケニーから聞かされたよ。ルチアを問い詰めて、二度とそんなことすんなと怒ったら泣かれた。アイツは子どもの頃から繊細すぎて、気持ちが不安定なところがあるんだ」
「何となく分かるよ、凄く優しい子だもんね」
ルチアを今日泣かせてしまったなんて言ったら、ミラーは激怒するかもしれない。何だかんだ、彼も妹のことが大切みたいだ。ただでさえルチアは妹気質というか、誰にでも可愛がられるような、気にかけて大切にしたくなるような魅力がある。
「優しすぎるのも困りものだよ。俺は気がかりなんだ、彼女がサーカス以外の世界に出たらやっていけんのかって」
「彼女には幸せになってほしいね」
傷つけてしまったからこそ思う。彼女は私のような半端者ではなくて、もっとしっかりした、嵐にも雪崩にも動じないほどに心が強くて広い人と付き合ったほうがいい。そんな人、いないかもしれないけれど。少なくとも母アンジェラのように、狂った人間の支配下に置かれてマインドコントロールされ心を壊すような不幸を味わってほしくない。
しばらくしてまたミラーの寝息が聞こえてきた。
列車が線路を走行する音と振動だけが暗い部屋を揺らしていた。
その後もルチアとは今まで通りの仕事仲間で、兄妹のような関係が続いた。時折彼女が見せる切なそうな表情に胸が痛くなるけれど、気にしすぎていては身がもたない。
そうこうしているうちに、デビューの日が近づいてきた。本番が近づくと、ピアジェはいつもよりもピリピリしてヒステリックになる。事務所でもトレーニングルームでも怒鳴り声が絶えず、列車内の雰囲気は最悪だ。
私はなるべく彼に会わないように、顔を合わせても極力話さないように下手に刺激しないようにして生活していた。この間のルチアのように、私を助けようとした第三者が傷つく事態を避けるためだ。それでも団長の方から声をかけてくることはある。練習をしている私に向かって「失敗したらクビだ」だの「デビューしたてだからって甘くみてもらえると思うな、観客にとってお前が新人かどうかなど関係ないんだからな」などとプレッシャーをかけてくるだけなのだが。
そんなときは「頑張ります」とだけ答え、今に見てろと心で毒づき唇を噛み締める。こいつをぎゃふんと言わせてやりたい。この男は私の士気を下げプレッシャーに負けて失敗をするように煽っているだけなのだ。だが彼に私の魂を奪うことはできない。サーカスを大好きな気持ち、クラウンを演じたいという強い想いを奪える方法があるとしたら、マクゴナガル先生の逆転時計で私がサーカスなんて知らない過去に時間を巻き戻すしかない。もしくは未来の技術を使って、サーカスもクラウンもサーカス列車も存在しない並行世界に私を飛ばすしかない。
前の私なら、告白されたら深く考えずに付き合ってしまっていた。心が純粋で綺麗なルチアと付き合った人はきっと幸せになれると思う。でも今の私に一番大切なのはサーカスで、それ以外の誰かや何かに心のスペースを開け渡すことは今は考えられなかった。恋愛というのは真剣になればなるほどエネルギーが要るものだと思う。
果たして私に全てを賭けて愛せる人など現れるんだろうか。現れたとしてその人を傷つけること、自分を曝け出すことへの恐怖を超えていけるんだろうか。
下のベッドのミラーが寝返りを打つ。「ごめんなさい、お父さん……」と寝言を言いながら。
彼を悪夢から引き摺り出すために、そして自分のネガティブ思考を断ち切るために大声でヨーデルを歌った。
ガバッとミラーが起き上がり、「何だなんだ?!」と驚いた。
「うなされてたから起こしたんだ」
「そうだったのか……。それにしても、もっと別の起こし方にしてくれよ」
「分かった、今度からはビリー・ホリデーを歌うよ」
「『暗い日曜日』のことか? 余計気が滅入りそうだ」
「ルチアが列車の窓から飛び降りようとしたの、君は知ってるかい?」
「ああ、ケニーから聞かされたよ。ルチアを問い詰めて、二度とそんなことすんなと怒ったら泣かれた。アイツは子どもの頃から繊細すぎて、気持ちが不安定なところがあるんだ」
「何となく分かるよ、凄く優しい子だもんね」
ルチアを今日泣かせてしまったなんて言ったら、ミラーは激怒するかもしれない。何だかんだ、彼も妹のことが大切みたいだ。ただでさえルチアは妹気質というか、誰にでも可愛がられるような、気にかけて大切にしたくなるような魅力がある。
「優しすぎるのも困りものだよ。俺は気がかりなんだ、彼女がサーカス以外の世界に出たらやっていけんのかって」
「彼女には幸せになってほしいね」
傷つけてしまったからこそ思う。彼女は私のような半端者ではなくて、もっとしっかりした、嵐にも雪崩にも動じないほどに心が強くて広い人と付き合ったほうがいい。そんな人、いないかもしれないけれど。少なくとも母アンジェラのように、狂った人間の支配下に置かれてマインドコントロールされ心を壊すような不幸を味わってほしくない。
しばらくしてまたミラーの寝息が聞こえてきた。
列車が線路を走行する音と振動だけが暗い部屋を揺らしていた。
その後もルチアとは今まで通りの仕事仲間で、兄妹のような関係が続いた。時折彼女が見せる切なそうな表情に胸が痛くなるけれど、気にしすぎていては身がもたない。
そうこうしているうちに、デビューの日が近づいてきた。本番が近づくと、ピアジェはいつもよりもピリピリしてヒステリックになる。事務所でもトレーニングルームでも怒鳴り声が絶えず、列車内の雰囲気は最悪だ。
私はなるべく彼に会わないように、顔を合わせても極力話さないように下手に刺激しないようにして生活していた。この間のルチアのように、私を助けようとした第三者が傷つく事態を避けるためだ。それでも団長の方から声をかけてくることはある。練習をしている私に向かって「失敗したらクビだ」だの「デビューしたてだからって甘くみてもらえると思うな、観客にとってお前が新人かどうかなど関係ないんだからな」などとプレッシャーをかけてくるだけなのだが。
そんなときは「頑張ります」とだけ答え、今に見てろと心で毒づき唇を噛み締める。こいつをぎゃふんと言わせてやりたい。この男は私の士気を下げプレッシャーに負けて失敗をするように煽っているだけなのだ。だが彼に私の魂を奪うことはできない。サーカスを大好きな気持ち、クラウンを演じたいという強い想いを奪える方法があるとしたら、マクゴナガル先生の逆転時計で私がサーカスなんて知らない過去に時間を巻き戻すしかない。もしくは未来の技術を使って、サーカスもクラウンもサーカス列車も存在しない並行世界に私を飛ばすしかない。
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