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第2章〜クラウンへの道〜
デビューの日④
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明転したリングの上は研究施設のようになっていて、ビーカーや緑色の液体の入った三角フラスコ、試験管などが台の上に置かれている。
逃げ出した私はリング右からマイムでドアノブを回し、その研究所らしき場所に入る。
試験管に入った液体の匂いを手で仰いで嗅ぎ、試しに飲んでみて大袈裟に吐きだす動作をする。
『どこに行った~!! 出てこい!!』
隊長の声が響く。
慌てた私は部屋の隅に置かれた正方形で真ん中に丸いフタのついた謎の大きな箱を見つけて穴の中に入る。中には前もって扮装したルーファスが高速で顔にメイクをしながら入っている。
蓋を閉めるとウィーン! という大きな音がする。2人で中から箱をごとごと揺らす。
揺れが止まり、しばらくして出て行ったのは私ではなく、箱に入り縮んだ私ーー私と全く同じ格好と白塗りメイクをしたルーファスだ。
このトリックに観客からは爆笑以上の拍手が送られた。それは次第に大きくなり、1人が席を立ちつられて10人、100人と立ち上がり、最後にはスタンディングオベーションになった。
降り注ぐ大喝采と拍手の嵐に、私は信じられない気持ちと恍惚とした高揚感、興奮、歓喜、いろんな感情が胸に込み上げてきた。視界に映る全てが宝石みたいに輝いていた。今ある全ての感情が熱を持って、現実と幻想の間をふわふわと漂うみたいな浮遊感をもたらしていた。今までの辛い練習の数々のことも、このあと団長に怒られるだろうことも、全てを忘れてしまうほどに。
「面白かったぞ! ナイス!」
「よくやった!」
紙吹雪のように降り注ぐスタンディングオベーションの中を退場した私たちに仲間たちの声がかかる。
全てが夢のようだった。まだ鳴り止まぬ拍手の中、シンディのパフォーマンスの準備が進んでいく。
控え室で一息ついていたとき、ツカツカとピアジェがやってきて私の後ろ首を掴んだ。
「お前、さっきのアレは何だ?! 俺を馬鹿にしてるのか?! え?!」
軽々と持ち上げられた私の身体は椅子から引き摺り下ろされ、仲間たちが止める間もなく拳が襲いかかる。
殴られた私の身体はロッカーに叩きつけられた。左頬に鋭い痛みが走る。
「辞めろ、アレをやろうと言い出したのは俺だ。ネロを責めないでくれ」
「何だと?!」
ピアジェが止めに入ったルーファスを睨みつけ、胸ぐらを掴む。小さなルーファスの身体は軽々と持ち上げられた。
あれをやろうと言い出したのは他でもない私だ。ルーファスは悪くない。ルーファスが殴られるのは嫌だ。殴られるのは私1人でいい。
「僕が悪いんです、言い出したのも僕です! ルーファスは僕を庇ってくれたんだ、頼むからやめてください!」
ピアジェは腕を掴んだ私を振り払って飛ばし、ルーファスから乱暴に手を離した。ルーファスは床に尻餅をついてひっくり返った。
「隊長!! 違う団長、あの物真似をしたのは俺だ!! 殴るなら俺を殴れ!!」
ジャンが腕を広げ、私とルーファスを庇うように立った。
「どいつもこいつも愚か者ばかりだ!! あんなショーはクソ以下だ!! もう2度とやるな!!」
延々と続く説教を聞き流しているうち口上の時間になり、ピアジェは「あの劇はボツだ!」と言い残し荒い足取りで控え室を出て行った。
ジャンが駆け寄ってきて大丈夫かと私とルーファスに訊ねた。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「少し尻が痛いが怪我はないぞ」とルーファスが乱れた服を整えながら言う。
殴られてもちろん痛いが、私が悪いんだから仕方ない。さっきまで感じていた達成感と喜びは半分以上萎んでしまった。だが不思議と罪悪感はない。誰かをいじること、傷つけることはいけないことだし私の倫理観に反する。だがピアジェは別だ。ピアジェを懲らしめてやろうという気持ちが強く働いてあの寸劇を考えだした。ルーファスは「あとが怖いぞ、覚悟しとけ」と忠告したが止めなかった。
だが確実に後味の悪さは残った。あの劇を演じたせいでルーファスは怒られ、痛い思いをさせてしまった。
「ごめんねルーファス、僕を庇ったばかりに」
「大したことはない、尻は痛いがな」
「しかし、可笑しかったなぁ! まさか本当に俺の声使うとはな!」
ジャンがケタケタ笑い、「確かに。でも傑作だったよ。あんな凄いスキットをよく考えだしたもんだ」とアルフレッドが感心したように言った。
あのスキットは気に入っていた。特にラストは。だから、できることなら違う形でーーピアジェの物真似の音声を使わない形で続けたかった。でも、ボツになるんだろうな。
寝る間も惜しんで書いた脚本なだけに、行く末を思ってかなり落ち込んだ。
逃げ出した私はリング右からマイムでドアノブを回し、その研究所らしき場所に入る。
試験管に入った液体の匂いを手で仰いで嗅ぎ、試しに飲んでみて大袈裟に吐きだす動作をする。
『どこに行った~!! 出てこい!!』
隊長の声が響く。
慌てた私は部屋の隅に置かれた正方形で真ん中に丸いフタのついた謎の大きな箱を見つけて穴の中に入る。中には前もって扮装したルーファスが高速で顔にメイクをしながら入っている。
蓋を閉めるとウィーン! という大きな音がする。2人で中から箱をごとごと揺らす。
揺れが止まり、しばらくして出て行ったのは私ではなく、箱に入り縮んだ私ーー私と全く同じ格好と白塗りメイクをしたルーファスだ。
このトリックに観客からは爆笑以上の拍手が送られた。それは次第に大きくなり、1人が席を立ちつられて10人、100人と立ち上がり、最後にはスタンディングオベーションになった。
降り注ぐ大喝采と拍手の嵐に、私は信じられない気持ちと恍惚とした高揚感、興奮、歓喜、いろんな感情が胸に込み上げてきた。視界に映る全てが宝石みたいに輝いていた。今ある全ての感情が熱を持って、現実と幻想の間をふわふわと漂うみたいな浮遊感をもたらしていた。今までの辛い練習の数々のことも、このあと団長に怒られるだろうことも、全てを忘れてしまうほどに。
「面白かったぞ! ナイス!」
「よくやった!」
紙吹雪のように降り注ぐスタンディングオベーションの中を退場した私たちに仲間たちの声がかかる。
全てが夢のようだった。まだ鳴り止まぬ拍手の中、シンディのパフォーマンスの準備が進んでいく。
控え室で一息ついていたとき、ツカツカとピアジェがやってきて私の後ろ首を掴んだ。
「お前、さっきのアレは何だ?! 俺を馬鹿にしてるのか?! え?!」
軽々と持ち上げられた私の身体は椅子から引き摺り下ろされ、仲間たちが止める間もなく拳が襲いかかる。
殴られた私の身体はロッカーに叩きつけられた。左頬に鋭い痛みが走る。
「辞めろ、アレをやろうと言い出したのは俺だ。ネロを責めないでくれ」
「何だと?!」
ピアジェが止めに入ったルーファスを睨みつけ、胸ぐらを掴む。小さなルーファスの身体は軽々と持ち上げられた。
あれをやろうと言い出したのは他でもない私だ。ルーファスは悪くない。ルーファスが殴られるのは嫌だ。殴られるのは私1人でいい。
「僕が悪いんです、言い出したのも僕です! ルーファスは僕を庇ってくれたんだ、頼むからやめてください!」
ピアジェは腕を掴んだ私を振り払って飛ばし、ルーファスから乱暴に手を離した。ルーファスは床に尻餅をついてひっくり返った。
「隊長!! 違う団長、あの物真似をしたのは俺だ!! 殴るなら俺を殴れ!!」
ジャンが腕を広げ、私とルーファスを庇うように立った。
「どいつもこいつも愚か者ばかりだ!! あんなショーはクソ以下だ!! もう2度とやるな!!」
延々と続く説教を聞き流しているうち口上の時間になり、ピアジェは「あの劇はボツだ!」と言い残し荒い足取りで控え室を出て行った。
ジャンが駆け寄ってきて大丈夫かと私とルーファスに訊ねた。
「大丈夫だよ、ありがとう」
「少し尻が痛いが怪我はないぞ」とルーファスが乱れた服を整えながら言う。
殴られてもちろん痛いが、私が悪いんだから仕方ない。さっきまで感じていた達成感と喜びは半分以上萎んでしまった。だが不思議と罪悪感はない。誰かをいじること、傷つけることはいけないことだし私の倫理観に反する。だがピアジェは別だ。ピアジェを懲らしめてやろうという気持ちが強く働いてあの寸劇を考えだした。ルーファスは「あとが怖いぞ、覚悟しとけ」と忠告したが止めなかった。
だが確実に後味の悪さは残った。あの劇を演じたせいでルーファスは怒られ、痛い思いをさせてしまった。
「ごめんねルーファス、僕を庇ったばかりに」
「大したことはない、尻は痛いがな」
「しかし、可笑しかったなぁ! まさか本当に俺の声使うとはな!」
ジャンがケタケタ笑い、「確かに。でも傑作だったよ。あんな凄いスキットをよく考えだしたもんだ」とアルフレッドが感心したように言った。
あのスキットは気に入っていた。特にラストは。だから、できることなら違う形でーーピアジェの物真似の音声を使わない形で続けたかった。でも、ボツになるんだろうな。
寝る間も惜しんで書いた脚本なだけに、行く末を思ってかなり落ち込んだ。
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