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第2章〜クラウンへの道〜
デビューの日②
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ヒュージ・ホイールが喝采の中無事終わり、間を置かずしてアルフレッドとミラーの空中ブランコが始まる。宙を飛び交う2人を観ながら、緊張が高まってゆく。
やがてテントが暗転する。
スポットライトが再び上空に当たり、クリーの綱渡りが始まる。天の川のような透明なトランポリンの上に張り巡らされたロープを、カンスーを持った小さい身体がゆっくり前へと進んでゆく。
クリーが向こう岸に辿りつく。新しくショーに追加された自転車での綱渡りを披露し、歓声に包まれながら退場する。
「よし、行くぞ」
ルーファスが私の背中を叩く。
照明がリングを照らしている。
大きく深呼吸をする。
「リングは君のものだ。君にしかできないことをやれ」
ケニーの大きな手が背中に触れる。
リングに出れば私はアヴリルでもネロでもない。クラウンの詩だ。
長い時間ががかったけれど、やっと念願の舞台に出られる。
背筋をピンと伸ばしてアーチを潜り、白い光が降り注ぐ中を丸いサーカスリングへ歩いていく。観客の視線が一斉に私に注がれている。声はない。拍手も笑い声も消えた空間に、カラン、コロンという下駄の音だけが響いている。
沈黙の中、丸いリングの中央がとても遠くに感じる。まるでそこが砂漠の中、近く見えて遥か遠い場所にあるかのように。肩にかけた三味線がずっしりと重い。
ゆっくり近づいてきたリングに足を踏み入れる。リングセンターに辿り着く。
観客の方に身体を向ける。4000の目が今リングに立つ私に向けられている。それらはあまりに正直で、未知のものを目にしたときに宿る諸々に彩られている。好奇心、驚き、関心、嘆息ーー。そういった全てが剥き出しに観え、聴こえる。
観客からしたら日本人じゃない私が和装で、しかも三味線を持って現れたらそれこそ奇異で滑稽に映るに違いない。だがそれも道化芝居のうちと思えばいい。教室や会社、または街中でこんな格好をしていたら物笑いの種にしかならないけれど、リングの上では笑われてなんぼ、可笑しな奴と思われれば勝ちだ。
大丈夫、私はやれる。
固いリングの上にゆっくり正座して呼吸を整える。
棹にピンと張った弦を左指で押さえ、右手に持ったプラスチックの撥で弾く。練習した通りにやればいい。何度も練習した『さくら さくら』。上手すぎず、下手すぎない絶妙の場所で音を外すのだ。
ベン、ベン、ベンと三味線の音が響く。桜の散るような儚い音色などでは全くない。
高音が間抜けに外れるたびにクスクスと笑いが起こる。よかった、成功だ。
曲の1番を演奏し終わり、胸を張って得意に、ゆっくりとお辞儀をする。パチパチと拍手が上がる。さきほどまで感じていた強い緊張は引いて、大きく鳴っていた心臓の鼓動は聴こえない。送られる惜しみない拍手と温かい視線。それだけが私を強くしてくれる。
お役御免となった三味線を置き、桜柄の直径5センチの鞠を袴のポケットから一つ取り出す。
最初は鞠を手でついて遊ぶ従来通りの遊びをしたあと、鞠を手に取りいいことを思いついたという得意顔をして見せる。やがてを弧を描くように右手から左手へ投げてキャッチする。それを何度か繰り返したら、ポケットから白い蓮の柄の手毬を取り出す。それを内側に向けて弧を描くように放る基本技のカスケードを披露し、今度は鞠を3つに増やして挑戦する。3つ目の鞠は紫色のりんどうの柄だ。3ボールカスケード、カスケードの投げ方から一つのボールを外側に向けて頭の上まで投げるオーバーザトップ、三角に観えるように投げるシャワーを披露し、クローキャッチという、猫が壁を引っ掻くように手のひらを動かしてキャッチする技を披露した。難しい技ではないが、観客たちは美しい和柄の鞠が飛び交うのを心酔したように眺めていた。
ジャグリングが終わると背中に背負っていた傘を広げる。竹の傘骨を覆う、桜の柄の美しい紫色の布の上にそっとりんどうの鞠を置き、右手で傘の中棒を持ち上げ少し斜めに傾けて左手を添え、右手を軸にして回し始める。
りんどうの鞠が傘の上で弾けるように転がる。鞠の重み、動きが指に伝わる。
「綺麗な傘ね」
「上手だわ」
「アレは日本の着物か?」
「あのボールのようなものは何でいうんだろう?」
「すごい!! 僕もやりたい!」
「俺にもできそうだな」
「できないわよ、見た目より難しいわよきっと」
いろんな感想が聴こえる。反応は上々だ。不敵な笑顔を作ってキャラクターを印象づける。
鞠が終わると今度は枡でチャレンジだ。そのときには観客の雰囲気が和やかになり、皆観たことのない傘を使ったパフォーマンスに釘付けになっている。くるくる高速で回る傘の上で跳ねる正方形の木箱。コロンビアでは滅多に観られない光景だ。
最後、天をつくように傘を動かし枡を天高く放り、落下してきたそれを傘を逆さまにしてキャッチする。
ーー成功だ!!
どっと歓声に包まれる。
思わずいつもの笑いが溢れそうになるが、堪えて得意げな顔のまま礼をして退場をする。温かい拍手、激励の台詞が耳を打つ。全身を揺るがすような群衆の声と拍手の音の響きに、私は圧倒的な陶酔にも似た快感をおぼえていた。
やがてテントが暗転する。
スポットライトが再び上空に当たり、クリーの綱渡りが始まる。天の川のような透明なトランポリンの上に張り巡らされたロープを、カンスーを持った小さい身体がゆっくり前へと進んでゆく。
クリーが向こう岸に辿りつく。新しくショーに追加された自転車での綱渡りを披露し、歓声に包まれながら退場する。
「よし、行くぞ」
ルーファスが私の背中を叩く。
照明がリングを照らしている。
大きく深呼吸をする。
「リングは君のものだ。君にしかできないことをやれ」
ケニーの大きな手が背中に触れる。
リングに出れば私はアヴリルでもネロでもない。クラウンの詩だ。
長い時間ががかったけれど、やっと念願の舞台に出られる。
背筋をピンと伸ばしてアーチを潜り、白い光が降り注ぐ中を丸いサーカスリングへ歩いていく。観客の視線が一斉に私に注がれている。声はない。拍手も笑い声も消えた空間に、カラン、コロンという下駄の音だけが響いている。
沈黙の中、丸いリングの中央がとても遠くに感じる。まるでそこが砂漠の中、近く見えて遥か遠い場所にあるかのように。肩にかけた三味線がずっしりと重い。
ゆっくり近づいてきたリングに足を踏み入れる。リングセンターに辿り着く。
観客の方に身体を向ける。4000の目が今リングに立つ私に向けられている。それらはあまりに正直で、未知のものを目にしたときに宿る諸々に彩られている。好奇心、驚き、関心、嘆息ーー。そういった全てが剥き出しに観え、聴こえる。
観客からしたら日本人じゃない私が和装で、しかも三味線を持って現れたらそれこそ奇異で滑稽に映るに違いない。だがそれも道化芝居のうちと思えばいい。教室や会社、または街中でこんな格好をしていたら物笑いの種にしかならないけれど、リングの上では笑われてなんぼ、可笑しな奴と思われれば勝ちだ。
大丈夫、私はやれる。
固いリングの上にゆっくり正座して呼吸を整える。
棹にピンと張った弦を左指で押さえ、右手に持ったプラスチックの撥で弾く。練習した通りにやればいい。何度も練習した『さくら さくら』。上手すぎず、下手すぎない絶妙の場所で音を外すのだ。
ベン、ベン、ベンと三味線の音が響く。桜の散るような儚い音色などでは全くない。
高音が間抜けに外れるたびにクスクスと笑いが起こる。よかった、成功だ。
曲の1番を演奏し終わり、胸を張って得意に、ゆっくりとお辞儀をする。パチパチと拍手が上がる。さきほどまで感じていた強い緊張は引いて、大きく鳴っていた心臓の鼓動は聴こえない。送られる惜しみない拍手と温かい視線。それだけが私を強くしてくれる。
お役御免となった三味線を置き、桜柄の直径5センチの鞠を袴のポケットから一つ取り出す。
最初は鞠を手でついて遊ぶ従来通りの遊びをしたあと、鞠を手に取りいいことを思いついたという得意顔をして見せる。やがてを弧を描くように右手から左手へ投げてキャッチする。それを何度か繰り返したら、ポケットから白い蓮の柄の手毬を取り出す。それを内側に向けて弧を描くように放る基本技のカスケードを披露し、今度は鞠を3つに増やして挑戦する。3つ目の鞠は紫色のりんどうの柄だ。3ボールカスケード、カスケードの投げ方から一つのボールを外側に向けて頭の上まで投げるオーバーザトップ、三角に観えるように投げるシャワーを披露し、クローキャッチという、猫が壁を引っ掻くように手のひらを動かしてキャッチする技を披露した。難しい技ではないが、観客たちは美しい和柄の鞠が飛び交うのを心酔したように眺めていた。
ジャグリングが終わると背中に背負っていた傘を広げる。竹の傘骨を覆う、桜の柄の美しい紫色の布の上にそっとりんどうの鞠を置き、右手で傘の中棒を持ち上げ少し斜めに傾けて左手を添え、右手を軸にして回し始める。
りんどうの鞠が傘の上で弾けるように転がる。鞠の重み、動きが指に伝わる。
「綺麗な傘ね」
「上手だわ」
「アレは日本の着物か?」
「あのボールのようなものは何でいうんだろう?」
「すごい!! 僕もやりたい!」
「俺にもできそうだな」
「できないわよ、見た目より難しいわよきっと」
いろんな感想が聴こえる。反応は上々だ。不敵な笑顔を作ってキャラクターを印象づける。
鞠が終わると今度は枡でチャレンジだ。そのときには観客の雰囲気が和やかになり、皆観たことのない傘を使ったパフォーマンスに釘付けになっている。くるくる高速で回る傘の上で跳ねる正方形の木箱。コロンビアでは滅多に観られない光景だ。
最後、天をつくように傘を動かし枡を天高く放り、落下してきたそれを傘を逆さまにしてキャッチする。
ーー成功だ!!
どっと歓声に包まれる。
思わずいつもの笑いが溢れそうになるが、堪えて得意げな顔のまま礼をして退場をする。温かい拍手、激励の台詞が耳を打つ。全身を揺るがすような群衆の声と拍手の音の響きに、私は圧倒的な陶酔にも似た快感をおぼえていた。
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