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第2章〜クラウンへの道〜
第44話 デビューの日
しおりを挟む本番の日は驚くほど早くやってきた。
公演は盛況で、午後の開演1時間前からテントの前に行列ができていた。雨季ならではの曇天に似合わず列に並ぶ人々の顔は皆晴れやかで、これから始まるショーへの期待と興奮に輝いている。
前夜のテント設営の前も最中もずっと緊張で気が気でなかった。ショーのことばかりが気がかりだった。夜もまともに寝られず、リングで動き回るイメージばかりしていた。
本番前の控室で袴に着替え、鏡に向かい白塗りの化粧をしている私の肩を突然ルーファスが叩いた。
「わっ、ビックリした!!」
「緊張してるだろ」
「そりゃあね、初ステージだから。心臓が今にも口から飛び出してきそうさ」
「やるべきことはやった。あとは自信を持ってリングに立つだけだ。お前のショーだ、目いっぱい楽しめ。お前が楽しめば自然にお客さんも楽しんでくれるだろう」
練習にばかり夢中になって、一番大切なことを忘れかけていた。何で気づかなかったんだろう。私が固くなっていればお客さんも緊張してしまう。クラウンはポジティブなエネルギーを発する存在だ。笑わせるためには明るい、楽しい気持ちでいないと。
まずは全力で楽しもう。お客さんを楽しませるのはそこからだ。
開演時間が刻々と迫る。あと10分で照明が落とされ、ピアジェの口上が始まる。最初の出番はクリーの綱渡りのあとだ。
エントランスの奥で待機しながら大きく深呼吸をした。
パチンというライトの落ちる音がする。リング中央が照明に照らされる。
" Ladies and gentleman!!"
ピアジェの声がマイクに乗って届く。
口上が終わり、紫色の服に身を包んだダンサーたちが通路を駆け抜け舞台に散っていく。
長い間奏のあとでジュリエッタの歌が始まる。
曲芸師たちがリングを飛び回り、早送りをしているみたいにあっという間にオープニングショーが終わる。
今回、最初のパフォーマンスは空中ブランコではなく新しくお披露目されるヒュージ・ホイールだ。
濃紺の闇の中で天気輪の輪を模したタワーが、黄色と橙色の仄かな灯りを放って明滅する。
その塔に架けられた回転する軸の両側についた巨大な車輪の中や上を曲芸師たちが懸命に駆ける。スリル満点のパフォーマンスに観客たちは熱狂している。
緊張している私の横でケニーが言った。
「子どもの頃僕の周りの友達は皆負けず嫌いでさ。スポーツや勉強で競って、負ければ泣いて悔しがった。大人になると多くの人は出世競争に巻き込まれてく。だけど君は違った。僕にゲームで負けてもあまり悔しがらなかった。『負けちゃった』って笑うくらいでさ。僕にとってのゲームみたいに、君が夢中になれるものができたらいいなって思ってたんだ、ずっと。だけど君は見つけた。本気になれる、誰よりも好きだと胸を張れるようなことを」
ケニーのつぶらな瞳の奥が光っている。アーチ型のエントランスの向こうは既に驚きと感動を詰め込んだ歓声に支配されている。
見つけられないと思っていた。心から夢中になれることなんか。乾いた心を持て余して24年余りを生きていて、初めて出会ったサーカスに私は恋をしたのだ。身も心も捧げてもいい。そう思えた。
ーー今度は私が恋をさせる番だ。
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