ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

探求⑨

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「深夜のテントってのもムードがあって良いね。深夜公演やりたいな」

「勘弁してくれ、疲れて死ぬぞ」

 確かに2回公演のあとの深夜公演は鬼畜すぎる。

 ルーファスがテントを出て行く直前、心の中に留めておいた質問を私は尋ねた。

「ねぇルーファス、誰かを演じるっていうことは、自分自身を切り離すってことなのかな。登場してハローをしたときには別の人に変わる、そしてクラウンキャラを演じながら観客と接してパフォーマンスをする。リングを出るまで自分自身に戻れない。それってすごく不思議なことの気がするんだ」

「確かにな」とルーファスは頷いた。

「完全にクラウンのキャラクターと自分自身を切り離すのは、僕には無理だな。僕の中には人としての思考と感情があって、それを根こそぎ忘れて他人になりきることはできない。忘れてしまったら、演じることすらできなくなるんじゃないかな」

 自分が自分でなくなる。それは楽しいけれど、とても怖いことのような気がする。今まで当たり前のようにネロになりきっていた。男の子でいるときは歩き方や話し方に気を配らなくてもいい、女性として見られる面倒さを回避できる。だけど、時々私自身の話し方や動き方を忘れそうになる。

「完全に自分と乖離していないといけないって決まりはないぞ。創造主のキャラクターを自己投影してしまうのは致し方ないことだし、時には必要なことだ。ある程度自分の経験したことがなければ、そのキャラクター自体を理解できないってこともあるしな。大事なのは自分のこととキャラクターのことをちゃんと理解することだ。そして、観客にどんなキャラのクラウンか理解してもらうことだ。

 なりきることは全てを忘れることじゃない。クラウンの奥には人間がいる。お前なりにこれから演じていく中でゆっくり自分のキャラを見つけて、観客にそれを表現できればいい

 大事なのは誰かの真似じゃない、オンリーワンのクラウンになることだ。パフォーマンスだって衣装だって、メイクだってそうだ。チャップリンやMr. ビーンは確かに面白いが、唯一無二の存在だから面白いんであって、彼らの模倣をする奴を見て、観客は彼ら以上に面白いとは感じないだろう」

 クラウンになりきる。でも、私自身を全て忘れてしまわなくてもいい。もし私自身をーーアヴリルを完全に忘れてしまえば、クラウンのキャラ自体が消えるのだ。

 このままでいい。私は私なりのやり方でクラウンのキャラクターを見つけて、リングの中では自由に演じる。観客を自分の世界に惹き込むのだ。

「お前は他の人が2年から5年かけて学ぶことを短い時間で学ばないといけない。その分大変だろうが、お前ならきっとできる。とことん自分と向き合え。そして自分を信じろ」

「ありがとう、ルーファス。君には沢山お世話になると思うけど、よろしくね」

「ああ。人は迷惑をかけて生きる生き物だ。何かあったら頼れ。思えば俺もずっと道化のような生き方をしてきた。自分を晒して人を笑わせることに幸せを見出してた。でもふと我に帰ると悲しくなる。孤独だと感じることもある。だが周りを見ると仲間がいる。俺みたいな奴でも生きていていいんだと、ここにいていいんだと感じられる。ここはそういう場所だ」

 ルーファスはしみじみと続けた。

「クラウンは孤独だ。でも、自分や他者と切って離せない。クラウンを作り出すのは自分自身だ。そして、笑わせる人がいて初めて存在意義が生まれる。クラウンをクラウンたらしめるのは、自分や周りの人たちだ。それを忘れるな」

 クラウンになることは、別人を演じ続けることは難しい。でも孤独の中に光を見出せるのもまたクラウンなのだと思う。綱渡りに大失敗して誰かを笑わせたいと感じたあの日は、クラウンとして誰かを幸せにできる第一歩だったのだ。

 道のりは長いけれどそこに仲間や誰か笑わせたいと思える人たちがいる限り、途方もない挑戦に前向きに取り組める気がした。

 ルーファスは去り際言った。

「お前のキャラクター、俺は好きだがな。ピアジェは何て言うか分からんが、すごく面白いと思う」

 さっきのハローの動きを繰り返した。

 詩ならどんな挨拶をするだろう。

 リングセンターで一礼をしてみた。これだけじゃ寂しいか。

 例えばピアジェみたいなクラウンなら、鞭を振り回してぷんぷん怒って登場するだろう。ジュリエッタなら挨拶代わりに歌を歌うかもしれない。ミラーならツンツンしながら出て来て、「何だよ、見んなよ!」って言うかもしれない。こうやって身近な誰かに重ねて考えるのは楽しい。

 演じるキャラクターのタイプによって、登場の仕方、挨拶の仕方も違うのだ。そこがクラウンの面白いところだ。

 詩ならーー。

 プライドが高く気取った性格の詩はお馬鹿な登場の仕方はしないだろう。歩き方もゆっくりと、胸を張ってツンと澄ましてお淑やかに歩くはずだ。

 例えば子どもに揶揄われて怒りながら登場し、観客に向き直り怒りを抑えきれずに悔しそうに拳を振り下ろすハローもいいだろう。目立ちたがりだから自分よりもお金持ちで綺麗で目立つ人を見て、ハンカチを噛んで「キェー!」と奇声を発するパターンも面白い。楽器を演奏するのも趣がある。日本人だから、琴とか三味線とか。三味線はギターの要領で弾けないかな。試しに控え室にあった三味線を弾いてみたが、三味線っぽい音は出ず下手くそな演奏になった。でもこれもアリか。詩は楽譜読めないんだし。

 自分が演じる詩がどんなクラウンかと想像できたら、あり得る動きのアイデアが浮かんでくる。リングでの行動パターンを思い描き試行錯誤する上で、自分のクラウンキャラクターを作ることは凄く大事なんだ。

 暗いテントに私の足音だけが響き、テントの隙間から月明かりが差し込んでいた。

 ハローの反復を終え3ボールジャグリングの練習をした。テント設営で腕はすぐに棒になった。ピアジェに言われた「軟弱」という台詞が頭を過り、筋力のなさを嘆きつつ練習を続けた。ピアジェには負けたくない。見返せるくらい上手くなってやる。

 夢中で練習していたら、3つのボールを交互に放ってキャッチする3ボールカスケードという技と、2つのボールをまっすぐ上に向かって投げて、落ちてきたときにもう一つのボールを上に投げる1UP2UPという技がスムーズにできるようになった。

 空が白み始めた頃、オフ・ステージからぬっと何か大きな黒いものが出てきて驚いて尻餅をついた。

「わっ」

 相手はホクだった。ホクは無言で右手をあげ近寄ってくると、貝殻のネックレスを首にかけてくれた。彼の首にかかっていたのと同じものだ。

「ホク……。これはもらえないよ。君の宝物じゃないのかい?」

 ホクは首を振り、胸の前に拳を当てて一度頷いた。頑張れという意味と解釈した。

「ありがとう、ホク」

 ホクは私を応援してくれている。言葉がなくても気持ちは伝わる。難しくても、同じように言葉がなくても面白さは伝わるんだと思う。本当にそれが観客のことを考えて、笑わせたいという純粋な思いから伝えようとしたものであれば。そう信じたい。
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