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第2章〜クラウンへの道〜
ピアジェの過去②
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サーカス団は28歳のピアジェの祖父チャーリー・ビショップによって、1928年にロンドンで旗揚げされた。当時の名前は『グレート・ビショップ・サーカス』という名前で、団員は30人ほど。国内やヨーロッパを中心に巡業していた。チャーリーは龍をも恐れぬ度胸を持ち、社交的で人望に厚く商才に秀でていた。ロンドンの大手新聞社や雑誌社と提携して戦略的な広報活動を行い、更に動物園を営む友人に協力を仰いでゾウや馬、アシカや熊などの動物を自ら調教した。多彩なパフォーマンスと動物芸で、小さなサーカス団はたちまち繁栄に導かれた。5年後には団員は70名近くに増え、英国一のサーカス団と呼ばれるまでになった。
祖父が80歳で亡くなったあと、跡を継いだのは40歳の息子のジェレミーだった。動物学者であったジェレミーはサーカスのことについては詳しくなく祖父ほどの商才はないが、お人好しで人徳があった。経営は主にマネージャーの女性ーー後に彼の妻となるメアリーに任せ、自分は主に好きな動物の管理や調教の仕事にあたった。
2人が結婚したのはジェレミーが42歳、メアリーが35歳の時だった。1年後に男児が生まれ、ピアジェと名付けられた。ジェレミーは一人息子を極度に甘やかし、メアリーは逆に厳しくした。自分の夫以上に、跡取りである彼に期待をかけたのである。
ピアジェは生まれてからずっとサーカスで暮らし続けた。抜群の運動神経を持つ彼は、6歳の時にはリングでアクロバットを披露していた。
ピアジェが10歳の頃、心優しいジェレミーは愛する動物たちがサーカスで使われているのを見ることと鞭を使い調教するのに耐えられなくなり、サーカスでの動物使用を辞めた。動物ショーが人気の半分以上を占めていたサーカス団の経営には、この頃から暗雲が立ち込め始める。
ミラーの母アンジェラとピアジェが出会ったのは、ロンドンにあるサーカス学校だった。2人は同い年で、アンジェラはコントーショニストを目指していた。アンジェラは天使のような無垢な美しさを持っていただけでなく、身体の柔軟性とパフォーマンスの素晴らしさも校内随一で、ピアジェはたちまち彼女に心を奪われた。
今の彼からは考えられないことだが、ピアジェは当時曲芸師を目指す仲間の中でも一、二を争う運動神経の持ち主だった。元々サーカス団で技を磨いていたこともあり、技の熟練度と正確性では群を抜いていた。教師からは学ぶことはないと言われたほどだった。
一方で彼は、気に入らない教師の車のタイヤの空気を抜いたり、大人しい生徒、もしくは自分よりも才能があり教師たちに気に入られていると思われる生徒に嫌がらせをしたり、他人の物を盗むなどの悪さを働くので目立っていた。
最初アンジェラは粗暴な彼が苦手だった。執拗にアプローチを仕掛けられたものの、適当にあしらっていたという。
そんなある日、周りからちやほやされパフォーマンスも絶好調なことで図に乗って暴君の極みと化していた男を悲劇が襲う。
学校の校門前の歩道で、他の生徒が見ている前で後方抱え込み宙返りをして見せたとき、着地に失敗して右脚の靱帯を怪我してしてしまったのだ。医師からはもうサーカスができないと絶望的な言葉を告げられ、パフォーマーとしての輝かしい将来しか描いたことのなかったピアジェは絶望の淵に立たされた。
心優しいアンジェラは、激しく落ち込み学校を休みがちになり、自棄になって酒や博打に走る彼を見捨てておけなかった。彼がアルコールに過度に縋るようになったのはこの頃からだった。
アンジェラはピアジェの家を訪れては、笑顔を忘れ死にたい、自分に明日はない、サーカスを辞めると弱音を吐き続ける男を根気強く励まし支え続けた。やがて自然の流れで2人は交際を開始した。ピアジェの本質を理解している周りの友人たちからは猛反対を喰らったが、当時のアンジェラは落ちぶれ荒み切った彼を救いたいという同情と、そこから派生した恋心によって盲目になっていた。
3年の4月にピアジェの父ジェレミーが急死し、誰よりも父親を慕っていたピアジェはまたしても悲しみの淵に突き落とされる。
こんな彼に救いの手を差し伸べた人物がいた。ある時、アメリカの歴史的サーカス団の団長が学校に講師としてやってきた。人心掌握を得意としていたピアジェはその講師の懐にまんまと入り込み、自分の悲劇的境遇を切々と語って同情を引いたのだ。
講師の有益なアドバイスを引き出した彼は経営者ーーつまり父の跡を継いでサーカス団の団長になる道を進むことに決めた。アンジェラはそれまで以上にコントーションに磨きをかけた。
卒業後2人は結婚。ピアジェは団員が皆辞めて殆ど廃業状態のサーカス団を立て直そうと決めた。サーカス学校時代の仲間に声をかけると、2人の人脈により30人ほどの団員が集まった。『ミルキーウェイ・トレインサーカス』という名前は、日本の作家宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の翻訳版のタイトル" The Night of the Milky Way Train" からとったものだった。幼い頃からその本が愛読書であったアンジェラのアイデアだった。
彼はまたロンドンの自宅兼事務所で暮らしながら、サーカスのパフォーマーとスタッフを募集する。そこにやってきたのがロシア人のミハイルというクラウンだった。ロシアのサーカス団を飛び出しソロのクラウンとして芸をしながら世界を旅していた20代前半の彼は、たまたまイギリスに来ていた際に募集を知りピアジェたちの元にやってきた。3人はそこで意気投合。アイデアを出し合い、共にサーカスを動かしていく仲間となる。
全部で70人ほどの団員とスタッフを集め、機材やテントの設備も一新して最初はイギリス国内のみを巡業した。アンジェラは団員たちのご飯作りや雑用、衣装作り、事務仕事と忙しく働いて夫とサーカスを支えた。
興業成績はまずまずだが、世界を目指していたピアジェは満足していなかった。
祖父が80歳で亡くなったあと、跡を継いだのは40歳の息子のジェレミーだった。動物学者であったジェレミーはサーカスのことについては詳しくなく祖父ほどの商才はないが、お人好しで人徳があった。経営は主にマネージャーの女性ーー後に彼の妻となるメアリーに任せ、自分は主に好きな動物の管理や調教の仕事にあたった。
2人が結婚したのはジェレミーが42歳、メアリーが35歳の時だった。1年後に男児が生まれ、ピアジェと名付けられた。ジェレミーは一人息子を極度に甘やかし、メアリーは逆に厳しくした。自分の夫以上に、跡取りである彼に期待をかけたのである。
ピアジェは生まれてからずっとサーカスで暮らし続けた。抜群の運動神経を持つ彼は、6歳の時にはリングでアクロバットを披露していた。
ピアジェが10歳の頃、心優しいジェレミーは愛する動物たちがサーカスで使われているのを見ることと鞭を使い調教するのに耐えられなくなり、サーカスでの動物使用を辞めた。動物ショーが人気の半分以上を占めていたサーカス団の経営には、この頃から暗雲が立ち込め始める。
ミラーの母アンジェラとピアジェが出会ったのは、ロンドンにあるサーカス学校だった。2人は同い年で、アンジェラはコントーショニストを目指していた。アンジェラは天使のような無垢な美しさを持っていただけでなく、身体の柔軟性とパフォーマンスの素晴らしさも校内随一で、ピアジェはたちまち彼女に心を奪われた。
今の彼からは考えられないことだが、ピアジェは当時曲芸師を目指す仲間の中でも一、二を争う運動神経の持ち主だった。元々サーカス団で技を磨いていたこともあり、技の熟練度と正確性では群を抜いていた。教師からは学ぶことはないと言われたほどだった。
一方で彼は、気に入らない教師の車のタイヤの空気を抜いたり、大人しい生徒、もしくは自分よりも才能があり教師たちに気に入られていると思われる生徒に嫌がらせをしたり、他人の物を盗むなどの悪さを働くので目立っていた。
最初アンジェラは粗暴な彼が苦手だった。執拗にアプローチを仕掛けられたものの、適当にあしらっていたという。
そんなある日、周りからちやほやされパフォーマンスも絶好調なことで図に乗って暴君の極みと化していた男を悲劇が襲う。
学校の校門前の歩道で、他の生徒が見ている前で後方抱え込み宙返りをして見せたとき、着地に失敗して右脚の靱帯を怪我してしてしまったのだ。医師からはもうサーカスができないと絶望的な言葉を告げられ、パフォーマーとしての輝かしい将来しか描いたことのなかったピアジェは絶望の淵に立たされた。
心優しいアンジェラは、激しく落ち込み学校を休みがちになり、自棄になって酒や博打に走る彼を見捨てておけなかった。彼がアルコールに過度に縋るようになったのはこの頃からだった。
アンジェラはピアジェの家を訪れては、笑顔を忘れ死にたい、自分に明日はない、サーカスを辞めると弱音を吐き続ける男を根気強く励まし支え続けた。やがて自然の流れで2人は交際を開始した。ピアジェの本質を理解している周りの友人たちからは猛反対を喰らったが、当時のアンジェラは落ちぶれ荒み切った彼を救いたいという同情と、そこから派生した恋心によって盲目になっていた。
3年の4月にピアジェの父ジェレミーが急死し、誰よりも父親を慕っていたピアジェはまたしても悲しみの淵に突き落とされる。
こんな彼に救いの手を差し伸べた人物がいた。ある時、アメリカの歴史的サーカス団の団長が学校に講師としてやってきた。人心掌握を得意としていたピアジェはその講師の懐にまんまと入り込み、自分の悲劇的境遇を切々と語って同情を引いたのだ。
講師の有益なアドバイスを引き出した彼は経営者ーーつまり父の跡を継いでサーカス団の団長になる道を進むことに決めた。アンジェラはそれまで以上にコントーションに磨きをかけた。
卒業後2人は結婚。ピアジェは団員が皆辞めて殆ど廃業状態のサーカス団を立て直そうと決めた。サーカス学校時代の仲間に声をかけると、2人の人脈により30人ほどの団員が集まった。『ミルキーウェイ・トレインサーカス』という名前は、日本の作家宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の翻訳版のタイトル" The Night of the Milky Way Train" からとったものだった。幼い頃からその本が愛読書であったアンジェラのアイデアだった。
彼はまたロンドンの自宅兼事務所で暮らしながら、サーカスのパフォーマーとスタッフを募集する。そこにやってきたのがロシア人のミハイルというクラウンだった。ロシアのサーカス団を飛び出しソロのクラウンとして芸をしながら世界を旅していた20代前半の彼は、たまたまイギリスに来ていた際に募集を知りピアジェたちの元にやってきた。3人はそこで意気投合。アイデアを出し合い、共にサーカスを動かしていく仲間となる。
全部で70人ほどの団員とスタッフを集め、機材やテントの設備も一新して最初はイギリス国内のみを巡業した。アンジェラは団員たちのご飯作りや雑用、衣装作り、事務仕事と忙しく働いて夫とサーカスを支えた。
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