ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
88 / 193
第2章〜クラウンへの道〜

クラウンへの道③

しおりを挟む
 ルーファスからOKを貰ったところで次の練習に移行した。フリーズという、身体を意図的に静止させる練習だ。

 ルーファスが提案したのは「だるまさんがころんだ」という日本の遊びだった。ルーファスがルールを説明している途中で、ピアジェが見るからに不服そうに遮った。

「そんな子どもの遊びで練習になるか!」

「いや、これは俺が考えついた一番効果的ですごい練習だ。見ていれば分かる」

 ルーファスはピアジェの剣幕に動じる様子もない。

 ルールはこうだ。まず1人鬼を決める。壁を背に立ち、鬼は反対側の壁に顔を当てて、「だるまさんが転んだ!」と唱える。その間にそれ以外の人間たちは鬼に近づいていく。さっき練習したことを意識して 身体の力を抜いて大きく手を振って歩く。鬼が最後の「だ!」のタイミングで振り向いた時、皆一斉にそのままの体勢で動きを止める。もし少しでも動いてしまった人は鬼にならなければならない。誰も動くことなく誰かが鬼にタッチすることができれば、もう一度同じ人が鬼になり同じ遊びを繰り返す。

 本来なら和気藹々とやっていたかもしれないが、ピアジェが部屋の隅で目を光らせているためにデスゲームの如き恐怖と緊張感の漂うだるまさんがころんだになってしまった。

 ルーファスのだるまさんがころんだの唱和が始まるなり、先のことを考えずに走り出してしまったがために「だ!」の音で上手く止まり切れず前のめりに身体が動いてしまった。

「ネロ鬼な」とルーファスがニヤリとした。ふんとピアジェが鼻で笑うのが聞こえて何だか悔しい。

 やがて課題は人間を表現するから、動物を表現するに変わった。

 ルーファスが出した課題の動物ーー猿なら猿、猫なら猫になりきって鬼に向かって歩いていく。

 鬼になって3回目の「だるまさんがころんだ」の台詞の後、ミラーが私にタッチしようと張り切りすぎて転んでしまい笑いが起きた。恥をかいたミラーは出て行ってしまい、しばし気まずいムードが流れる中ゲームは続いた。

 私は途中ミラーのことが気がかりになってきたが、ピアジェがいつまでもいなくならないから部屋を出ようにも出られない。

 やがてトレーニングはワンステップ上に移行した。

「じゃあ、次は表現力を高める練習も入れるぞ。まず、俺の言った形容詞をイメージするポーズをとれ。その言葉をイメージした銅像になるつもりでな」

 ルーファスが最初に言ったのは、「意地悪な」という形容詞だった。

 シンディは「ひっひっひ」と魔女のように笑ってしゃもじで何かをかき混ぜる仕草をしたが、ルーファスは「ポーズだけなんだがな……」とそれじゃない感漂うつぶやきをした。

「頭で考えるな。要は、意地悪な感じを出せればいいんだ」

 意地悪と聞いたときパッと浮かんだのがディアナだった。彼女が路地裏で私を見た時を思い出しながら腕組みをして顔を傾け、蔑むような目をしてみせた。

「おお、すごく嫌な奴感が出てていいな」とルーファスに褒められたが、果たして喜んでいいのか分からない。

 ルーファスは「陰気な」「陽気な」「高貴な」「貧しい」「臆病な」「偉そうな」などといった形容詞を出し、それに合わせたポージングを考え出した。フィーリングで考えるのは、頭を使うのが苦手な私に向いているかもしれない。

 その後それまで鬼のルーファスが出した形容詞のお題に合わせた歩き方でだるまさんがころんだをやった。「高貴」と言われたらは上品な歩き方をして、フリーズするときは、胸を張ってつんと澄ましいかにもプライドが高そうな人を意識したポージングをとる。「臆病な」ではスラムに行く前のケニーのようにおどおどと挙動不審に歩き、フリーズする時もライオンを目の前にした彼のように身体をビクッと震わせ、怯えた目つきをしてみせる。段々と別の形容詞に切り替わるタイミングが速くなっていく。終わる頃には額に汗をかいていた。

「静止=死じゃない。これは内面のエネルギーを殺さずに生かしたまま動作を止める練習だ。動作にフリーズを上手く組み合わせて使いこなすことができれば、動きにメリハリが生まれる。そして、特定のイメージを働かせることで、表現力にも繋がるんだ」

 練習の後にルーファスが教えてくれた。そう考えると確かにこれはゲーム感覚でクラウンの大切な動作を学べる、優れたトレーニングだ。これを思いついたルーファスは天才なんじゃないだろうか。
 
 ピアジェが電話対応のために呼ばれていなくなったタイミングで、ルーファスに断りを入れて部屋を出た。昨日、今日と彼には悪いことをしてしまった。いくら日頃の鬱憤が溜まっていたとはいえ、いささかやりすぎた。

 ミラーの姿をしばらく探したが見つからない。通路でランニングをしていたアルフレッドに聞いたら、「彼なら俺の部屋にこもってるよ」と答えた。

「嫌なことがあるとよく来るんだ。父親にーーピアジェに見つからないように」

「ありがとう、アルフ」

 アルフレッドにお礼を伝え彼の部屋に向かう。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

噛ませのプライド

コブシ
現代文学
負け続けの噛ませ犬ボクサー弘。 思いがけない女性との出会い。 神様のいたずら。 そして運命のゴングが鳴る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

泣き虫に幸あれ。

道端の椿
ライト文芸
クラスメイトの優香は毎日泣いている。これは心の枯れた僕が「泣く力」を取り戻すまでのヒューマンドラマ。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...