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第2章〜クラウンへの道〜
スタート⑥
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次のクラウニングの時間は初回ということで、ルーファスとクラウンエクササイズをした。クラウン独特のコミカルな動きを学ぶ。
ルーファスの作ってくれた練習メニューには『ムーヴメント』というクラウンの動作の練習と、『クラウニング』というクラウンになるためのメソッドが取り込まれたトレーニングだった。
最初はルーファスが昔教わったというクラウンの動きや感情表現を真似てやってみることにした。
「クラウンに大事なのは、観客が遠くで見ていても理解できるように全ての動作を自然に、かつ普通よりも大袈裟にやることだ」
まずルーファスは大きく手を振り大股で歩いて見せた。彼の真似をして後ろを歩くうち気づいた。クラウンは一つ一つの動作を目立つようにやらなければいけないのだ。それが歩く、走る、食べるといったごく何気ないモーションだったとしても。
ルーファスは私と鏡のように立ち、手始めに喜怒哀楽の表現をしてみるぞ」と言った。
「喜!」とルーファスが言ったとき、私は「やった~!」と万歳をして飛び跳ねてみせたが、ルーファスは「まだ足りない」と首を振った。
彼は手を大きく口を大きく開け手を叩いて大笑いし、屈んで膝を両手でパシパシ叩き、自分の身体を抱きしめてくるくるとコマのように回った。そんなルーファスの動きを見ていたら一人でに笑いが漏れた。
「真似してみろ」
私は彼のやった動作を一通り真似てみた。ルーファスはまだ浮かない顔だ。
「お前、恥ずかしいと思ってるだろ?」
図星を突かれて「うっ……」と怯む。恥じらいがあったのは確かだ。いざやれと言われると、照れが先行して動きや表現をセーブしてしまう。
「恥を捨てろ、あの綱渡りに失敗した時みたいにだ。開き直って自分を晒す覚悟をするんだ」
「分かった」
「じゃあ自己暗示をかけろ。恥ずかしくないと自分に言い聞かせるんだ」
「恥ずかしくない! 恥ずかしくない! 恥ずかしいの恥ずかしいの飛んでけ!! マリアナ海溝まで飛んで消えちまえ!」
「その粋だ! 恥ずかしくない、お前は道化師だ! 人前でオナラをするのも尻を出すのもちっとも恥ずかしくなんかない!」
「ああ、恥ずかしくないとも!」
暗示によって恥の感情が消えた気がしたところで、ルーファスが次の感情表現に移った。次は悲しみの表現だ。
ルーファスはポケットから巨大なハンカチを取り出して涙を拭うふりをし、顔を膝に埋めたり、床に仰向けになり子どもが駄々をこねるように手脚をバタバタと動かして見せた。
そのあと「お前も自由にやってみろ。まず、悲しいことを一つ思い浮かべろ」と言われ、一番最初に浮かんだのは私が一番悲しかった日ーーオーロラが旅立つ日のことだった。
あの日オーロラを見送りに沢山の友達や学校の先輩、後輩が来ていた。荷物が引越しのトラックに運び込まれたのを見て初めて現実を認識した。ああ、オーロラは行ってしまう。もう一緒に日曜日にボウリングやカラオケに行くことも、下らないギャグで彼女を笑わせることもできない。一番笑わせたい相手がいなくなるということは、こんなにも虚しくて退屈で、憂鬱なことなのか。
オーロラは私を抱きしめ頬にキスをした。私もオーロラを抱きしめキスを返した。彼女の目は涙で濡れていた。彼女は微笑んで「また会えるわ」と自分自身と私に言い聞かせるように言った。「もちろん」私は涙を堪えながら答えた。
オーロラがトラックに乗り込み、窓から顔を出して泣きながら手を振った。トラックが動き出した時、私は咄嗟に駆け出していた。
「オーロラ!」
涙で滲んだ視界が歪んでいた。彼女に伝えなければいけないことの一つを、絶対に今、直接彼女に言わなければいけなかった。追いついたトラックの窓枠に手をかけたら、オーロラはハッとした顔をした。
「アヴィー、危ないわ!」
あまりに彼女らしい台詞とともに伸びてきた細く白い手を私は強く掴んだ。
「オーロラ……必ず会いに行くわ!!」
私の涙に呼応するみたいに、オーロラの目からも涙が流れ落ちた。
「アヴィー、何かあったらすぐ連絡して」
「私のことは心配しないで! 後でお菓子送って! また遊ぼう! 元気で!」
オーロラは涙で濡れた顔で何度も頷いていた。握っていた手が離れた時、宝物を失くしたみたいな失望に襲われたて、走り去るトラックを見つめながらしばらく泣いた。
過去の記憶と一緒に涙が溢れてきた。私が本当に泣き出したのを見てルーファスは困惑していた。
「おいおい、大丈夫か。まさかそんなガチ泣きとは……」
「ごめん、友達のことを思い出して……」
止まる様子のない涙を手で拭っていたら、ルーファスが「頼むから鼻は噛まないでくれよ」と前置きして持っていた巨大なハンカチを渡してくれた。そのハンカチがテーブルクロスくらい大きくて笑ってしまった。さっきまで泣いていたのに、感情がこのアイテム一つで別方向にシフトしてしまうなんて。
「面白いか」
「うん」
「クラウンってのは、恋人に振られて泣いている人も、就職の最終面接で大失敗して落ち込んでいる人も、友達に馬鹿にされて怒り狂ってる子どもでさえも笑わせられる笑いのスペシャリストだ。笑わせられる側になるのは容易いが、逆となると話が違う」
ルーファスはそれから「よし、切り替えて続きをやるぞ」と言った。
悲しみのあとは怒りや驚きといった感情表現の練習をした。
ルーファスの作ってくれた練習メニューには『ムーヴメント』というクラウンの動作の練習と、『クラウニング』というクラウンになるためのメソッドが取り込まれたトレーニングだった。
最初はルーファスが昔教わったというクラウンの動きや感情表現を真似てやってみることにした。
「クラウンに大事なのは、観客が遠くで見ていても理解できるように全ての動作を自然に、かつ普通よりも大袈裟にやることだ」
まずルーファスは大きく手を振り大股で歩いて見せた。彼の真似をして後ろを歩くうち気づいた。クラウンは一つ一つの動作を目立つようにやらなければいけないのだ。それが歩く、走る、食べるといったごく何気ないモーションだったとしても。
ルーファスは私と鏡のように立ち、手始めに喜怒哀楽の表現をしてみるぞ」と言った。
「喜!」とルーファスが言ったとき、私は「やった~!」と万歳をして飛び跳ねてみせたが、ルーファスは「まだ足りない」と首を振った。
彼は手を大きく口を大きく開け手を叩いて大笑いし、屈んで膝を両手でパシパシ叩き、自分の身体を抱きしめてくるくるとコマのように回った。そんなルーファスの動きを見ていたら一人でに笑いが漏れた。
「真似してみろ」
私は彼のやった動作を一通り真似てみた。ルーファスはまだ浮かない顔だ。
「お前、恥ずかしいと思ってるだろ?」
図星を突かれて「うっ……」と怯む。恥じらいがあったのは確かだ。いざやれと言われると、照れが先行して動きや表現をセーブしてしまう。
「恥を捨てろ、あの綱渡りに失敗した時みたいにだ。開き直って自分を晒す覚悟をするんだ」
「分かった」
「じゃあ自己暗示をかけろ。恥ずかしくないと自分に言い聞かせるんだ」
「恥ずかしくない! 恥ずかしくない! 恥ずかしいの恥ずかしいの飛んでけ!! マリアナ海溝まで飛んで消えちまえ!」
「その粋だ! 恥ずかしくない、お前は道化師だ! 人前でオナラをするのも尻を出すのもちっとも恥ずかしくなんかない!」
「ああ、恥ずかしくないとも!」
暗示によって恥の感情が消えた気がしたところで、ルーファスが次の感情表現に移った。次は悲しみの表現だ。
ルーファスはポケットから巨大なハンカチを取り出して涙を拭うふりをし、顔を膝に埋めたり、床に仰向けになり子どもが駄々をこねるように手脚をバタバタと動かして見せた。
そのあと「お前も自由にやってみろ。まず、悲しいことを一つ思い浮かべろ」と言われ、一番最初に浮かんだのは私が一番悲しかった日ーーオーロラが旅立つ日のことだった。
あの日オーロラを見送りに沢山の友達や学校の先輩、後輩が来ていた。荷物が引越しのトラックに運び込まれたのを見て初めて現実を認識した。ああ、オーロラは行ってしまう。もう一緒に日曜日にボウリングやカラオケに行くことも、下らないギャグで彼女を笑わせることもできない。一番笑わせたい相手がいなくなるということは、こんなにも虚しくて退屈で、憂鬱なことなのか。
オーロラは私を抱きしめ頬にキスをした。私もオーロラを抱きしめキスを返した。彼女の目は涙で濡れていた。彼女は微笑んで「また会えるわ」と自分自身と私に言い聞かせるように言った。「もちろん」私は涙を堪えながら答えた。
オーロラがトラックに乗り込み、窓から顔を出して泣きながら手を振った。トラックが動き出した時、私は咄嗟に駆け出していた。
「オーロラ!」
涙で滲んだ視界が歪んでいた。彼女に伝えなければいけないことの一つを、絶対に今、直接彼女に言わなければいけなかった。追いついたトラックの窓枠に手をかけたら、オーロラはハッとした顔をした。
「アヴィー、危ないわ!」
あまりに彼女らしい台詞とともに伸びてきた細く白い手を私は強く掴んだ。
「オーロラ……必ず会いに行くわ!!」
私の涙に呼応するみたいに、オーロラの目からも涙が流れ落ちた。
「アヴィー、何かあったらすぐ連絡して」
「私のことは心配しないで! 後でお菓子送って! また遊ぼう! 元気で!」
オーロラは涙で濡れた顔で何度も頷いていた。握っていた手が離れた時、宝物を失くしたみたいな失望に襲われたて、走り去るトラックを見つめながらしばらく泣いた。
過去の記憶と一緒に涙が溢れてきた。私が本当に泣き出したのを見てルーファスは困惑していた。
「おいおい、大丈夫か。まさかそんなガチ泣きとは……」
「ごめん、友達のことを思い出して……」
止まる様子のない涙を手で拭っていたら、ルーファスが「頼むから鼻は噛まないでくれよ」と前置きして持っていた巨大なハンカチを渡してくれた。そのハンカチがテーブルクロスくらい大きくて笑ってしまった。さっきまで泣いていたのに、感情がこのアイテム一つで別方向にシフトしてしまうなんて。
「面白いか」
「うん」
「クラウンってのは、恋人に振られて泣いている人も、就職の最終面接で大失敗して落ち込んでいる人も、友達に馬鹿にされて怒り狂ってる子どもでさえも笑わせられる笑いのスペシャリストだ。笑わせられる側になるのは容易いが、逆となると話が違う」
ルーファスはそれから「よし、切り替えて続きをやるぞ」と言った。
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