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第2章〜クラウンへの道〜
スタート③
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昼休み、オーロラへの手紙を出しにケニーと一緒に郵便局へ行った。ケニーはまた祖母への手紙を出すのだという。本当はすぐにでもオーロラに手紙を出したかったが、なかなか時間がとれずにもどかしい思いをしていた。
郵便局の窓口で手続きをしながら、この封筒がオーロラの元に届くと思うと何だか楽しみなような嬉しいような不思議な感情が湧いた。慌ただしい毎日でも、ふと気が抜けたときや夜ベッドに入った時に彼女の顔が浮かんできた。少しずつだけれど私はロンドンに近づいている。列車の窓の景色が変わるたびに感じる。オーロラに会える時には前とは違う自分になれていたらいい。彼女は私を見て笑ってくれるだろうか。それとも泣くだろうか。電柱の影から「久しぶり!」とひょっこり顔を出してオーロラを驚かせたい。戯けるくらいが私には丁度いい。
郵便局の帰り道でケニーが言った。
「アヴィー、昨日は反対してしまったけど……。君が本気ならクラウンをやるといい。僕に止める権利なんかない。君は僕が知る中で最高に楽しい人だ。君の母さんも祖母も僕もユーモアセンスには恵まれなかったが、君は小さな頃からみんなを楽しませる天才だった。よく悪戯もしたけどね。君がいるだけでいつも家が明るくなった。君はきっと最高のクラウンになるよ」
朧げな記憶しかないが、母や祖母がよく言った。幼い頃の私はテレビでコメディアンがやっていたことを真似したり、自作のコメディショーを作ってお披露目するのが好きだったらしい。ゲストはぬいぐるみやバービー人形で、観客は両親や祖父母やケニーだ。司会者役の私がゲストにおかしな質問をして、彼らのアフレコをしながら答える。それがあまりに可愛らしくて可笑しくて皆は笑い転げたらしい。
そういえばオーロラも私のジョークにはよく笑ってくれた。彼女を笑わせるのが楽しくて、ほとんどそのためだけに生きていたようなものだった。今でも一番笑わせたい相手はオーロラだし、もし私がショーに出たら家族と同じくらい観てほしい相手も彼女だ。何だか少し恥ずかしい気もするけれど。
「ママとパパが上手くいかなくなった時、2人がこれ以上雰囲気が悪くならないように笑わせようとしてた。最初ママは笑ってくれてたけど精神的に参ってて、だんだん笑わなくなったの。『アヴィー、やめて』『1人にして』って言うことが増えた」
「君の両親のことは残念だったよ」
「うん……。でも、最低な気持ちを抱えてる人は私や両親だけじゃなくて、この世界に沢山いる。上司に怒られたとか、学校で虐められたとか、大切な人を失くしたとか。そんな人たちが少しでも現実を忘れて楽しんでくれたらいいと思うの。彼らが私のショーを観て笑ってくれたらいい」
「僕は君が誇らしいよ、アヴィー。でも、常に人を笑わせるのは難しいことだ。自分が辛い時でもそれをやるというのは、大変なエネルギーがいると思う」
「そうね」
ふと、オーロラとサーカスを観に行った時、白塗りの顔の目の下に水色の雫型の涙のマークがあるクラウンがいたことを思い出した。あの涙には何か意味があるのだろうかと思ったけれど、今なら何となく分かる気がする。
ケニーが言うことは確かにそうだ。笑わせるのは簡単そうで難しい。涙を隠して道化に扮するのだから。
でも、これも確かだった。
「でも私はきっと、そんな風に生きてくのが好きなの」
郵便局の窓口で手続きをしながら、この封筒がオーロラの元に届くと思うと何だか楽しみなような嬉しいような不思議な感情が湧いた。慌ただしい毎日でも、ふと気が抜けたときや夜ベッドに入った時に彼女の顔が浮かんできた。少しずつだけれど私はロンドンに近づいている。列車の窓の景色が変わるたびに感じる。オーロラに会える時には前とは違う自分になれていたらいい。彼女は私を見て笑ってくれるだろうか。それとも泣くだろうか。電柱の影から「久しぶり!」とひょっこり顔を出してオーロラを驚かせたい。戯けるくらいが私には丁度いい。
郵便局の帰り道でケニーが言った。
「アヴィー、昨日は反対してしまったけど……。君が本気ならクラウンをやるといい。僕に止める権利なんかない。君は僕が知る中で最高に楽しい人だ。君の母さんも祖母も僕もユーモアセンスには恵まれなかったが、君は小さな頃からみんなを楽しませる天才だった。よく悪戯もしたけどね。君がいるだけでいつも家が明るくなった。君はきっと最高のクラウンになるよ」
朧げな記憶しかないが、母や祖母がよく言った。幼い頃の私はテレビでコメディアンがやっていたことを真似したり、自作のコメディショーを作ってお披露目するのが好きだったらしい。ゲストはぬいぐるみやバービー人形で、観客は両親や祖父母やケニーだ。司会者役の私がゲストにおかしな質問をして、彼らのアフレコをしながら答える。それがあまりに可愛らしくて可笑しくて皆は笑い転げたらしい。
そういえばオーロラも私のジョークにはよく笑ってくれた。彼女を笑わせるのが楽しくて、ほとんどそのためだけに生きていたようなものだった。今でも一番笑わせたい相手はオーロラだし、もし私がショーに出たら家族と同じくらい観てほしい相手も彼女だ。何だか少し恥ずかしい気もするけれど。
「ママとパパが上手くいかなくなった時、2人がこれ以上雰囲気が悪くならないように笑わせようとしてた。最初ママは笑ってくれてたけど精神的に参ってて、だんだん笑わなくなったの。『アヴィー、やめて』『1人にして』って言うことが増えた」
「君の両親のことは残念だったよ」
「うん……。でも、最低な気持ちを抱えてる人は私や両親だけじゃなくて、この世界に沢山いる。上司に怒られたとか、学校で虐められたとか、大切な人を失くしたとか。そんな人たちが少しでも現実を忘れて楽しんでくれたらいいと思うの。彼らが私のショーを観て笑ってくれたらいい」
「僕は君が誇らしいよ、アヴィー。でも、常に人を笑わせるのは難しいことだ。自分が辛い時でもそれをやるというのは、大変なエネルギーがいると思う」
「そうね」
ふと、オーロラとサーカスを観に行った時、白塗りの顔の目の下に水色の雫型の涙のマークがあるクラウンがいたことを思い出した。あの涙には何か意味があるのだろうかと思ったけれど、今なら何となく分かる気がする。
ケニーが言うことは確かにそうだ。笑わせるのは簡単そうで難しい。涙を隠して道化に扮するのだから。
でも、これも確かだった。
「でも私はきっと、そんな風に生きてくのが好きなの」
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