ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
67 / 193
第2章〜クラウンへの道〜

スタート②

しおりを挟む
 ルーファスはついてこいと言って私を部屋に連れて行った。

「エンギバロフって誰?」

 通路を歩きながらルーファスに聞いた。

「1960年代に活躍したロシアの天才クラウンだ。抜群の運動神経を持っていて、アクロバットも綱渡りも軽々こなした。だが彼の一番の持ち味はそれじゃない。パントマイムだ。彼のパントマイムは観客が涙するほど素晴らしいものだった。

 圧倒的な才能があったのにも関わらず、エンバギロフは37歳で心臓発作で死んだ。街中で倒れて誰にも助けられないまま死んだんだ。

 俺の中では世界一のクラウンは彼だと思ってる。彼が生きてたらチャップリンに並ぶくらいのすごいクラウンになってただろう」

「そんなすごい人が……」

 チャップリンは大好きで、よくオーロラと一緒にDVDを観て笑い転げたものだった。彼に匹敵するくらいの才能のある人が早逝してしまったのは残念でならない。

 だが世の中というのはそんなふうにできている気がする。マイケル・ジャクソンもマリリン・モンローも、DJのアヴィーチーも……。世界中に名が轟くくらいの才能のある人に限って早死にしてしまう。生き急ぐからか。それとも、運と才能とエネルギーを人の倍早く使い果たすからなのだろうか。

 ルーファスは自分の部屋に私を招き入れ、テレビをつけた。テレビは食堂にしかない。自分のテレビを持っているのが羨ましいと感じた。

「前にここにいたロシアのクラウンがいてな。ピアジェに追い出されたんだが、すごく良い奴だった。そいつがビデオを置いて行ってな」

 ルーファスが今や懐かしいビデオデッキにテープを入れると、白黒の画面でロシアの名だたるクラウンたちの芸を観ることができた。ピアノやアコーディオンなどの楽器を演奏する者もいれば、華麗なアクロバットを披露する者もいる。観たことも聞いたこともない猫を使ったショーをするクラウンもいた。そのビデオは3時間くらいの長さだったが、私の目は画面に釘付けになっていた。壁に掛けられた鳩時計の鳩が鳴き声と共に飛び出してきて初めてお昼になったと気づいたほどだった。

「ああ、面白かった。みんなすごいね、本当に!」

「だろう? 一人として同じクラウンはいない。それぞれにカラーがあるし、オリジナルの芸を持ってる。観客を笑かすだけがクラウンじゃない。観ている者を魅了して、感動させるのがクラウンだ。お前も必死に練習を積めばきっとなれる。観客を沸かすことのできる名クラウンにな」

 ルーファスはいかにも良いことを言ったふうな顔で笑った。

「ありがとう、ルーファス。頑張るよ!」

 ハグをしたらルーファスは「くさっ」と顔を顰めて身体を引いた。

「お前匂うぞ、シャワー浴びてるか?」

「あ……」

 そういえば1週間くらいお風呂に入っていなかった。シャワールームに行ってもいつも満員で、汗を流したい仲間を優先にしようと部屋で空くのを待っているうちに眠ってしまうことの繰り返しだった。前なら考えられない生活だ。集団生活というのは難しい。

 でもよく考えたら夜にシャワーを使うという決まりはない。いっそこっそり昼間に浴びてしまえばいい。

 私は部屋を飛び出して自室に戻りボディソープと着替えとタオルを持ち、シャワールームへ向かった。熱いお湯で身体を洗ったら生き返る気がした。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

噛ませのプライド

コブシ
現代文学
負け続けの噛ませ犬ボクサー弘。 思いがけない女性との出会い。 神様のいたずら。 そして運命のゴングが鳴る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

カラダから、はじまる。

佐倉 蘭
現代文学
世の中には、どんなに願っても、どんなに努力しても、絶対に実らない恋がある…… そんなこと、能天気にしあわせに浸っている、あの二人には、一生、わからないだろう…… わたしがこの世で唯一愛した男は——妹の夫になる。 ※「あなたの運命の人に逢わせてあげます」「常務の愛娘の『田中さん』を探せ!」「もう一度、愛してくれないか」「政略結婚はせつない恋の予感⁉︎」「お見合いだけど、恋することからはじめよう」のネタバレを含みます。

処理中です...