ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

一か八か③

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「この馬鹿野郎!! 一体何のつもりだ!!」

 髪を乱し、タキシードもよれよれになったピアジェが控え室に入ってきて杖で私の肩を叩いた。鋭い痛みが走る。団長の顔は勝手なことをしでかした私への怒りと受けた恥辱への羞恥心で真っ赤になり、身体はわなわなと震え額には青筋が浮いている。

「素人がアーティスト気取りで綱渡りなぞしおって!! 私はお前のせいで恥をかいたぞ!! これでウケなければどうするつもりだったんだ?! 私たちの努力は全部水の泡になる!!」

 顔を真っ赤にして怒鳴りつけるピアジェをジャンが止める。

「まぁまぁ、団長。ウケたんだからいいじゃねぇか。俺は好きだぜ、彼のクラウン」

 ジャンが私のカツラの上に手を置いた。

「こいつがクラウン?! 悪夢も甚だしいわ!!」

 ピアジェは私の胸に人差し指を突き立てた。

「またあんな勝手なことをしてみろ。お前はクビだ、クビ!!」

 首を手で切る仕草をしてピアジェがいなくなった直後、ぷっとアルフレッドが吹き出して、それに釣られて周りにいたジャンやアルフレッドなど男の団員たちが笑い出した。

「いやぁ、見ものだったよ! まさか君がクラウンに化けて、ピアジェとコントをやるなんてな!」アルフレッドが涙を拭う。

「傑作だよな」とジャンが同意し、「笑い事じゃない、俺なら殺されてたぞ」とミラーが呆れたようにため息をつく。

 するとルーファスが腕組みをして真顔で言った。

「お前、クラウンに向いてるかもしれんな」

「本当?!」

「ああ」

 私の心の中では、さっきの出来事で決定的になっていた。何がって、クラウンをやってみたいという気持ちがだ。思いつきで綱渡りをしてみたが、綱から落ちるという失態を演じた後クラウンに化けたことで想像以上に笑いをとれた。ルーファスがクラウンが太陽と例えていた理由が分かった。クラウンがステージにいるだけでサーカス全体の雰囲気がガラリと変わる。テントが笑いに溢れる。今までになく心が満たされ高揚していた。この興奮をまた味わいたかった。

「やろうかな、クラウン」

 私の言葉に、一同「え?!」と声が上がる。

 向いていると言ったルーファスでさえ半分以上本気ではなかったみたいで、「おい、マジか」と真顔で聞いてきた。

「マジだよ。こう見えて運動神経には自信あるんだ」

「うちのクラウンはジャグリングや綱渡りもできなきゃならんし、笑いをとるための寸劇なんかも自分で考えてやらなきゃならん。ここのメンバーは、サーカス学校で基礎からトレーニングを積んだ奴らばかりだ。運動神経だけでどうにかなる問題じゃない。何よりサーカスは危険と隣り合わせだ。生半可な覚悟でできるもんじゃない」

 ルーファスが険しい顔で説得するも、私の心は決まっていた。ずっとクラウンは憧れの存在だった。クラウンが舞台に出てくると、会場全体が明るくなる。皆の視線がクラウンに集まり、テントが笑いに溢れる。幼い頃からずっと、サーカスクラウンを演じてみたいと思っていた。

 ずっと自信がなくて迷っていたけれど、今日で心が決まった。今まで何かを本気でやりたいと感じたことなんて一度もなかった。中途半端だった自分が、クラウンになら本気になれる気がした。もちろん簡単じゃないことはわかっているけれど、どんな努力だってするつもりだった。

「難しくたって危険だって構わない、やってみたいんだ。今まで人に流されるまま生きてきて、大学も中退して、やりたいことなんて見つけられなかった。でもここに入ってみんなのショーを見ているうちに、クラウンとして一緒にやりたいって思ったんだ。こんな気持ちは初めてなんだ。皆に迷惑はかけない、死ぬ気で努力するよ」

「その意気だ!」とジャンが背中を叩いた。

「お前が本気でやるってんなら、俺は全力でサポートするぜ!」

「ああ、君なら良いクラウンになるよ。僕が保証する」

 アルフレッドも励ましてくれたが、唯一ミラーだけは不安げだ。

「親父が許すかな……。さっきもカンカンだったし……」

「もし無理だって言われたら、俺がアイツに直談判してやる。せっかくやる気んなってるんだ。未経験からクラウンをやってみようなんて、なかなか決意できるもんじゃねぇ。仲間の夢を応援できねぇで、テメェの夢が叶えられるかってんだ!」

 ジャンが言った。

「そうだそうだ」「応援してるぞ!」と他の団員たちからも声が上がる。応援してくれる仲間たちの様子に胸が熱くなった。

「本気なんだな? とりあえずやってみようなんて半端な気持ちじゃ続けられんぞ?」

 念押しするみたいにルーファスが訪ねてくる。

「本気だよ、僕は誰よりもすごいクラウンになる。君たちの気持ちを無駄にしないためにもね」
 
 皆の想いを裏切りたくない。どんな練習でも挑戦していくのだ。レオポルドが火の輪をくぐったみたいに、命懸けで挑むつもりだ。
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