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第1章〜サーカス列車の旅〜
小さな泥棒③
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その日の午後から、私はクリーに教わって綱渡りの練習を始めた。なんとなく彼女がやっていたのが面白そうだと感じたからだ。最初は床に張られた黄色いテープの上に片脚立ちする練習から始めた。バレエの教室で同じ練習をやっていたから、左右どちらか片方の脚だけで1分くらい立っているのは楽勝だった。
「やるね」とクリーは右手の親指を立てた。
次は地上から30cmくらいのところに張られたスラックラインと呼ばれる細長いベルトのようなもののの上を、両腕を広げて3秒ずつ片足立ちしながらゆっくり前に進んでいく。
最初は2歩くらい進んだところで落ちてしまったけれど、繰り返すうちに4歩進めるようになった。
「サーカスで使うロープの長さはアリーナの直径と同じ14.5Mだよ。まだまだ先は長いよ」
調子に乗って喜んでいたら、クリーに喝を入れられた。途中ホクが練習を見学に来た。彼は言葉こそ発しなかったが、私が上手くできると拍手をくれた。
休憩時間になると、ホクがココナッツウォーターを持ってきてくれた。
「ホクは見た目怖いし無口だけど、根はすごく優しいんだ」と休憩時間にクリーが目を細めた。頭をお団子にして白い花の髪飾りをつけた髪型が彼女によく似合っていた。
「知ってるよ、彼にはお世話になったからね。ところで彼はどこの出身?」
「ハワイの出身だよ」
「なるほど、だからココナッツ!」
ホクは無言で私たちがジュースを飲むのを見ていた。まろやかで爽やかな甘みのその飲み物は、南国の青い空と果てしなく広がる海を思い起こさせた。
「美味しい! ありがとう、ホク!」
お礼を言われたホクは嬉しそうに親指を立てた。
ホクが手を振っていなくなった後、クリーが話し始めた。
「私は捨て子でさ。赤子の時に雑技団で炊事や雑用をしていた女の人に拾われて、団員たちと生活するようになった。綱渡りをしている男の人を見て興味が出て、10歳の時にやり始めた。その雑技団では逆立ちをした人を頭に乗せて綱渡りをしたり、綱の上で椅子を何段にも積んだ上で逆立ちしたり、後ろに子どもをたくさん乗せて自転車で走ったり、難しい技ばかりやらされたよ。上手くやれないと子どもも大人も関係なく鞭で打たれた。コーチがすごく厳しくて、練習の時は鬼みたいなんだ。普段は優しくて色々世話を焼いてくれたし、ピアジェよりは心があったけどね」
「苦労したんだね」
「苦労とも思ってなかったかな、それが普通だったし、私の人生だった。生まれた時からそこにいたから、私は雑技団しか知らなかった。学校にも通ってなかったし、友達といえば雑技団の子どもたちとそこで飼ってた犬くらいのもの」
クリーが雑技団で活躍していた17歳の時、突然団長が病に倒れた。人気が低迷し赤字続きのサーカス団は廃業となり、クリーと母は路頭に迷うかと思われた。
クリーが思いついたのは、綱渡り芸で生計を立てることだった。母は必死に止めたが、クリーの意志は固かった。なぜなら彼女がやらなければ母は身体を売って稼ぎかねなかったからだ。
地上100m、命綱なしの綱渡りを毎日毎日続けた。危険を売り物にした無謀な挑戦を何としてでも見たいと考えるもの好きな人というのはいるもので、食べる物には困らなかった。
ある時たまたま旅行で中国にやってきたルーファスが彼女の命懸けの芸を観て驚嘆し、迷わずスカウトしたのだという。母に少しでも楽な生活をさせたかったクリーは入団を決意した。
今、彼女の母は故郷で家を買って暮らしているという。
「ホクは心が綺麗なのに無口だから誤解されやすい。私もホクと同じで、普通の社会では生きられなかったと思う。サーカスはある意味はみ出し者の集まりだよ。皆一つの芸を必死に磨いて稼いでいる。綱渡りしかできないけど、そのお陰でこうして食べていけてる。何か一つ、誰にも負けないものがあればいいんだ。あなたも何か一つを極めればいい、応援してるよ」
クリーの磨き上げられた芸の裏には、私の経験したことのないような苦労と血の滲むような努力があったのだ。それでも自分の才能を活かし生き抜いた彼女に尊敬の念を覚えた。私もそんなふうに、自分の選んだ道を極めたい。
「やるね」とクリーは右手の親指を立てた。
次は地上から30cmくらいのところに張られたスラックラインと呼ばれる細長いベルトのようなもののの上を、両腕を広げて3秒ずつ片足立ちしながらゆっくり前に進んでいく。
最初は2歩くらい進んだところで落ちてしまったけれど、繰り返すうちに4歩進めるようになった。
「サーカスで使うロープの長さはアリーナの直径と同じ14.5Mだよ。まだまだ先は長いよ」
調子に乗って喜んでいたら、クリーに喝を入れられた。途中ホクが練習を見学に来た。彼は言葉こそ発しなかったが、私が上手くできると拍手をくれた。
休憩時間になると、ホクがココナッツウォーターを持ってきてくれた。
「ホクは見た目怖いし無口だけど、根はすごく優しいんだ」と休憩時間にクリーが目を細めた。頭をお団子にして白い花の髪飾りをつけた髪型が彼女によく似合っていた。
「知ってるよ、彼にはお世話になったからね。ところで彼はどこの出身?」
「ハワイの出身だよ」
「なるほど、だからココナッツ!」
ホクは無言で私たちがジュースを飲むのを見ていた。まろやかで爽やかな甘みのその飲み物は、南国の青い空と果てしなく広がる海を思い起こさせた。
「美味しい! ありがとう、ホク!」
お礼を言われたホクは嬉しそうに親指を立てた。
ホクが手を振っていなくなった後、クリーが話し始めた。
「私は捨て子でさ。赤子の時に雑技団で炊事や雑用をしていた女の人に拾われて、団員たちと生活するようになった。綱渡りをしている男の人を見て興味が出て、10歳の時にやり始めた。その雑技団では逆立ちをした人を頭に乗せて綱渡りをしたり、綱の上で椅子を何段にも積んだ上で逆立ちしたり、後ろに子どもをたくさん乗せて自転車で走ったり、難しい技ばかりやらされたよ。上手くやれないと子どもも大人も関係なく鞭で打たれた。コーチがすごく厳しくて、練習の時は鬼みたいなんだ。普段は優しくて色々世話を焼いてくれたし、ピアジェよりは心があったけどね」
「苦労したんだね」
「苦労とも思ってなかったかな、それが普通だったし、私の人生だった。生まれた時からそこにいたから、私は雑技団しか知らなかった。学校にも通ってなかったし、友達といえば雑技団の子どもたちとそこで飼ってた犬くらいのもの」
クリーが雑技団で活躍していた17歳の時、突然団長が病に倒れた。人気が低迷し赤字続きのサーカス団は廃業となり、クリーと母は路頭に迷うかと思われた。
クリーが思いついたのは、綱渡り芸で生計を立てることだった。母は必死に止めたが、クリーの意志は固かった。なぜなら彼女がやらなければ母は身体を売って稼ぎかねなかったからだ。
地上100m、命綱なしの綱渡りを毎日毎日続けた。危険を売り物にした無謀な挑戦を何としてでも見たいと考えるもの好きな人というのはいるもので、食べる物には困らなかった。
ある時たまたま旅行で中国にやってきたルーファスが彼女の命懸けの芸を観て驚嘆し、迷わずスカウトしたのだという。母に少しでも楽な生活をさせたかったクリーは入団を決意した。
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「ホクは心が綺麗なのに無口だから誤解されやすい。私もホクと同じで、普通の社会では生きられなかったと思う。サーカスはある意味はみ出し者の集まりだよ。皆一つの芸を必死に磨いて稼いでいる。綱渡りしかできないけど、そのお陰でこうして食べていけてる。何か一つ、誰にも負けないものがあればいいんだ。あなたも何か一つを極めればいい、応援してるよ」
クリーの磨き上げられた芸の裏には、私の経験したことのないような苦労と血の滲むような努力があったのだ。それでも自分の才能を活かし生き抜いた彼女に尊敬の念を覚えた。私もそんなふうに、自分の選んだ道を極めたい。
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