ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

小さな泥棒②

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 着いた時にはルチアがすでに象のトリュフの身体を洗い、餌と水やりを終えたところだった。トリュフは長い鼻で真っ赤なリンゴを口に運び、しゃりしゃりと噛み砕いた。

 そこにトムがやってきて、「寝坊か、若いの」と揶揄ってきた。両手にバケツが提げられている。

「ごめんなさい……」

 申し訳なくてやるせなくて頭をかくしかなかった。

「おはよう、ネロ。みんなのお世話は今終わったところよ」

 怒る様子もないルチアの様子が、かえって罪悪感を強くする。

「ごめん、ルチア、トム。僕の分までやらせてしまって……」

「いいのよ、事情が事情だからね」

 ルチアは優しく微笑み、「その代わり、明日はあなたに全部のお世話をお願いするわ」と悪戯っぽく言った。

「任せておいて」

「ふふ、冗談よ」

 往診を終えたホタルがやってきて、険しい目を私に向けた。

「遅刻した人は罰金よ」

「ごめんなさい」

「嘘だけど。ちゃんと目覚ましかけときなさい」

「寝坊してしまって……。あと、コリンズに帽子を取られて、それを取り返そうとしていたらこんな時間に……」

 ホタルはふぅとため息をつく。

「朝早く水を取り替えてあげようとしたら逃げ出したのよ、それでアルフレッドが代わりに探してくれてたの。あなたの部屋に行ってたのね。本当に困った子ね」と苦笑いするルチア。

「最初だから許すけど……。また遅刻したら、本当に罰金取るからね」

 ホタルの鋭い視線に胸が痛い。

「はい、気をつけます」

「私も時間ごとに見廻りしているけど、動物の体調ってのは変わりやすいわ。人と同じでストレスに弱い子もいるし、それぞれの体質もある。気候や環境によっても調子が変わることがある。ちゃんと観察して、様子の変化に気づいてあげなければいけない。あなたの代わりはいないと思いなさい」

 ホタルがいなくなったあと、私は項垂れた。

「情けないな」

「誰にだって失敗はあるわ」

 ルチアが励ましてくれたが、気持ちは沈んだままだ。

 自分の仕事の責任の大きさを改めて思い知り、動物の命を扱う仕事にも関わらず遅刻してしまったことを深く後悔して恥じた。

「あなたがいない時は私が代わりに面倒を見ればいい。トムだって他のスタッフだっているしね」

「ありがとう。だけど、君の優しさに甘え続けるわけにはいかないよ。これは僕の仕事でもあるんだから」

「まあまあ、やっちまったもんは仕方ない」

 ぽんぽんとトムが私の肩を叩き、「少し話はズレるが……」と話しだした。

「若い頃アメリカのサーカス団で調教師をしてたとき、ジェレミーという曲芸師がいてな。奴とワシは親友で、いつもつるんで馬鹿をやってた。才能に溢れた面白い奴だったが、酒癖が悪くてな。サーカスの最終公演がロサンゼルスであったんだが、公演が終わった解放感から酒を飲んで自転車で道を暴走し、大型トラックに突っ込んだ。即死じゃったよ」

 言葉を失う私たちに、トムは悲しげに微笑んだ。

「君の失敗なんて可愛いもんじゃ。公演が終わるとついつい解放感で馬鹿をやらかしそうになるけれど、何事にも自制というのは大事じゃ。さもなくばアーティスト生命だけでなく、命そのものを失うことになるからな」

 羽目を外してしまったために亡くなった、将来有望な若者に思いを馳せた。彼はあのサーカスの高揚感と興奮を味わうことは二度となかったのだ。サーカスアーティストにとって、自己管理というのはかなり重要なことなのだ。
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