ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

動物ショー③

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 ゾウのトリュフの曲芸もまた興味深くエキサイティングだった。

 トムが投げたバレーボールを鼻先でトスしたり、最後はトムがトスしたボールを鼻でアタックした。

 かと思えば今度はバスケットボールをリンゴを食べる前のように鼻先で持ち上げてゴールに入れた。

 最後は銀色の大きなちゃぶ台のような台を下に円を描くように5つ並べ、その上にさらに3つピラミッドのように重ねたものの上にゆっくりと上り両前脚を上げて後ろ足だけで立ってみせた。彼らが失敗しないか、台が崩れて怪我をしてしまわないか。見ている時はハラハラしたが、私の心配をよそにトリュフはゆっくりと上げていた両前脚を積み上げられた台の上に下ろすと、巨大な身体を両前脚の力だけで持ち上げ逆立ちをして見せた。

 どっと客席が沸いて、私はまた胸を撫で下ろした。

 トリュフは満足げに鼻を上下させながら、トムと一緒に退場した。

 トリュフと入れ替わりにライオンのショーが始まる。

 トムに引き連れられたライオンのレオポルドは、豊かな筋肉に覆われた身体を揺らし堂々と大きな4本の足で地面を蹴りながらやってきた。会場の視線と歓声、拍手の全てが彼に向いている。先ほどまでの浮き立つような雰囲気が一転し、何か神聖なものを見るような厳粛な空気が漂っている。

 レオポルドがリング中央に佇んだ時、宇宙空間にいるかの如き静寂が訪れた。まるでこの会場にいる誰もが、今この瞬間をーー彼の一挙手一投足を見逃すまいとするかのように固唾を飲んで見守っていた。

 トムが大きなフープに火をつけ、手袋で覆われた手で持って空中にかざす。鋭い二対の目と4本の大きな手脚を持った雄の獅子は、その大きな赤い炎の燃えたぎる輪に向かって怖気付く様子もなく駆け出すと、金色の稲穂のごとき立て髪を揺らして、輪の手前で2本の後ろ脚を折り曲げ弾みをつけてふわりと跳躍した。軽やかに宙に舞ったその身体は炎の輪をいとも簡単にすり抜け地面に着地した。

 間髪を入れず、彼は両側に4段の階段のついた5メートルほどの長さの白い台に駆け上がり、その上に設置された火の輪の中で舞って台の上に降り立った。

 私は彼が褐色の大地と緑が生い茂り、野生の動物がいななき、鳥の羽ばたくサバンナの中を悠然と走る様を思い浮かべることができた。彼の立髪は照明の中で燐光が弾けるほどに美しく、全身の筋肉を躍動させながら駆け抜け、跳躍し、炎を潜るその姿はこれまで見た何者よりも屈強で恐れ知らずで勇敢だった。

 その姿を見ていたら急に胸をギュッと掴まれたみたいになって、泣き出したいような気持ちに襲われた。

 あんな風に強くなれたらーー。

 燃え盛る熱い炎を恐れることなく火の輪に飛び込むライオン。立髪を靡かせ、逞しく闊歩していく姿ーー。その姿に私は身を焦がさんばかりの強い羨望をおぼえていた。同時に自分自身の矮小さを肌で思い知り、羞恥心にも似た後ろめたさに圧し潰されそうだった。

 私は弱かった。臆病で人目を気にしてばかりで、自分の弱さと向き合う強さすら持ち合わせてなかった。

 笑われることや陰口を言われることなんて恐れないで、堂々と生きていけたらいいのに。

 今まで周りに流されて面白くないジョークに笑い、好きでもない相手と付き合い、興味ないものを好きと言ってみたりした。本当は合わせることなんて息苦しいのに、普通の枠からはみ出すことを恐れて、常識や周りの目ばかりに囚われ、小さな箱の中に縮こまっているしかなかった。

 本当は、身も心もすり減らすような男たちとのデートなんてしたくなかった。心から愛する人なんて現れないと、好きでもない相手と打算と惰性で結婚するのだろうと思い込んでいた。

 何もかも忘れて打ち込めるようなことが欲しかった。たとえ誰かに笑われても胸を張れるような、自分にしかできないことを見つけたかった。多くの友達は当たり前のようにそれを見つけられていたのに、私にはなかった。長い間抱えていた心に隙間風の吹くような虚しさは、そのせいだったのだ。

 レオポルドの咆哮が聴こえた。それが歓声だと気づいたのは数秒後のことだった。彼は最後の演技を終え、トムと一緒に轟音の如き拍手と激励を送る観客の波に向き直っていた。
 
 私は目から溢れ落ちた涙を拭うこともせず、アリーナを歩き去るライオンの後ろ姿をただ見つめていた。
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