ライオンガール

たらこ飴

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第1章〜サーカス列車の旅〜

場越しとパレード④

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 今日の開演は午後の13時からだ。

 テントの前にはお昼前から長い行列ができていた。ピアジェに命じられ、私はスタッフの数人と一緒にテントの入り口付近でチケットを切る係をした。売店から綿菓子の甘い香りと、ポップコーンの香ばしい香りが漂ってくる。アイスクリームを舐める小さな子どもやお年寄り、若いカップル、家族連れーー。皆笑顔で通り過ぎてゆく。賑やかな人々の声に包まれる。誰もがこれから始まるショーに胸を膨らませているのだ。時間が近づくにつれ、段々気分が高揚してきた。早く本番を見たかった。仲間たちの絶え間ない努力の成果を。

 仲間たちは舞台裏で、男女別々の控室に分かれて各々着替えやメイクをしている。たまに頼まれて男性メンバーの着替えを手伝ったりしながら皆を和ますようなジョークを飛ばしていたら、白い長テーブルに置かれた鏡に向かっていたジャンが「ネロ、お前クラウンに向いてんじゃねぇか?」といつになく真顔で言った。

「そうかな?」

「あぁ、ずっと思ってたんだ。お前髪の色とか格好がクラウンっぽいし、何よりたまに言うことが面白いし、仕草が見てるだけで可笑しいんだよ」

「僕も思うよ」と同じく鏡と睨めっこしながらファンデーションを塗っていたアルフレッドが同意する。

「君って、表情が豊かで動きがコミカルだもんな。いいんじゃないかな? 君みたいなやんちゃで可愛いクラウンがいても」

「本当? ならやってみてもいいかも」

 幼い頃からクラウンに憧れていた。サーカスで一番何を演じたいかと聞かれたら、迷わずクラウンと答えるくらいには。

 子どもも大人も魅了するクラウン。笑いの中心にいる人気者で、突拍子もない可笑しな表情や動作で会場を沸かせ、綱渡りやジャグリング、アクロバットなどすごい技で観客を魅了してサーカスを盛り上げる。

 このサーカス団にクラウンがいないと聞いたとき、やってみたいという台詞を飲み込んだ。でも、みんなが私にクラウンの適性を見出してくれているのなら、挑戦してみてもいいかもしれない。

 すっかりその気になっていたときに、ミラーが横槍を入れた。

「そんな一夕一朝でできるようなもんじゃねーだろ。今からやるってなったら、すごい量のトレーニングをこなさないとダメだ」

 考えてみて我にかえった。皆子どもの時からキッズサーカスで活躍しているアーティストばかりだ。しかるべきトレーニングによって鍛え抜かれた肉体、豊かな経験と確かな技術ーー。その全てが今の私には無い。専門の学校も出ていない、知識もない私にとって真っ白からのスタートは、苦難の道に違いない。

「そっか……じゃあ僕には……」

 諦めかけたとき、ジャンが強く肩を叩いた。

「やる前から出来ないって決めてどうすんだ? 俺だってサーカス学校入りたてのころは、先輩たちが演技してるの見てあんな大技決めるなんて絶対無理って思ってたけど、今はこの通りだ」

「そうそう、やる気になれば人間何でもできるもんさ。もちろんやる気だけではどうにもならないこともあるけど……きみはまだまだ若い。今からいくらでも取り返せるさ」アルフレッドも励ましてくれた。

 確かにその通りだ。本当に向いているか、できるかどうかはやってみないとわからない。今まで色んなことを極める途中に投げ出してしまった。今回はできる気がする。やってみたい。

 ジャンとアルフレッドの言葉に、もう一度前向きな気持ちが漲ってくるのを感じた。

 ルーファスがやってきて声をかけ、仲間たちは控え室を出てアリーナに向かう。アーチ型のエントランス前でスタッフも団員も丸くなって手を合わせて円陣を組む。ヤスミーナとシンディが私も中に入れてくれた。

 輪の中心にいる団長が杖を掲げ、景気付けとばかりに大きな声で叫ぶ。

「みんな、脚を折れ!」

 ちなみに脚を折れは怪我をするという意味ではなく、「幸運を祈る」「頑張れ」というニュアンスの意味がある。

 団員たちが"YES!"と一斉に声をあげる。底知れぬエネルギーと、張り詰めたような緊張感ーー。

 今サーカスが始まる。
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