ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
27 / 193
第1章〜サーカス列車の旅〜

サーカス列車④

しおりを挟む
「アヴィー、正気か? こんな列車の中にいて、どんな目に遭うか知れたもんじゃないぞ。君を狙うような変な男だって中にはいるかもしれない」

 ケニーが動揺するのも当たり前だ。銃撃戦を逃れて乗った列車がサーカス団の移動に使う列車だったうえライオンに吠えられ、挙句姪っ子が見ず知らずの人間たちとともにロンドンまで行くと宣言したのだから。

「他の人たちには私は男なんだって嘘を突き通す。それなら安全でしょ?」

 もちろん安全のためもあったけれど、すでに私はネロになりきることが楽しくなりつつあった。もちろん私の身体も心も女性なのだけれど、男の人になりきるのは非日常的で新鮮な感覚だった。

「それでも絶対に安全とは言えない。動物の世話だって危険だ、あんなデカい獰猛な動物もいる。それに、君に嫌がらせや乱暴をする奴がいるかもしれない」

 私のことが心配なのもあるだろうが、彼は過去に社会で味わった苦い経験から疑心暗鬼になっているのかもしれなかった。

「動物たちには心を開いてもらえるように頑張るわ。それに、そんな悪い人ばかりではないはずよ。さっきの子もいい子そうだったし。私はどうしてもオーロラに会わなくちゃいけないの。CDを渡すだけじゃなくて、伝えたいことが沢山ある。例えどんなに辛い思いをしたって、この気持ちには代えられないの」

 オーロラの顔が見たい。声が聴きたい。CDを渡して、これまで彼女の存在にどれほど元気づけられ助けられてきたか、そのお礼だけでも伝えたかった。

「マジか……」

 ケニーは参ったというように頭を抱えた。この先の見えない冒険にケニーを巻き込みたくなかった。ただでさえ引きこもりだった彼を私の勝手な目的のために外に出させてしまい、スラムまで同行させたうえ命の危険に晒してしまったのだから。

「ケニー、あなたはサンパウロまで行く前に誰かに頼んで降ろしてもらったらいい。私はロンドンに行く。もう決めたの」

「その様子だと、帰ろうという気はさらさらなさそうだな」

 ケニーから返ってきたのはもう何度目になるか分からない、観念したような苦笑いだった。

「よし分かった、それなら僕も行くよ」

「本当に?」

「ああ、可愛い姪っ子を一人で行かせるわけにはいかないからな」

「だけど、あなたは嫌じゃないの? こんな知らない人ばかりのところに閉じ込められるのが……」

「もちろん、不安がないかと聞かれたらないとは言い切れないけど……。それでもこう思うんだ。今が変わりどきなのかもしれないって」

 ケニーはつぶらな目で、檻で突っ伏して眠そうに目を瞬いているライオンの方を見た。

「僕はこいつが怖い。それと同じくらいに、周りの世界も怖かった。全ての人が敵みたいに思えて、浴びせられる言葉も視線も、全部が怖くて……」

「辛かったわね……」

「まあね。今日何年かぶりに外に出て、汗はダラダラ、心臓が激しく鳴って息は苦しくて倒れるかと思った。スラムで銃撃戦にあったときは、ここで死ぬんだと思ったよ。だけどそれで気づいたんだ。人ってのはそうそう死ぬものじゃない、もしかしたら僕が怖がり過ぎてただけかもしれないって」

 ケニーはにこりと微笑んだ。

「アヴィー、君には会いたい人がいる。それはすごく大事なことだ。誰もみんな君みたいに勇敢になれるわけじゃない。その子に会いにいってやれ、そして伝えたいことを伝えろ」

「ありがとうケニー、あなたは最高の伯父さんだわ!」

 抱きつくと、ケニーは照れたように「おいおい、やめてくれよ」と笑った。

「だけど無理しなくていいわ。もし途中で帰ったって、私はあなたを恨まない」

「無理なんてしてない。ライオンガールとクレイジーおじさんは、運命共同体だ」

 ケニーは拳を握りしめた。

「それに、恨まないとか言いながら、後からガラガラ蛇を持って来られちゃ困るからな」

 私は吹き出した。するとつられたみたいにケニーも笑った。私たちは腹を抱えてしばらく大きな声で笑っていた。命の危険から解放されたためか、それとも非日常的な空間に飛び込んだことへの混乱からか。とにかくわけもなく可笑しくて笑いが止まらなかった。檻の中で突っ伏したライオンが、迷惑そうに私たちを見ていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ
ライト文芸
観光地からそれほど離れていない田舎。 山の麓のその村は、見渡す限り田んぼと畑ばかりの景色。 そんな中に、ひっそりと営業している食堂があります。 おにぎり食堂「そよかぜ」。 店主・桜井ハルと、看板犬ぽんすけ。そこへ辿り着いた人々との物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...