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第1章〜サーカス列車の旅〜
サーカス列車④
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「アヴィー、正気か? こんな列車の中にいて、どんな目に遭うか知れたもんじゃないぞ。君を狙うような変な男だって中にはいるかもしれない」
ケニーが動揺するのも当たり前だ。銃撃戦を逃れて乗った列車がサーカス団の移動に使う列車だったうえライオンに吠えられ、挙句姪っ子が見ず知らずの人間たちとともにロンドンまで行くと宣言したのだから。
「他の人たちには私は男なんだって嘘を突き通す。それなら安全でしょ?」
もちろん安全のためもあったけれど、すでに私はネロになりきることが楽しくなりつつあった。もちろん私の身体も心も女性なのだけれど、男の人になりきるのは非日常的で新鮮な感覚だった。
「それでも絶対に安全とは言えない。動物の世話だって危険だ、あんなデカい獰猛な動物もいる。それに、君に嫌がらせや乱暴をする奴がいるかもしれない」
私のことが心配なのもあるだろうが、彼は過去に社会で味わった苦い経験から疑心暗鬼になっているのかもしれなかった。
「動物たちには心を開いてもらえるように頑張るわ。それに、そんな悪い人ばかりではないはずよ。さっきの子もいい子そうだったし。私はどうしてもオーロラに会わなくちゃいけないの。CDを渡すだけじゃなくて、伝えたいことが沢山ある。例えどんなに辛い思いをしたって、この気持ちには代えられないの」
オーロラの顔が見たい。声が聴きたい。CDを渡して、これまで彼女の存在にどれほど元気づけられ助けられてきたか、そのお礼だけでも伝えたかった。
「マジか……」
ケニーは参ったというように頭を抱えた。この先の見えない冒険にケニーを巻き込みたくなかった。ただでさえ引きこもりだった彼を私の勝手な目的のために外に出させてしまい、スラムまで同行させたうえ命の危険に晒してしまったのだから。
「ケニー、あなたはサンパウロまで行く前に誰かに頼んで降ろしてもらったらいい。私はロンドンに行く。もう決めたの」
「その様子だと、帰ろうという気はさらさらなさそうだな」
ケニーから返ってきたのはもう何度目になるか分からない、観念したような苦笑いだった。
「よし分かった、それなら僕も行くよ」
「本当に?」
「ああ、可愛い姪っ子を一人で行かせるわけにはいかないからな」
「だけど、あなたは嫌じゃないの? こんな知らない人ばかりのところに閉じ込められるのが……」
「もちろん、不安がないかと聞かれたらないとは言い切れないけど……。それでもこう思うんだ。今が変わりどきなのかもしれないって」
ケニーはつぶらな目で、檻で突っ伏して眠そうに目を瞬いているライオンの方を見た。
「僕はこいつが怖い。それと同じくらいに、周りの世界も怖かった。全ての人が敵みたいに思えて、浴びせられる言葉も視線も、全部が怖くて……」
「辛かったわね……」
「まあね。今日何年かぶりに外に出て、汗はダラダラ、心臓が激しく鳴って息は苦しくて倒れるかと思った。スラムで銃撃戦にあったときは、ここで死ぬんだと思ったよ。だけどそれで気づいたんだ。人ってのはそうそう死ぬものじゃない、もしかしたら僕が怖がり過ぎてただけかもしれないって」
ケニーはにこりと微笑んだ。
「アヴィー、君には会いたい人がいる。それはすごく大事なことだ。誰もみんな君みたいに勇敢になれるわけじゃない。その子に会いにいってやれ、そして伝えたいことを伝えろ」
「ありがとうケニー、あなたは最高の伯父さんだわ!」
抱きつくと、ケニーは照れたように「おいおい、やめてくれよ」と笑った。
「だけど無理しなくていいわ。もし途中で帰ったって、私はあなたを恨まない」
「無理なんてしてない。ライオンガールとクレイジーおじさんは、運命共同体だ」
ケニーは拳を握りしめた。
「それに、恨まないとか言いながら、後からガラガラ蛇を持って来られちゃ困るからな」
私は吹き出した。するとつられたみたいにケニーも笑った。私たちは腹を抱えてしばらく大きな声で笑っていた。命の危険から解放されたためか、それとも非日常的な空間に飛び込んだことへの混乱からか。とにかくわけもなく可笑しくて笑いが止まらなかった。檻の中で突っ伏したライオンが、迷惑そうに私たちを見ていた。
ケニーが動揺するのも当たり前だ。銃撃戦を逃れて乗った列車がサーカス団の移動に使う列車だったうえライオンに吠えられ、挙句姪っ子が見ず知らずの人間たちとともにロンドンまで行くと宣言したのだから。
「他の人たちには私は男なんだって嘘を突き通す。それなら安全でしょ?」
もちろん安全のためもあったけれど、すでに私はネロになりきることが楽しくなりつつあった。もちろん私の身体も心も女性なのだけれど、男の人になりきるのは非日常的で新鮮な感覚だった。
「それでも絶対に安全とは言えない。動物の世話だって危険だ、あんなデカい獰猛な動物もいる。それに、君に嫌がらせや乱暴をする奴がいるかもしれない」
私のことが心配なのもあるだろうが、彼は過去に社会で味わった苦い経験から疑心暗鬼になっているのかもしれなかった。
「動物たちには心を開いてもらえるように頑張るわ。それに、そんな悪い人ばかりではないはずよ。さっきの子もいい子そうだったし。私はどうしてもオーロラに会わなくちゃいけないの。CDを渡すだけじゃなくて、伝えたいことが沢山ある。例えどんなに辛い思いをしたって、この気持ちには代えられないの」
オーロラの顔が見たい。声が聴きたい。CDを渡して、これまで彼女の存在にどれほど元気づけられ助けられてきたか、そのお礼だけでも伝えたかった。
「マジか……」
ケニーは参ったというように頭を抱えた。この先の見えない冒険にケニーを巻き込みたくなかった。ただでさえ引きこもりだった彼を私の勝手な目的のために外に出させてしまい、スラムまで同行させたうえ命の危険に晒してしまったのだから。
「ケニー、あなたはサンパウロまで行く前に誰かに頼んで降ろしてもらったらいい。私はロンドンに行く。もう決めたの」
「その様子だと、帰ろうという気はさらさらなさそうだな」
ケニーから返ってきたのはもう何度目になるか分からない、観念したような苦笑いだった。
「よし分かった、それなら僕も行くよ」
「本当に?」
「ああ、可愛い姪っ子を一人で行かせるわけにはいかないからな」
「だけど、あなたは嫌じゃないの? こんな知らない人ばかりのところに閉じ込められるのが……」
「もちろん、不安がないかと聞かれたらないとは言い切れないけど……。それでもこう思うんだ。今が変わりどきなのかもしれないって」
ケニーはつぶらな目で、檻で突っ伏して眠そうに目を瞬いているライオンの方を見た。
「僕はこいつが怖い。それと同じくらいに、周りの世界も怖かった。全ての人が敵みたいに思えて、浴びせられる言葉も視線も、全部が怖くて……」
「辛かったわね……」
「まあね。今日何年かぶりに外に出て、汗はダラダラ、心臓が激しく鳴って息は苦しくて倒れるかと思った。スラムで銃撃戦にあったときは、ここで死ぬんだと思ったよ。だけどそれで気づいたんだ。人ってのはそうそう死ぬものじゃない、もしかしたら僕が怖がり過ぎてただけかもしれないって」
ケニーはにこりと微笑んだ。
「アヴィー、君には会いたい人がいる。それはすごく大事なことだ。誰もみんな君みたいに勇敢になれるわけじゃない。その子に会いにいってやれ、そして伝えたいことを伝えろ」
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「それに、恨まないとか言いながら、後からガラガラ蛇を持って来られちゃ困るからな」
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