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第1章〜サーカス列車の旅〜
サーカス列車③
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「あら、新しいお客さん?」
少女の容貌から先ほどの青年の妹だろうと予想できた。髪と目の色が全く同じだったからだ。高校生くらいだろうか。銀色のウェーブのかかった長い髪で、先ほどの青年と違い穏やかな物腰で、相手を包みこむような深い優しげな瞳をしていた。そして、こんな雰囲気を持つ人を私は確かに知っていた。
「君はさっきの男の子の妹?」
「ええ、そうよ」
笑顔の柔らかい少女だと思った。細められた目の中にある温かく潤んだ緑色の瞳はまるで、水の豊かな草原のようだった。象やしまうまなどの動物たちが草を喰み、時折柔らかな地面に横たわって心地よいまどろみの中を漂うような。
彼女の名前はルチアといった。17歳で、先ほどまでいた兄はミラーとといい、彼らは2つ違いの兄妹らしい。
「ミラーはブランコ乗りなの」
「へぇ! ブランコ乗りっていったら花形じゃないか」
「まあね。他には曲芸師や火吹き男やジャグラーなんかもいるわ。うちのショーを観たら、絶対に虜になる」
オーロラとサーカスを観に行ったとき、すごく興奮して感動したことを思い出した。家に帰って夜ベッドに入ってからも、昼間見た光景が瞼の裏に焼きついて離れなかった。遊園地のあちこちに貼られたロープに並ぶ三角フラッグ、子どもたちに囲まれながら風船を配るクラウン、売店から漂うポップコーンの匂い。火の輪くぐりをするライオンと、空中を飛び交うブランコ乗りたちーー。まるで夢の世界にいるみたいだった。だけど、サーカスを観たのはこの日が最後だった。
「ところでこの列車は、どこに行くんだい?」
「この後ブラジルのサンパウロで公演をして、南米の国の都市をまわってから船でアメリカに向かうわ。私たちは世界中を旅してるの、ロンドンで最終公演なのよ」
ロンドンーー。夢にまで見た響きだった。オーロラの住んでいる場所。オーロラに会いたい。たとえ地球の反対側にいたとしても、もし彼女の顔を一目でも見られるならーーCDを渡して今までの感謝を伝えられるのなら、何を投げ出してもいいと思った。ブエノスアイレスでの鬱屈したつまらない毎日よりも、彼女に会えるかもしれない可能性の方が何千倍も輝いて見える。
「ねぇルチア、僕をロンドンまで連れてってくれない?」
「「ええ?!」」
ルチアとケニーが目を丸くした。突拍子もないアイデアだと分かっていたけれど、ただ前へ前へと進むこの列車のように、私の心はもうすでにはるか彼方にある国に向かっていた。
「どうしても会いたい友達がいるんだ。彼女に渡したいものがあって……」
ルチアは眉根を寄せて困ったようにうーんと唸った。
「基本的にこの列車は、サーカス団の人しか乗れないのよ……」
「お願い、何でもやるよ。動物の世話でも掃除でも、アクロバットでも綱渡りでも何でも……。動物は好きなんだ。扱いにも慣れてる。前に家で猫を飼ってたし……。お母さん方のおばあちゃんの家では牧場を営んでた。ニワトリや馬や牛や山羊や、豚もいる。犬もね」
「そうなの?」
ルチアの顔がぱっと明るくなった。
「うん。だから、動物のちょっとした体調の変化にも気づけると思うよ。治療まではできなくても、世話くらいはできると思うんだ。掃除だって餌やりだって何だってするからさ、この通り!」
両手を合わせて懇願をする私に、ルチアは少しふむ、と考えた後で「パパに聞いてみるわ」と笑顔を見せた。
「パパは厳しいけど、私の言うことなら大体聞いてくれるの。今は酔っ払って部屋で寝てるけど……。明日の朝、聞いてみるわ」
「ありがとう」
ちなみに今までルチアに言ったことはでまかせでも誇張でもなく、全て事実だ。父親の実家はメルボルンにあって祖父母が牧場を営んでいた。幼い頃から長期の休みなどで祖父母の家に泊まりに行くと、動物たちの小屋の掃除や餌やり、牛の乳搾りや馬の身体を洗う手伝いをさせられた。動物たちの出産に立ち会ったこともある。だから他の人よりは動物の扱いに慣れている自信があった。何より私は小さな頃から動物が大好きだった。動物がいない生活が考えられないくらいに。
「あ、そうだ! それと……」
ルチアは何かを思い出したように隣の車両に駆けて行った。
少女の容貌から先ほどの青年の妹だろうと予想できた。髪と目の色が全く同じだったからだ。高校生くらいだろうか。銀色のウェーブのかかった長い髪で、先ほどの青年と違い穏やかな物腰で、相手を包みこむような深い優しげな瞳をしていた。そして、こんな雰囲気を持つ人を私は確かに知っていた。
「君はさっきの男の子の妹?」
「ええ、そうよ」
笑顔の柔らかい少女だと思った。細められた目の中にある温かく潤んだ緑色の瞳はまるで、水の豊かな草原のようだった。象やしまうまなどの動物たちが草を喰み、時折柔らかな地面に横たわって心地よいまどろみの中を漂うような。
彼女の名前はルチアといった。17歳で、先ほどまでいた兄はミラーとといい、彼らは2つ違いの兄妹らしい。
「ミラーはブランコ乗りなの」
「へぇ! ブランコ乗りっていったら花形じゃないか」
「まあね。他には曲芸師や火吹き男やジャグラーなんかもいるわ。うちのショーを観たら、絶対に虜になる」
オーロラとサーカスを観に行ったとき、すごく興奮して感動したことを思い出した。家に帰って夜ベッドに入ってからも、昼間見た光景が瞼の裏に焼きついて離れなかった。遊園地のあちこちに貼られたロープに並ぶ三角フラッグ、子どもたちに囲まれながら風船を配るクラウン、売店から漂うポップコーンの匂い。火の輪くぐりをするライオンと、空中を飛び交うブランコ乗りたちーー。まるで夢の世界にいるみたいだった。だけど、サーカスを観たのはこの日が最後だった。
「ところでこの列車は、どこに行くんだい?」
「この後ブラジルのサンパウロで公演をして、南米の国の都市をまわってから船でアメリカに向かうわ。私たちは世界中を旅してるの、ロンドンで最終公演なのよ」
ロンドンーー。夢にまで見た響きだった。オーロラの住んでいる場所。オーロラに会いたい。たとえ地球の反対側にいたとしても、もし彼女の顔を一目でも見られるならーーCDを渡して今までの感謝を伝えられるのなら、何を投げ出してもいいと思った。ブエノスアイレスでの鬱屈したつまらない毎日よりも、彼女に会えるかもしれない可能性の方が何千倍も輝いて見える。
「ねぇルチア、僕をロンドンまで連れてってくれない?」
「「ええ?!」」
ルチアとケニーが目を丸くした。突拍子もないアイデアだと分かっていたけれど、ただ前へ前へと進むこの列車のように、私の心はもうすでにはるか彼方にある国に向かっていた。
「どうしても会いたい友達がいるんだ。彼女に渡したいものがあって……」
ルチアは眉根を寄せて困ったようにうーんと唸った。
「基本的にこの列車は、サーカス団の人しか乗れないのよ……」
「お願い、何でもやるよ。動物の世話でも掃除でも、アクロバットでも綱渡りでも何でも……。動物は好きなんだ。扱いにも慣れてる。前に家で猫を飼ってたし……。お母さん方のおばあちゃんの家では牧場を営んでた。ニワトリや馬や牛や山羊や、豚もいる。犬もね」
「そうなの?」
ルチアの顔がぱっと明るくなった。
「うん。だから、動物のちょっとした体調の変化にも気づけると思うよ。治療まではできなくても、世話くらいはできると思うんだ。掃除だって餌やりだって何だってするからさ、この通り!」
両手を合わせて懇願をする私に、ルチアは少しふむ、と考えた後で「パパに聞いてみるわ」と笑顔を見せた。
「パパは厳しいけど、私の言うことなら大体聞いてくれるの。今は酔っ払って部屋で寝てるけど……。明日の朝、聞いてみるわ」
「ありがとう」
ちなみに今までルチアに言ったことはでまかせでも誇張でもなく、全て事実だ。父親の実家はメルボルンにあって祖父母が牧場を営んでいた。幼い頃から長期の休みなどで祖父母の家に泊まりに行くと、動物たちの小屋の掃除や餌やり、牛の乳搾りや馬の身体を洗う手伝いをさせられた。動物たちの出産に立ち会ったこともある。だから他の人よりは動物の扱いに慣れている自信があった。何より私は小さな頃から動物が大好きだった。動物がいない生活が考えられないくらいに。
「あ、そうだ! それと……」
ルチアは何かを思い出したように隣の車両に駆けて行った。
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