ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
25 / 193
第1章〜サーカス列車の旅〜

サーカス列車②

しおりを挟む
「誰かいるのか?」

 車両の連結部のドアが開いて、誰かが中に入ってきた。暗闇でシルエットしか見えないが、髪は短く細身だ。手に握られた電灯から放たれる光線に目が眩みそうになる。

「誰だ、お前ら?」

 その声は声の低い女性のもののようにも、声の高い男性のもののようにも聴こえた。入り口ドア横にあるスイッチを押すパチンという音がしたかと思うと、天井の真ん中に吊り下げられてあった豆電球のあかりが灯り、相手の容貌が明らかになった。銀色の髪、切長の緑色の目をした青年ーー。年は私と同じくらいか。色白で整った顔立ちをしている。細身で小柄、中性的な雰囲気であるが、男性であろうことが分かった。彼は私たちの顔をじろじろと眺めると、「ここで何やってるんだ? 泥棒か?」と聞いた。

「おっす! おらネロ!」

 挨拶をした後でハッとした。私、本当は女なんだった。しかも、銃撃戦と列車が動き出したショックで一人称が変わり悟空風の自己紹介をしてしまった。

「そこのおっさんはなんで軍服着てんだ?」

 青年は私の性別について突っ込む様子もなく、床に座り込んでいるケニーに向かって顎をしゃくった。

「初めまして、僕はケニー。ゲーム好きの変なおじさんさ」

 ケニーは腰を抜かしたままの姿勢でひらひらと手を振った。青年の眉間の皺は先ほどより濃くなり、視線の感じからして明らかに不審者を見るそれだった。

「僕はこの頃アルゼンチンに引っ越してきたんだ。趣味は泳ぐこととサッカーをすること。この人は僕の伯父なんだ。良い人だよ、ゲームもすごく上手いし。君もあとで教えてもらうと良いよ」

 今更女性口調になっても驚かれる気がして、少年っぽい口調を保ったまま自己紹介をした。青年の視線は不審者を見るそれからはみ出し者を見るそれに変わった。彼は私を上から下まで値踏みするように眺め、「お前、女みてえだな」と感想を述べた。

「これからはジェンダーレスの時代が来ると思うんだよね。男らしさとか女らしさを語るのは古いっていうか。それよりも自分らしさが大切っていうか」

 混乱状態になると人というのは普段より饒舌になるらしい。案の定青年は怪訝な顔をしている。

「……変な奴」

「ところで、ここには何でライオンがいるんだい? 君のペット?」

 ケニーが青年に問いかけた。

「ペットじゃない、こいつらは芸をするんだ」

「芸をするのか? アシカみたいに?」ケニーが驚く。

「お前らここがどこだか全然分かってないようだけど……。これ、サーカス列車だぞ」

 どうしても事態が飲み込めなくて伯父と顔を見合わせた。サーカス列車なんて見たのは、『地上最大のショウ』という昔のアメリカ映画の中くらいのものだ。その映画に出てきたサーカス列車はいつ終わるとも知れないくらい長くて、団員たちが中で寝泊まりしながら世界中を巡業していたっけ。

「サーカス列車って、今もあるんだ……」

 そういえば10年ほど前、列車巡業をしていたアメリカの有名なサーカス団が興行を終え、団員や動物、その他の機材や道具などの移動と運搬に使っていた列車がオークションに出されたとニュースで言っていたのを思い出した。

「今列車で巡業してるサーカス団なんて滅多にない。大体のサーカス団は専用のキャンピングカーで巡業してる。列車を使って巡業してたアメリカの有名なサーカス団だって廃業した。

 親父は元々イギリス人だった。サーカス学校でアクロバットを学んだけど脚を怪我してパフォーマーになれなかった。代わりに団長になる道を選んだ。

 10年前、学校時代の先生が団長をやってたアメリカの大きなサーカス団が廃業になるってんで、そこで使ってた電車を譲り受けて修理して移動に使うことにした。親父の……団長のこだわりなんだよ。少しでもコストを下げて、効率よく移動して公演するために……」

「君のお父さんは団長さんなの? そりゃあすごいや」

「別にすごくなんかねぇよ。親父はーー」

 青年は何かを言おうとしたあと、言葉を飲み込んで小さく首を振った。

「よそ者のお前らには関係のないことだ」

 その後青年は「次の駅で止まったら、さっさと降りて帰れ」と言い残して去り、入れ違いで同じ髪色の少女がドアから入ってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直し少女は幸せを目指す

香山
恋愛
散々な人生だった。両親の離婚、ネグレクト、虐め、ストーカー。そして最後は、背後から刺されて十九才という若さで死んだ……はずだった。 気がつけば三才児に戻っていた詩織。なぜかはわからないが、時間が巻き戻っている。それならばと、今度は幸せな人生を歩むために奮闘する。 前の人生とは少し違っていたり、前の人生では知らなかったことを知ってしまったり……。詩織は幸せを掴むことができるのか……?!

大嫌いなキミに愛をささやく日

またり鈴春
児童書・童話
私には大嫌いな人がいる。 その人から、まさか告白されるなんて…! 「大嫌い・来ないで・触らないで」 どんなにヒドイ事を言っても諦めない、それが私の大嫌いな人。そう思っていたのに… 気づけば私たちは互いを必要とし、支え合っていた。 そして、初めての恋もたくさんの愛も、全部ぜんぶ――キミが教えてくれたんだ。 \初めての恋とたくさんの愛を知るピュアラブ物語/

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

Aegis~裏切りに報いる影の正義

中岡 始
現代文学
優子は結婚を夢見て信じた男性・大谷信之に裏切られ、貯蓄をすべて失うという冷酷な現実に直面する。通常の法的手段ではどうにもならない絶望の中、手を差し伸べたのは「リーガルアシスタンスネットワーク(LAN)」だった。被害者のために特別な「代替支援」を行うというLANの提案に、優子は一筋の光を見出す。 だが、その裏で動いていたのはLANとは異なる、影の組織Aegis(イージス)。Aegisは法を超えた手段で被害者のために「逆詐欺」を仕掛けるプロたちの集団だ。優子の加害者である大谷から金銭を取り戻し、彼に相応の報いを与えるため、Aegisのメンバーが次々と動き出す。怜は純粋で結婚を夢見る女性として大谷に接近し、甘く緻密に仕組まれた罠を張り巡らせていく。そして、情報の達人・忍がその裏を支え、巧妙な逆転劇の準備を整えていく。 果たしてAegisの手によって、大谷はどのような制裁を受けるのか? そして優子が手にするのは、失った以上の希望と新たな始まりなのか? 裏切りと復讐が交錯する、緊張の物語が今、動き出す。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

詩集 光闇(モノクロ)

平倉義忠
現代文学
生きるなかで感じる光と闇の詩集。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いていく詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

LOSTTIME~妖眼を持つ少年

夏目碧央
現代文学
高校生の潤也は、いつも前髪で目を隠していた。けれど、ある日前髪をバッサリ切り、目を出した。彼の目は大きくて鋭くて美しい。スクールカーストがひっくり返り、学校の人気者と仲良しになる。しかし、彼の目は呪われているのか、3年前と同じ悲劇が起こる・・・。

処理中です...