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第1章〜サーカス列車の旅〜
救いの手②
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その日の夜、ベッドの中である一つの思い出を思い出していた。小学5年の時にオーロラのお母さんとオーロラ、そして私の三人で遊園地にサーカスを観に行った時の思い出だった。
三角フラッグが張り巡らされたアーチ型の入り口を潜った先にある赤と白の縞模様の三角テントの先端には、イギリスの国旗がはためいていた。入り口の前には長い順番待ちの列ができていて、売店のワゴンからは綿菓子の甘い香りが漂っていた。
私たちはポップコーンの入った箱を片手に空中ブランコのショーに歓声を上げ、ゾウの見せる芸に驚嘆し、虎の入った檻の真上で綱渡りをするクラウンを見てはらはらした。オーロラは綱渡りを見ている間中、自分の目を両手で覆っていた。
サーカスが終わってテントから出た後に、オーロラは言った。
「サーカスって楽しいけど、空中ブランコや綱渡りをしている人を見るのは怖いわ。いつ失敗して落ちるかと思うと、心配で怖くて気が気じゃないの。今日もクラウンの人が虎に食べられてしまうんじゃないかって怖くて……」
「落ちないように訓練してるのよ。それに大体は、落ちてもいいように下に網があるもの」
「もしその網が破れたらどうするの?」
「破れないようにできてるのよ、きっと」
「ブランコの人が失敗して、弾みをつけた瞬間に真後ろに飛ばされて壁にぶつかるかもしれないわ」
「そんなことあるわけないでしょ」と私は思わず吹き出したが、オーロラの顔は真剣そのものだった。
「100%ないなんてありえないわ」
どんなに安心させようとしてもオーロラは、「高いところでやる芸は、もう見たくないわ」と言うばかりだった。
「そう? 綱渡りやジャグリングって楽しそうじゃない? 私、クラウンにならなってもいいかも」
子どもながらの無邪気さで能天気なことを言った私に向かって、オーロラはとんでもないというように目を丸くした。
「アヴリル、本気で言ってるの? 絶対にダメよ、危険だから!! あなたがそんな危ないことをしてるのを、私はとても見てられない!!」
「私は落っこちて死んだりなんかしないわ。もしも死んだら、幽霊になって毎晩あなたに会いに行く。そして枕元で囁くの、『オーロラ、オレンジピールのマフィンをよこせ。ついでにチョコチップスコーンもよこせ』って」
オーロラは吹き出した。釣られて私も笑った。私たちはいつもこうして馬鹿馬鹿しい話をして笑っていた。
テントの外の売店でアイスキャンディーを買い、入り口の外にいたクラウンにもらった麒麟の形の黄色い風船を持って遊園地を歩いた。途中オーロラがアイスを落としてしまって、私のを分けてあげた。
そのあとオーロラのお母さんに見守られながら、二人でジェットコースターや観覧車に乗った。私は観覧車からシドニーの街を見下ろしながら、どうかこの楽しい時間が終わらないようにと願った。オーロラとこうしてずっと遊んでいたかった。できることなら、もう一度時間を戻してサーカスを観るところから始めたかった。すでに日は沈みかけていた。向こうの山にかかるオレンジ色の夕焼けを見ながら、寂しい気持ちになった。観覧車から降りたら魔法が解けてしまうような気がして。
「また来ましょう」
観覧車が下に着いた時、気持ちを見透かしたみたいにオーロラが声をかけてくれた。
「そうだね、また来ようね。約束!」
私たちは指切りをした。
オーロラと過ごした日々をこうして懐かしく思い出す日が来るなんて、あの時は思ってもみなかった。過去の思い出は楽しくて幸せなほど、苦しみと切なさを伴う。もう二度と帰って来ない時間だと知っているから。
ブエノスアイレスに来てからというもの、以前にも増してありとあらゆる物事をオーロラとの思い出と結びつけて考えるようになった。それほどまでに、シドニーでの彼女との日々は喜びと笑いに満ちていて、彼女とよくカラオケに行った帰りに飲んだチョコレートバーのミルクチョコフラペチーノの味並みに濃かった。
『ハリー・ポッター』の映画の中でハーマイオニーがマクゴナガル先生から時間を巻き戻す時計をもらったけれど、もしあの時計が手に入ったら、もう一度あの時に戻りたいとお願いするだろう。
三角フラッグが張り巡らされたアーチ型の入り口を潜った先にある赤と白の縞模様の三角テントの先端には、イギリスの国旗がはためいていた。入り口の前には長い順番待ちの列ができていて、売店のワゴンからは綿菓子の甘い香りが漂っていた。
私たちはポップコーンの入った箱を片手に空中ブランコのショーに歓声を上げ、ゾウの見せる芸に驚嘆し、虎の入った檻の真上で綱渡りをするクラウンを見てはらはらした。オーロラは綱渡りを見ている間中、自分の目を両手で覆っていた。
サーカスが終わってテントから出た後に、オーロラは言った。
「サーカスって楽しいけど、空中ブランコや綱渡りをしている人を見るのは怖いわ。いつ失敗して落ちるかと思うと、心配で怖くて気が気じゃないの。今日もクラウンの人が虎に食べられてしまうんじゃないかって怖くて……」
「落ちないように訓練してるのよ。それに大体は、落ちてもいいように下に網があるもの」
「もしその網が破れたらどうするの?」
「破れないようにできてるのよ、きっと」
「ブランコの人が失敗して、弾みをつけた瞬間に真後ろに飛ばされて壁にぶつかるかもしれないわ」
「そんなことあるわけないでしょ」と私は思わず吹き出したが、オーロラの顔は真剣そのものだった。
「100%ないなんてありえないわ」
どんなに安心させようとしてもオーロラは、「高いところでやる芸は、もう見たくないわ」と言うばかりだった。
「そう? 綱渡りやジャグリングって楽しそうじゃない? 私、クラウンにならなってもいいかも」
子どもながらの無邪気さで能天気なことを言った私に向かって、オーロラはとんでもないというように目を丸くした。
「アヴリル、本気で言ってるの? 絶対にダメよ、危険だから!! あなたがそんな危ないことをしてるのを、私はとても見てられない!!」
「私は落っこちて死んだりなんかしないわ。もしも死んだら、幽霊になって毎晩あなたに会いに行く。そして枕元で囁くの、『オーロラ、オレンジピールのマフィンをよこせ。ついでにチョコチップスコーンもよこせ』って」
オーロラは吹き出した。釣られて私も笑った。私たちはいつもこうして馬鹿馬鹿しい話をして笑っていた。
テントの外の売店でアイスキャンディーを買い、入り口の外にいたクラウンにもらった麒麟の形の黄色い風船を持って遊園地を歩いた。途中オーロラがアイスを落としてしまって、私のを分けてあげた。
そのあとオーロラのお母さんに見守られながら、二人でジェットコースターや観覧車に乗った。私は観覧車からシドニーの街を見下ろしながら、どうかこの楽しい時間が終わらないようにと願った。オーロラとこうしてずっと遊んでいたかった。できることなら、もう一度時間を戻してサーカスを観るところから始めたかった。すでに日は沈みかけていた。向こうの山にかかるオレンジ色の夕焼けを見ながら、寂しい気持ちになった。観覧車から降りたら魔法が解けてしまうような気がして。
「また来ましょう」
観覧車が下に着いた時、気持ちを見透かしたみたいにオーロラが声をかけてくれた。
「そうだね、また来ようね。約束!」
私たちは指切りをした。
オーロラと過ごした日々をこうして懐かしく思い出す日が来るなんて、あの時は思ってもみなかった。過去の思い出は楽しくて幸せなほど、苦しみと切なさを伴う。もう二度と帰って来ない時間だと知っているから。
ブエノスアイレスに来てからというもの、以前にも増してありとあらゆる物事をオーロラとの思い出と結びつけて考えるようになった。それほどまでに、シドニーでの彼女との日々は喜びと笑いに満ちていて、彼女とよくカラオケに行った帰りに飲んだチョコレートバーのミルクチョコフラペチーノの味並みに濃かった。
『ハリー・ポッター』の映画の中でハーマイオニーがマクゴナガル先生から時間を巻き戻す時計をもらったけれど、もしあの時計が手に入ったら、もう一度あの時に戻りたいとお願いするだろう。
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