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第2章〜クラウンへの道〜
第34話 悪夢の再来
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エクアドルではグアヤキルとキトの2都市でのショーになる。
グアヤキルでの公演の朝、ジェロニモはガチガチに緊張していた。パレードの間も心ここに在らずで、声をかけても虚ろな返事が返ってくるばかりだった。
路肩に並ぶ人たちの笑顔と明るい声に見送られ歩きながら、ジェロニモに声をかけたのはケニーだった。ぎっくり腰になったばかりでまだ歩くのは辛そうなので、ルーファスの提案でかぼちゃの馬車に乗せてもらっていたが、すぐ後ろを歩いてくるジェロニモの様子を見ていて気がかりだったんだろう。ケニーは窓から顔を出してジェロニモに声をかけた。
「ジェロニモ君、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。僕なんて10年以上引きこもりをやって、外に出るときは緊張と恐怖で身体がガクガク震えて冷や汗が出たけど、一度覚悟を決めたら案外やれるもんだった。まぁスラムでは銃撃戦にあったし、ここでは誰かさんにこっ酷く口撃を受けてるけどさ。きっと君ならやれる。肩の力を抜いて、自分らしく演じればいいよ」
「いいこと言うね、ケニー」と褒めたら、ケニーは照れ笑いをした。
「ありがとう、おじさん。おじさんも苦労したんだな。自信なかったけど、何だかやれそうな気がしてきたよ」
ジェロニモは微笑んだ。
ジェロニモのジャグラーデビューは順調だった。ボールを高速で5つ回し、ディアボロも全ての技が成功した。クラブジャグリングではヤスミーナとペアで、4本のクラブを互いにパスし合う高速のクラブパッシングを披露した。
私はその日万が一のために白塗りのクラウンメイクだけして、エントランスの奥のオフ・ステージから演技を見守っていた。
終盤に観客を1人指名して、クラブパッシングしている間を潜るという余興をやることになった。ジェロニモが緊張気味に指名した下から4段目の席にいた黒いライダースジャケットにジーンズ姿の女性がリングにやったきたのを見てギョッとした。黒いアイシャドウに覆われた鋭い目、剃り込みの入れられた髪で分かった。彼女はディアナだったのだ。旅行にでも来ていたんだろうか?
彼女にされたこと、私を見て笑ったときのゾッとするような表情が思い浮かんで眩暈がした。
「アヴィー、大丈夫かい?」
一緒にエントランスで観劇していたケニーが尋ねた。
「彼女、ディアナだわ……」
「マジか……あの子が?」
ケニーはもう一度リングに立つ女をまじまじと見つめ、「確かに気が強そうな子だ」と納得したように頷いた。
あの鳩尾の痛みが蘇ってきた。彼女は私がここにいることなど気づいてすらいないだろう。
予期せず衆目に晒されたディアナはリングの上ではにかんでいたが、どう見ても猫被りだ。おそらく彼女は注目されることが好きなはずだから、今この状況下で最高潮の快感に愉悦しているに違いない。考えるだけで気分が悪い。
ヤスミーナがディアナに何かフレンドリーに声をかけ、やがてジェロニモと1メートルほど間隔を空けて向かい合わせに立った。クラブが2人の間を高速で飛び交う。この中をくぐるなんてどう考えても不可能に思える。心の奥の私は願っていた。不可能であってほしい。どうか彼女が4000の観客の目に晒され、赤恥をかいてはくれまいか。彼女が無事ノルマを達成し、温かい拍手に見送られながら笑顔でリングを後にすることなんて考えたくない。
ディアナが一歩を踏み出す。長縄跳びをするときのようにタイミングを計り、交差するクラブの中へと飛び込んだ。
「ああ、タイミングが……」
ケニーが薄い髪を撫で付けた。嫌な予感がした。
数秒後鈍い音がして、リングにクラブが落ちる音と一緒にパフォーマンスが中断した。視線の先には頬を押さえ俯くディアナの姿があった。
観客たちの不安げなざわめきと緊張、ジェロニモの緊張と焦りが伝わってくる。
ーーまずい。
そう思う間もなくヤスミーナが青ざめた顔で駆け寄った。ジェロニモは呆然と立ったままだ。
グアヤキルでの公演の朝、ジェロニモはガチガチに緊張していた。パレードの間も心ここに在らずで、声をかけても虚ろな返事が返ってくるばかりだった。
路肩に並ぶ人たちの笑顔と明るい声に見送られ歩きながら、ジェロニモに声をかけたのはケニーだった。ぎっくり腰になったばかりでまだ歩くのは辛そうなので、ルーファスの提案でかぼちゃの馬車に乗せてもらっていたが、すぐ後ろを歩いてくるジェロニモの様子を見ていて気がかりだったんだろう。ケニーは窓から顔を出してジェロニモに声をかけた。
「ジェロニモ君、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。僕なんて10年以上引きこもりをやって、外に出るときは緊張と恐怖で身体がガクガク震えて冷や汗が出たけど、一度覚悟を決めたら案外やれるもんだった。まぁスラムでは銃撃戦にあったし、ここでは誰かさんにこっ酷く口撃を受けてるけどさ。きっと君ならやれる。肩の力を抜いて、自分らしく演じればいいよ」
「いいこと言うね、ケニー」と褒めたら、ケニーは照れ笑いをした。
「ありがとう、おじさん。おじさんも苦労したんだな。自信なかったけど、何だかやれそうな気がしてきたよ」
ジェロニモは微笑んだ。
ジェロニモのジャグラーデビューは順調だった。ボールを高速で5つ回し、ディアボロも全ての技が成功した。クラブジャグリングではヤスミーナとペアで、4本のクラブを互いにパスし合う高速のクラブパッシングを披露した。
私はその日万が一のために白塗りのクラウンメイクだけして、エントランスの奥のオフ・ステージから演技を見守っていた。
終盤に観客を1人指名して、クラブパッシングしている間を潜るという余興をやることになった。ジェロニモが緊張気味に指名した下から4段目の席にいた黒いライダースジャケットにジーンズ姿の女性がリングにやったきたのを見てギョッとした。黒いアイシャドウに覆われた鋭い目、剃り込みの入れられた髪で分かった。彼女はディアナだったのだ。旅行にでも来ていたんだろうか?
彼女にされたこと、私を見て笑ったときのゾッとするような表情が思い浮かんで眩暈がした。
「アヴィー、大丈夫かい?」
一緒にエントランスで観劇していたケニーが尋ねた。
「彼女、ディアナだわ……」
「マジか……あの子が?」
ケニーはもう一度リングに立つ女をまじまじと見つめ、「確かに気が強そうな子だ」と納得したように頷いた。
あの鳩尾の痛みが蘇ってきた。彼女は私がここにいることなど気づいてすらいないだろう。
予期せず衆目に晒されたディアナはリングの上ではにかんでいたが、どう見ても猫被りだ。おそらく彼女は注目されることが好きなはずだから、今この状況下で最高潮の快感に愉悦しているに違いない。考えるだけで気分が悪い。
ヤスミーナがディアナに何かフレンドリーに声をかけ、やがてジェロニモと1メートルほど間隔を空けて向かい合わせに立った。クラブが2人の間を高速で飛び交う。この中をくぐるなんてどう考えても不可能に思える。心の奥の私は願っていた。不可能であってほしい。どうか彼女が4000の観客の目に晒され、赤恥をかいてはくれまいか。彼女が無事ノルマを達成し、温かい拍手に見送られながら笑顔でリングを後にすることなんて考えたくない。
ディアナが一歩を踏み出す。長縄跳びをするときのようにタイミングを計り、交差するクラブの中へと飛び込んだ。
「ああ、タイミングが……」
ケニーが薄い髪を撫で付けた。嫌な予感がした。
数秒後鈍い音がして、リングにクラブが落ちる音と一緒にパフォーマンスが中断した。視線の先には頬を押さえ俯くディアナの姿があった。
観客たちの不安げなざわめきと緊張、ジェロニモの緊張と焦りが伝わってくる。
ーーまずい。
そう思う間もなくヤスミーナが青ざめた顔で駆け寄った。ジェロニモは呆然と立ったままだ。
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