ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
86 / 193
第2章〜クラウンへの道〜

第30話 クラウンへの道

しおりを挟む
 翌日から本格的に特訓が開始された。

 ストレッチの前の準備運動に少し面白い動きを加えたくなって、前にホタルから教えてもらったラジオ体操をやることにした。私がやっていたらジャンやシンディも一緒にやり出した。3分ちょっとの軽体操だが、身体がほどよく解れて温まった。ジャンも「いいなコレ! いつものメニューに加えようぜ!」と気に入ったみたいだ。

 今日もスカーフからのボールジャグリングの練習をした。何度も失敗したけれど、最後には3つのボールで基本技のカスケードができるようになった。

「ボールが沢山あるに越したことはないけど、3個でも十分面白くできるわ」

 ヤスミーナは4個にチャレンジしようとした私に言った。

 確かにヤスミーナが3つのボールを扱いながら背面でキャッチしたり脚を通したり、落としたボールを足で蹴り上げてキャッチしているのを観ると面白かった。

「ボールのジャグリングを覚えれば、クラブや帽子でもできるようになるわ」

 まだまだ下手くそだけど、上達するまで繰り返し練習しようと思った。

 ジャグリングの次はクラウニングの練習だ。
 
 ルーファス曰くクラウニングというのは、この間エクササイズで取り組んだスラッピング(ビンタ)みたいに、一見暴力的で危険な行為だったとしても、観ている人に対して面白おかしく見せる上で、大袈裟な表現を一定の緊張感を含みつつ安全に行えるように編み出された理論なのだという。

「この間やったスラッピングがいい例だ。街で誰かが殴り合ってたらめちゃくちゃびっくりする。怪我をするしもちろん笑えない。でも、そんな暴力シーンを怪我をしないように演じ、かつ観ている側が笑えるようにする。それがクラウニングだ」

 クラウニングという言葉は広義に及び、動きそのものだけでなく概念でもあり、クラウン的考え方を表す場合もあるという。

「非日常を重ねて大きくすることがコメディだとしたら、その非日常にキャラクターのセオリーを加えたものがクラウニングだ」

 ちんぷんかんぷんだが、とりあえずクラウニングにはクラウンになる上で勉強しなければいけないことが沢山詰まっているんだということは分かった。

「クラウンに一番大切な要素は2つある。それは一体何だと思う? 1分以内に答えよ」

「う~ん……」

 腕組みをして首を捻って考えてみても、「面白い」以外に浮かばない。あまりに普通の解答すぎてこの場合当てはまらなそうだけれど、当てずっぽうで答えてみた。

「面白いこと?」

 ルーファスは「ブー」とオナラのような音を口から出した。

「1つ目はコミュニケーション能力だ。クラウンは言葉があろうとなかろうと、観客と常にコミュニケーションをとり続けていないといけない。状況を見て観客の表情や反応を読み取り、自分の表現したいことを分かりやすく伝える。自分が何をしたいのか、何を考えているのか、今何をしたのか、次にどんな動きをするのか……」

「一方通行のギャグばかりやるわけじゃないってこと?」

「そうだ。それなら面白きゃいいが、クラウンをクラウンたらしめるのは観客だ。観客の存在があって初めてクラウンの存在意義が生まれる。だから観客と心を通じ合わせることはとても重要なことなんだ」

 もし地球上の人類が滅亡して私だけ生き残ったら、私はクラウンではいられなくなるんだろうか。なんて考えていたらルーファスが講義を再開した。

「もう一つクラウンに大事なのは演技力だ。クラウンは至極ポジティブなエネルギーを外に向かって発信する存在だ。そのためには生きたクラウンを演じなけれなならない。無気力で機械的で屍のようなクラウンなど何の魅力もないからな。

 クラウンは自分の全身の動きや表情、ときには言葉を使って観客に自分の表現していることを理解させる必要がある。それも、わざとらしすぎてはダメだ。だが日常でやっている動作よりは大きく分かりやすく表現する。映画を観ていて下手くそな俳優は演技でやってると分かってしまい、萎える。演技に入り込めなくなるだろ?」

「うん、そうだね」

「戯ける時も転ぶ時も失敗する時も、ワザとやっていると分からないくらい自然に演技をすること。これはかなり難しいことだ」

「じゃあ、俳優並みの演技力がなきゃできないってことか……」

 演劇をやったのなんて、小6の時にミュージカルをやったくらいだ。確か、墜落した宇宙船から出てきた宇宙人の子どもと人間の子どもたちの友情を描いた作品だった。当時私は宇宙人の子どもを捕まえるためにやってくる宇宙船の隊長役がやりたかった。台詞が少ない上に踊りもあるという役柄だったが、その役が一番笑いを取れると分かっていたからだ。

 私は背も低いし全く隊長らしい威厳なんてなかった。私と一緒に立候補したジョエルはいじめっ子だったが、体格が良くて背も高く、顔立ちもシャープだったから隊長のイメージにピッタリだった。ジョエルと仲の良い男子や私をよく知らない女子たちには「ジョエルの方がいいよ、お前はイメージに合わないから駄目だ」と言われた。そのときの私に何を言われてもオーディションに挑もうという負けん気なんてものが存在するはずもなく、辞退するとオーロラの前でこぼした。そしたらオーロラはこう言った。

「もし私が宇宙船の隊員で、ジョエルが隊長なら悪夢みたい。あんないじめっ子が皆を束ねるなんて。リーダーはあなたのような人であるべきよ。あなたは皆のことをよく見ているし、思いやりもあって面白い。最高のリーダーだわ」

 その台詞に背中を押された私は、オーディション本番で半分以上台詞を忘れて士気を失い途中退場したジョエルをよそに合格。晴れて隊長に就任することができたのである。本番は緊張したけれどすごく楽しかった。「カッコよかったよ」とクラスメイトや親たちから褒められ得意になった。

「演技力は元々備わっている才能もあるが、よほど救いようのない大根役者でもなければ、ある程度トレーニングをこなすことで培うこともできる。まず最初のステップとして押さえておきたいのは、アイコンタクトだ。お前は人と目を合わせて話せるか?」

「うん。ケニーは人と目を合わすのが怖いみたいだけど……」

「コミュニケーションに苦手意識を持っている人は、人とのアイコンタクトを避ける傾向がある。俯いたり目を泳がせたり、携帯を見るふりをしたりな」

「ああ、確かに!」

 ケニーは私といるときは自然に目を見られるのに、他の人と話す時は目をキョロキョロさせて挙動不審になる。とりわけシンディを前にするとそうだ。

「アイコンタクトはコミュニケーションを活性化させる。観客と心を通わせてショーに引き込む効果があるためだけじゃなく、パートナーとの意思疎通にも使える。パートナーが何をしようとしているか、動きや表情で判断するにはまず相手をしっかり見て理解しなければならない。相手の意図を読み違えると、特に危険を伴うパフォーマンスでは悲惨なことになるからな」

 早速ゲームをしようとルーファスは言った。
しおりを挟む

処理中です...