ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

第29話 仲間

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 頭痛と吐き気によって覚醒させられた。昨日調子に乗って飲み過ぎたのだ。

 普段疲れて夢を見ても忘れてしまうのに、彼女の夢だけはなぜか色も輪郭も鮮明だ。そういえば、あの猫は結局私の家に引き取られたんだっけ。あとでツリーからデイジーに改名されたけれど。

 ブエノス・アイレスにデイジーを連れて行かなかったのは、父が「頼むからデイジーだけは連れて行かないでくれ」と母に泣きついたからと、彼女の年齢とストレス耐性を考慮したという理由からだった。

 デイジーは元気だろうか。病気一つしない元気な子だけれど、13歳と高齢だから健康面は常に心配だ。

 夢の余韻に浸りながら重い身体を起き上がらせる。

 本当は少しでも長く寝ていたいが、今すぐに身体を動かさないとせっかく教えてもらったことを忘れてしまいそうだ。流しの冷水で顔だけ洗い、動物の世話に向かう。

 そこでトラブルは起きた。コリンズの檻を掃除していたとき檻の外にリードで繋いでいたのだが、リードを巧みに外されて逃げられてしまったのだ。そのタイミングがルチアが隣の車両に続くドアを開けた直後で、隣の隣の車両のドアも開いていたために、コリンズがレオポルドの檻のある場所に侵入してしまった。

「コリンズ、駄目だ! 戻れ!」

 ルチアと一緒にレオポルドの檻にダッシュで向かう。コリンズはライオンを恐れる様子もなく、それどころか檻にぶら下がり鉄格子の隙間に長い腕を突っ込んで揶揄っている。

「キキキキッ」

 猿に小馬鹿にされたライオンは怒りの咆哮を上げ、大きな口を開けてコリンズの腕に噛みつこうとした。

「危ない!!」
 
 すんでのところで腕を引っ込めたコリンズを抱いて檻から引っぺがしルチアに渡した。おちょくられた獅子はなお苛立たしげに鉄格子の中を歩き回りながら、激しい咆哮をあげ続けている。

「ごめんよ、レオポルド。彼の代わりに謝るよ。君が怒るのも無理はない、あんな風に揶揄われたら誰でも頭に来るよ」

 宥めているところにホタルがやってきて、コリンズの脱走に気をつけるようにと厳しく嗜められた。

「前にもあったのよ。下手したら腕を齧られるわ。コリンズがレオポルドの檻に手を入れられないように、何か策を講じるべきね」

 ホタルは神妙に腕組みをした。

「ごめんなさい……気をつけます」

 コリンズを檻に戻したルチアは大きく息を吐いた。

「いつもレオポルドを揶揄うのよ、怪我しなくてよかったけど……本当に困った子だわ」

 今回は私にも非があった。もっとコリンズのリードを強く縛るべきだったし、掃除にばかり気を取られずちゃんと見ておくべきだった。

「ごめんよ、ルチア。僕がちゃんとしてれば……」

 ルチアは首を振った。

「あなただけの責任じゃない、私もよく見てなかったから悪かったわ」

 彼女はコリンズに語りかけた。

「コリンズ、もうレオポルドを揶揄ったら駄目よ。怪我をするかもしれないし、最悪死んでしまうかも。あなたを失うのは嫌、お願いだからもうあんな悪戯はやめて」

 コリンズは頭をかいて反省しているみたいだが、またいつ同じ悪戯をしでかすか分かったもんじゃない。私も安全のために良い方法を考えないといけない。

「コリンズは寂しがりやで、誰かに構って欲しいのよ。遊んでほしくて、いつも逃げ出したり悪戯をする」

 そういえば私も幼い頃、母に構われたくて台所にあるみかんや卵に油性マジックで顔を描いたり、トイレットペーパーを身体に巻きつけミイラのふりをして脅かすという悪戯をしていたらしい。

「僕も子どもの頃そうだったみたい。母さんが仕事で忙しくて、構って欲しかったんだろうな」

「私もできる限り遊んであげたり一緒にいてあげてるんだけど、彼にとっては足りないのかも」

 ルチアが思い詰めていたところにトムがやってきて、コリンズの檻を開けギューっと抱きしめわしゃわしゃと頭を撫でてやった。ついには「愛してるぞ~、コリンズ」と言いながら激しく頬擦りをして始めた。脱走犯のコリンズはたちまち大人しくなりトムに身を任せている。

「動物にはなるべく、愛情を言葉と行動で伝えるようにしとる。訓練では動きで何をするか伝えなきゃいけんから難しいが、愛情が相手にあるのが分かれば自ずと信頼関係が生まれる」

 人間同士にも同じことが言えるのではないか。愛情を言葉で伝えるのは照れくさかったりするけれど、伝えないと分からないし伝えられれば素直に幸せな気持ちになる。デイジーにもっと大好きだよと伝えていればよかった。両親にも、祖母にも。母ともっと本音で話せていたらーー。

 オーロラに愛してると伝えたみたいに、また会えたら大切な人たちにちゃんと自分の思いを伝えたい。
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