ライオンガール

たらこ飴

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第2章〜クラウンへの道〜

第28話 誕生日

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 ブラジルのマナウスでの公演が終わって2日間の休みに入ったので、シンディとジュリエッタに遊びに行こうと提案された。その日は私の24歳の誕生日だったが誰にも話していなかった。少し寂しいけれど街のスーパーで安いショートケーキでも買い自分で自分を祝おうと思った。

 シンディが行くならケニーを誘おうと探したが、どこにもいない。男子トイレの前は行列だ。もしかしてと行列の最後尾のトムに伯父の所在を尋ねたら、個室の方を指差し腹をさするジェスチャーをした。

「ピーピーみたいじゃ、ワシも限界なんじゃがな」

 トムはやがて開き直ったように「決めた! 私、今日だけ女になるわ! トミー・フェブラリーと呼んでちょうだい。トイレちゃん、待っててね~!」と気色悪い声を出して女性車両の方に駆けていった。

 やがて個室から青い顔のケニーが腹を抑えながら出てきた。入れ替わりでジャンが「ヤバい、もう顔を出してる!」とお尻を押さえて個室に飛び込んた。男子トイレは戦場だ。

「大丈夫? ケニー」

「朝からずっとなんだ、薬も効かないし……参ったよ」

 ケニーはため息をついた。

 試しに動物車で馬たちの診察をしていたホタルに相談したら、「私は動物専門だからね……」と首を傾げたものの、「そうだ」とポケットから青い謎の箱を出してケニーに渡した。『青玉はら薬』と表に書いてある。

「コレ飲んどきゃ治るわ」

「ありがとう、ホタル」

 そこに爽やかな空気に包まれたトムがスキップで戻ってきた。元気なおじいさんだ。

「あ~、スッキリした。どうなるかと思ったわい。女子トイレ空いててよかった」

「本当にピンチの時以外はやめてね」とホタルに釘を刺されたトムは、「ワシは今日からトミーじゃ」と戯けて振り付けつきで不思議なメロディの歌を歌い出した。

「何で知ってんの、その曲」とホタルが尋ね、「ファンなんじゃ」とトムが答える。日本のアーティストなのだろうか。

「知ってるよ、彼女いいよね」とケニーが頷いて、「お前さんもトミーファンか、奇遇じゃの」とトムがにっこり笑う。ホタルは「日本にいた頃よく街で鳴ってたわ」と懐かしそうに言った。やがて3人は謎のシンガートミー・フェブラリーの話題で盛り上がり始めた。後でYouTubeで調べてみよう。

「あ、そうそう、シンディたちが探しとったぞい」

 トムに言われハッとした。ケニーはお腹の調子が悪いから部屋にいると言うので、私は2人と合流して観光に繰り出した。
 
 アマゾナス州の州都であるマナウスは、大きな川とジャングルに囲まれた大都市だ。

 ジュリエッタがピラニア釣りをしたいと言ったので、3人でアマゾン河クルーズに参加した。お金のない私を気遣ったのか、2人がツアー代を出してくれた。

 ボートには他に10人ほどの観光客が乗っていた。ガイドは中年の饒舌な男性だった。真っ黒なネグロ川と茶色のソリモンエス川が混じり合うことなく十数キロ続く様には驚かされた。2つの川は温度や水質、含まれている土の量等が違うために混じり合わないという。

 湿った泥と水の匂いと、木々や草の濃い香りが漂ってくる。ガイドは黙ることなく喋り続けている。

「ピラニアは焼いて食べると美味いよ。でも俺の友達は2人くらい指を食われたから、気をつけてくれよ!」

 早口すぎて話があまり入ってこない。

「あのガイドさんいい男ね」とジュリエッタがシンディに囁きかけたが、シンディは首を傾げた。

「年上がタイプなの?」と訊くと、「そうね、ベネディクト・カンバッチや岩合光昭さんみたいな人がタイプよ」とジュリエッタは答えた。

「カンバーバッチでしょ」とシンディがクスクス笑い、私もつられて吹き出した。カンバーバッチと岩合さん、そしてあのお喋りガイド。皆タイプが同じとはとても思えない。怪訝な顔をしている私に向かってジュリエッタは「好きになった人がタイプってやつなのよ」と補足した。
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