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第2章〜クラウンへの道〜
第27話 スタート
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翌朝事務所に向かうと、ピアジェは隅のソファで眠っていた。酒臭い息に鼻を摘む。大方昨夜の観光後街のバーで飲んだくれて眠ってしまったのだろう。
ケニーはいつものように朝早く出勤しパソコンに向かっていて、ルーファスは自分の子ども用の学習机のような大きさのデスクの引き出しに溜まったゴミを袋に分別している。デスクの一番下の引き出しから真緑に藻の浮いた瓶を取り出し、「可哀想に」と呟いた。
ケニーがチラチラと心配そうに視線を送っているのを感じながら、私は団長に声をかけた。
「団長、話があります」
身体を揺すってみたが、心地よい夢の中にいるのか恍惚とした笑顔を浮かべた団長に目を覚ます気配はない。
「団長!! 話を聞いてください!!」
耳元で叫ぶと、「うぉう!」という声を上げて団長の身体がビクンと跳ねた。
「何だ、こんな朝早くから!」
ピアジェは迷惑そうに顔を顰め身を起こした。
「相談があるんです」
「何だ? 後にしろ」
しっしっとピアジェが手を振る。怯みそうな己を宥めるように、一度大きく息を吸った。
「僕にクラウンをやらせてください!」
数秒間呆然と私を見つめていた男の眉間の皺がより濃くなった。
「何だと?!」
「このサーカス団にはクラウンがいないと聞きました。僕にやらせてください。人を笑わすのが好きなんです。気づいたんです、これが本当にやりたいことだって」
ピアジェはふんと口元を歪め鼻で笑った。
「いいか小僧、サーカスの世界ってのはお前が思うほど甘くない。団員たちはサーカス学校で何年も練習を積んできてる。特にクラウンってのは、運動神経が少し良いくらいでやれるもんじゃない。そこらの少し話が面白い人間なんかとは訳が違う。高度な技術と知識が要る。何より才能だ。皆を笑わせ自分の世界に引き込んで魅了させられるような、圧倒的な才能がなければならない」
何を聞かされても諦めるという選択肢はなかった。
「昨日ショーに出て思ったんです、人を笑わせるのはこんなに楽しいんだって。団長がいう才能が僕にあるか分からないけど……。それもこれも、やってみないと分からないことです。お願いです、やらせてください。僕は素人だし、みんなみたいな経験もない。でもまっさらな分伸び代は大きいはずです。経験者に負けないくらい沢山勉強します。どんなに辛い練習でもついていくつもりです」
ピアジェは何が何でもクラウンになることを阻止したいみたいだった。経験が足りない、根性だけではできない、お前のような女々しい奴には無理だなどと難癖をつけて認めようとしなかった。
途中見かねたルーファスが助け舟を出してくれた。
「昨日見た感じだと、こいつはすごく度胸があるよ。素人で綱渡りもまともにできないのに人前に出るなんて、俺ならとてもできない。機転と閃きで失敗を見事に笑いに変えてみせた。誰にでもできることじゃない。俺なら恥ずかしくて逃走しただろう、普通の人間はそうだ。それに人を笑かすのがすごく好きそうだし、オリジナリティもある。ちょうどロシアのエンギバロフがそうだったみたいに……」
ふんっ、とピアジェが鼻で笑う。
「エンギバロフだと? この小僧に奴のような才能があるもんか!! せいぜい路頭で小銭を稼ぐ大道芸人になって終わりだ」
蔑むみたいに大声でピアジェが笑い、ルーファスがまた何かを言いかけたところで私は言った。
「大道芸人だって生きるために必死にやってます。必死で生きてる人を誰も馬鹿にはできないはずだ。僕だって死ぬ気でやるつもりです。できないと言った人間や、僕のことを弱虫だと嘲った奴を見返してやりたい。誰にも負けないくらい面白い芸のできるクラウンになる。だから、僕にやらせてください!!」
ピアジェは頬をヒクヒクさせながらこちらを睨みつけていたが、やがて立ち上がり、私と向き合った。
「どんなに厳しくても、何があっても泣き言を言わずに練習すると約束できるか?」
「できます」
ピアジェの蛇のような目を見返す。男はふんと笑い「いいだろう」と言った。
「試しにやらせてみよう。ルーファス、お前が責任を取ってこいつに訓練をさせろ。見込みがないと分かればすぐ辞めさせて、一日中雑用だけをさせる」
靴音を立ててピアジェが部屋を出ていく。
ケニーはいつものように朝早く出勤しパソコンに向かっていて、ルーファスは自分の子ども用の学習机のような大きさのデスクの引き出しに溜まったゴミを袋に分別している。デスクの一番下の引き出しから真緑に藻の浮いた瓶を取り出し、「可哀想に」と呟いた。
ケニーがチラチラと心配そうに視線を送っているのを感じながら、私は団長に声をかけた。
「団長、話があります」
身体を揺すってみたが、心地よい夢の中にいるのか恍惚とした笑顔を浮かべた団長に目を覚ます気配はない。
「団長!! 話を聞いてください!!」
耳元で叫ぶと、「うぉう!」という声を上げて団長の身体がビクンと跳ねた。
「何だ、こんな朝早くから!」
ピアジェは迷惑そうに顔を顰め身を起こした。
「相談があるんです」
「何だ? 後にしろ」
しっしっとピアジェが手を振る。怯みそうな己を宥めるように、一度大きく息を吸った。
「僕にクラウンをやらせてください!」
数秒間呆然と私を見つめていた男の眉間の皺がより濃くなった。
「何だと?!」
「このサーカス団にはクラウンがいないと聞きました。僕にやらせてください。人を笑わすのが好きなんです。気づいたんです、これが本当にやりたいことだって」
ピアジェはふんと口元を歪め鼻で笑った。
「いいか小僧、サーカスの世界ってのはお前が思うほど甘くない。団員たちはサーカス学校で何年も練習を積んできてる。特にクラウンってのは、運動神経が少し良いくらいでやれるもんじゃない。そこらの少し話が面白い人間なんかとは訳が違う。高度な技術と知識が要る。何より才能だ。皆を笑わせ自分の世界に引き込んで魅了させられるような、圧倒的な才能がなければならない」
何を聞かされても諦めるという選択肢はなかった。
「昨日ショーに出て思ったんです、人を笑わせるのはこんなに楽しいんだって。団長がいう才能が僕にあるか分からないけど……。それもこれも、やってみないと分からないことです。お願いです、やらせてください。僕は素人だし、みんなみたいな経験もない。でもまっさらな分伸び代は大きいはずです。経験者に負けないくらい沢山勉強します。どんなに辛い練習でもついていくつもりです」
ピアジェは何が何でもクラウンになることを阻止したいみたいだった。経験が足りない、根性だけではできない、お前のような女々しい奴には無理だなどと難癖をつけて認めようとしなかった。
途中見かねたルーファスが助け舟を出してくれた。
「昨日見た感じだと、こいつはすごく度胸があるよ。素人で綱渡りもまともにできないのに人前に出るなんて、俺ならとてもできない。機転と閃きで失敗を見事に笑いに変えてみせた。誰にでもできることじゃない。俺なら恥ずかしくて逃走しただろう、普通の人間はそうだ。それに人を笑かすのがすごく好きそうだし、オリジナリティもある。ちょうどロシアのエンギバロフがそうだったみたいに……」
ふんっ、とピアジェが鼻で笑う。
「エンギバロフだと? この小僧に奴のような才能があるもんか!! せいぜい路頭で小銭を稼ぐ大道芸人になって終わりだ」
蔑むみたいに大声でピアジェが笑い、ルーファスがまた何かを言いかけたところで私は言った。
「大道芸人だって生きるために必死にやってます。必死で生きてる人を誰も馬鹿にはできないはずだ。僕だって死ぬ気でやるつもりです。できないと言った人間や、僕のことを弱虫だと嘲った奴を見返してやりたい。誰にも負けないくらい面白い芸のできるクラウンになる。だから、僕にやらせてください!!」
ピアジェは頬をヒクヒクさせながらこちらを睨みつけていたが、やがて立ち上がり、私と向き合った。
「どんなに厳しくても、何があっても泣き言を言わずに練習すると約束できるか?」
「できます」
ピアジェの蛇のような目を見返す。男はふんと笑い「いいだろう」と言った。
「試しにやらせてみよう。ルーファス、お前が責任を取ってこいつに訓練をさせろ。見込みがないと分かればすぐ辞めさせて、一日中雑用だけをさせる」
靴音を立ててピアジェが部屋を出ていく。
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