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第1章〜サーカス列車の旅〜
第11話 Girl in the mirror①
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起きたのは昼過ぎだった。知らないうちに流れ出ていた涙は頬の上で乾いていた。最近こんなことばかりだ。幸せで懐かしい夢を見ていた気がするのに、その輪郭は曖昧にぼやけている。
部屋の白い壁が滲んで見える。朝ベッドの上で目覚めるたび、ここがシドニーの実家なのではないかと錯覚しそうになる。
一階のダイニングにはケニーがいて、サワークリームをべっとりと塗った大きなナンのようなものにかぶりついていた。私は祖母が買い置きしてくれているお気に入りのグラノーラをキッチンキャビネットから取り出して深めの皿にあけ、冷蔵庫から牛乳を取り出して注ぎスプーンですくって食べた。蜂蜜の塗られた胡桃と甘酸っぱいベリー、カリカリとしたコーンフレークを一緒に噛み砕く。
「元気がないな」
向かいの席でナンらしきものを齧っていたケニーが、私の顔を覗き込むように見た。
「そう?」
「ああ、何かあったのかい?」
一瞬話すことを躊躇ったが、ケニーのあまりに優しい表情と声色のために打ち明けずにいられなくなった。
「実は……」
私は例のCDのこと、ディアナたちに昨日された仕打ちを洗いざらい打ち明けた。ケニーは「そいつは酷いな」と眉を顰めた。
「お金を取り戻すことはできなそうかい?」
「できることなら取り返したいけど、無理でしょうね……」
例えディアナの家を特定してお金を略奪したとして、あの屈強な下僕たちを使って復讐されることは目に見えている。彼女のことだから私が降参するまで執拗に追い続け、陰湿な嫌がらせを続けるだろう。それに、今頃あのお金は彼女のセンスの悪いアクセサリーかハッパにでも使われているだろう。
「だけど、大事なお金なんだろ?」
「うん……」
何よりも大切なお金だった。何であの時ディアナを追いかけて、力ずくでも奪わなかったんだろう。痛みにうめく暇があるなら、あの忌々しい背中に飛び蹴りの一つでも喰らわせてやれば良かった。悔しさと情けなさが蘇り手が震え、鳩尾が痛んだ。
今財布にあるのは、ほんのわずかの小銭だけだ。休職中の母や祖母を頼るわけにもいかないし、バーガー店の最後の月の給料が口座に振り込まれるまではあと半月もある。
「そうか……ようし、分かった」
ケニーは立ち上がると、ダイニングを出て二階に向かった。そして今どき珍しい豚の貯金箱とミニハンマーを持ってきた。
「エリーゼ……」
呟いた私にケニーは「何だい?」と首を傾げ、テーブルに貯金箱を置いた。ケニーの手に握られたミニハンマーが振り上げられ、やがて正義の鉄槌のように降ろされる。
「駄目!」
制止するも一足遅く、陶器の割れるガチャンという音が響く。エリーゼが壊されたみたいで、何とも言えない気持ちになる。ピンクの破片に混じって現れたのは、大量コインの山に混じる数枚のペソ札だった。
「仕事をしてた時に少しずつ貯めてたものなんだ。だけど使い時が分からなくてね。良かったら、CDを買うのに役立ててくれ」
「ケニー、流石にそこまでしてもらうのは……」
ケニーが必死に働いて貯めたお金だ。それを私が簡単に手にしてしまうのは申し訳なかった。
「いいんだよ、アヴィー。今が遣い時って気がするんだ。君の友達のために使ってもらえるなら、僕も嬉しいよ」とケニーは私の頭に手を乗せて微笑んだ。
「本当にありがとう。今度給料が入ったら返すわ」
「いいんだよ、出世払いで」
粉々になった豚だったものを見つめる。ケニーの善意が嬉しい反面胸が痛んだが、今回は彼の優しさに甘えることにした。返さなくていいと言ってくれているけれど、お金は必ず返すつもりだ。問題は、あのCDがまだこの世に存在しているかどうかだが。
部屋の白い壁が滲んで見える。朝ベッドの上で目覚めるたび、ここがシドニーの実家なのではないかと錯覚しそうになる。
一階のダイニングにはケニーがいて、サワークリームをべっとりと塗った大きなナンのようなものにかぶりついていた。私は祖母が買い置きしてくれているお気に入りのグラノーラをキッチンキャビネットから取り出して深めの皿にあけ、冷蔵庫から牛乳を取り出して注ぎスプーンですくって食べた。蜂蜜の塗られた胡桃と甘酸っぱいベリー、カリカリとしたコーンフレークを一緒に噛み砕く。
「元気がないな」
向かいの席でナンらしきものを齧っていたケニーが、私の顔を覗き込むように見た。
「そう?」
「ああ、何かあったのかい?」
一瞬話すことを躊躇ったが、ケニーのあまりに優しい表情と声色のために打ち明けずにいられなくなった。
「実は……」
私は例のCDのこと、ディアナたちに昨日された仕打ちを洗いざらい打ち明けた。ケニーは「そいつは酷いな」と眉を顰めた。
「お金を取り戻すことはできなそうかい?」
「できることなら取り返したいけど、無理でしょうね……」
例えディアナの家を特定してお金を略奪したとして、あの屈強な下僕たちを使って復讐されることは目に見えている。彼女のことだから私が降参するまで執拗に追い続け、陰湿な嫌がらせを続けるだろう。それに、今頃あのお金は彼女のセンスの悪いアクセサリーかハッパにでも使われているだろう。
「だけど、大事なお金なんだろ?」
「うん……」
何よりも大切なお金だった。何であの時ディアナを追いかけて、力ずくでも奪わなかったんだろう。痛みにうめく暇があるなら、あの忌々しい背中に飛び蹴りの一つでも喰らわせてやれば良かった。悔しさと情けなさが蘇り手が震え、鳩尾が痛んだ。
今財布にあるのは、ほんのわずかの小銭だけだ。休職中の母や祖母を頼るわけにもいかないし、バーガー店の最後の月の給料が口座に振り込まれるまではあと半月もある。
「そうか……ようし、分かった」
ケニーは立ち上がると、ダイニングを出て二階に向かった。そして今どき珍しい豚の貯金箱とミニハンマーを持ってきた。
「エリーゼ……」
呟いた私にケニーは「何だい?」と首を傾げ、テーブルに貯金箱を置いた。ケニーの手に握られたミニハンマーが振り上げられ、やがて正義の鉄槌のように降ろされる。
「駄目!」
制止するも一足遅く、陶器の割れるガチャンという音が響く。エリーゼが壊されたみたいで、何とも言えない気持ちになる。ピンクの破片に混じって現れたのは、大量コインの山に混じる数枚のペソ札だった。
「仕事をしてた時に少しずつ貯めてたものなんだ。だけど使い時が分からなくてね。良かったら、CDを買うのに役立ててくれ」
「ケニー、流石にそこまでしてもらうのは……」
ケニーが必死に働いて貯めたお金だ。それを私が簡単に手にしてしまうのは申し訳なかった。
「いいんだよ、アヴィー。今が遣い時って気がするんだ。君の友達のために使ってもらえるなら、僕も嬉しいよ」とケニーは私の頭に手を乗せて微笑んだ。
「本当にありがとう。今度給料が入ったら返すわ」
「いいんだよ、出世払いで」
粉々になった豚だったものを見つめる。ケニーの善意が嬉しい反面胸が痛んだが、今回は彼の優しさに甘えることにした。返さなくていいと言ってくれているけれど、お金は必ず返すつもりだ。問題は、あのCDがまだこの世に存在しているかどうかだが。
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