ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
4 / 193
第1章〜サーカス列車の旅〜

第3話  両親のこと

しおりを挟む
 祖母の運転する車の助手席からは、音楽に混じって母の声が聞こえてくる。何を話しているのか分からないけれど、雰囲気的に父の悪口を言っているんだろう。ブエノス・アイレスに来る飛行機の中で機内食をつついている間もずっとこの調子だった。機内食が美味しくないから始まって、父と結婚しなければ良かったとか、自分の人生は後悔と失敗ばかりでろくでもないとか。ここ数年で母は以前に輪をかけて愚痴っぽくなった。きっと彼女は一生こうやって愚痴をこぼし続けるんだろう。父のことだけじゃなく、父と一緒に生きることを選んでしまった自分の人生への後悔や不満、他人への恨みつらみなんかを。

 両親が離婚したきっかけは、父親がラスベガスで羽目を外し過ぎ膨大な額の借金を作ったことだった。それだけならまだしも、その夜に出会った女性と酔った勢いで結婚式まで挙げ、一夜を共にしていたことまで発覚した。翌日2人とも我にかえって結婚は取り消されたものの、黒歴史は残った。消えることのない、母の深い傷とともに。

 夫婦仲が悪くなったのは最近のことじゃない。良くも悪くも彼らは似た者同士だった。頑固でプライドが高く何事も行き当たりばったりで、何か上手くいかないことがあるたびにお互いのせいにしあった。いつからか2人の間に横たわっていた空気感ーー生ぬるく濁った水槽の水のようなそれを、両親は私に気づかせまいとしていた。それでも子どもというのは敏感なもので、私も例外ではなかった。その空気感は私が成長するにつれて顕著なものになっていき、感情的に言い争う父母の姿を目にすることも増えた。いつかこの2人は別れるだろう。その予感は当たった。だから二人の離婚に対してそれほど動揺はしなかった。

 いつも私の心の中には一つの質問が存在していた。今だって考える。

ーー母は、私を産んで本当に幸せだったんだろうか?

 母はよく自分の人生に対して後悔を口にする。もしあの時父を選んでいなかったら、もしソーシャルワーカーになっていたら、もっと真剣に勉強していたら、もしあの家に生まれていなかったらーー。

「あなたを産んだことは後悔していないわ、あなたは私の宝物だもの」

 数々の後悔の念をこぼしたあとお決まりのように言うけれど、本心はどうなんだろう。もし私が生まれていなかったら母は自分の夢を叶え、父ではない相手と結婚して今よりも幸せな人生を歩むことができていたんじゃないか。私は母のお荷物なんじゃないか。

 そんな私の髪は今、カラーやパーマのやりすぎで傷んでいる。1ヶ月前、肘のあたりまで伸びたストレートの髪をさくらんぼのような赤に染めて下半分に緩くパーマをかけ、所々にプラチナの細いメッシュを入れた。ついでに前髪の真ん中らへんにも。硬くなった髪を人差し指に巻き付けてくるくるといじりつづけながら、思う。

 もう一度、人生をやり直せたらーー。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

優秀賞受賞作【スプリンターズ】少女達の駆ける理由

棚丘えりん
青春
(2022/8/31)アルファポリス・第13回ドリーム小説大賞で優秀賞受賞、読者投票2位。 (2022/7/28)エブリスタ新作セレクション(編集部からオススメ作品をご紹介!)に掲載。 女子短距離界に突如として現れた、孤独な天才スプリンター瑠那。 彼女への大敗を切っ掛けに陸上競技を捨てた陽子。 高校入学により偶然再会した二人を中心に、物語は動き出す。 「一人で走るのは寂しいな」 「本気で走るから。本気で追いかけるからさ。勝負しよう」 孤独な中学時代を過ごし、仲間とリレーを知らない瑠那のため。 そして儚くも美しい瑠那の走りを間近で感じるため。 陽子は挫折を乗り越え、再び心を燃やして走り出す。 待ち受けるのは個性豊かなスプリンターズ(短距離選手達)。 彼女達にもまた『駆ける理由』がある。 想いと想いをスピードの世界でぶつけ合う、女子高生達のリレーを中心とした陸上競技の物語。 陸上部って結構メジャーな部活だし(プロスポーツとしてはマイナーだけど)昔やってたよ~って人も多そうですよね。 それなのに何故! どうして! 陸上部、特に短距離を舞台にした小説はこんなにも少ないんでしょうか! というか少ないどころじゃなく有名作は『一瞬の風になれ』しかないような状況。 嘘だろ~全国の陸上ファンは何を読めばいいんだ。うわーん。 ということで、書き始めました。 陸上競技って、なかなか結構、面白いんですよ。ということが伝われば嬉しいですね。 表紙は荒野羊仔先生(https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/520209117)が描いてくれました。

処理中です...