ライオンガール

たらこ飴

文字の大きさ
上 下
3 / 193
第1章〜サーカス列車の旅〜

第2話 普通じゃない何か

しおりを挟む
 祖母はロビーで私と母を見つけるなり、笑顔で駆け寄ってきて順にハグをした。

「久しぶり、おばあちゃん」

「久しぶりね、疲れたでしょう」

 祖母が目を細めて私を見つめた。5年前に会った時より皺が増えて背が縮んだ気がするけれど、私を慈しむように見つめる目は確かに祖母だった。

 今は4月。シドニーと同じく、ブエノス・アイレスは秋だ。空港の外に出るなり、シドニーに負けないくらいの強い日差しに目を細めた。歩道脇に並ぶ大きな街路樹は黄色く色づき始め、排気ガスと落ち葉の匂いの混じった生暖かい風が肌に絡みつく。

「あぁ嫌だ、日に焼けそうだわ」と母がうんざりしたようにつぶやいた。飛行機の中で日焼け止めを塗らなかったことを少し後悔した。

 祖母に会ったことで母の表情も大分和らいだ。駐車場に向かうまでの間、祖母と母は笑顔で話をしながら私の前を歩いて行く。

 車に乗ったとたん疲れがどっと押し寄せた。引っ越しの準備の際にも母はあれがない、これがない、あれは入れたっけ、これは……とずっとパニック状態だった。半ばうんざりしながら、「あとでお父さんに送って貰えばいいよ」と母を宥めつつ自分の荷物を纏めていたことを思い出した。

 ふいに、カーステレオのラジオ放送で流れ出したアヴリル・ラヴィーンの歌声に耳を澄ます。

"Anything but Ordinary" 

 初めてこの曲を聴いたのは中学3年の時だった。英語のアクセントも住んでいる国も違うのに、当時自分が感じていたのと全く同じことを感じている人がいるという事実に驚くと同時に救われた。アヴリルは両親のスターであり、私の救世主だった。

 元彼のジェシーにこの曲が好きなのだと言ったら、「君って見た目によらず病んでるね?」と笑われた。私からすれば、ジェシーがいつも部屋で爆音で流している、メランコリーなサウンドと生々しい性欲丸出しの言葉で埋め尽くされたヘヴィ・メタルバンドの曲の方が100000000倍もSickだ。

 アヴリルという私の名前は、アヴリル・ラヴィーンの大ファンである両親からもらったものだった。アヴリル・ラヴィーンは17歳のときに" Let Go" というアルバムで鮮烈なデビューを飾った。そのアルバムは世界的な大ヒットを記録し、ガールズロックブームを巻き起こした。その波によって大量生産されたガールズバンドのほとんどは数年のうちに消えた。

 アヴリルの2枚目のアルバムが発売された2004年5月25日に、奇しくも私は生まれた。当時母はまだ18歳で、私を妊娠したのを期に父と結婚をした。所謂できちゃった婚というやつだ。

 母にはソーシャルワーカーになるという夢があったにも関わらず、中学時代から交際していた父との間に子どもができたことで、高校を中退して私を産んで育てる道を選んだ。

 アヴリルと私の共通点は、背が低いこと以外ないに等しい。私には彼女のような人を射抜くような目力も、海みたいに深い色の青い瞳も、煌びやかなブロンドの髪もない。目は父親譲りのグレーで、髪の毛はアッシュブラウン。嫌いなわけじゃないけれど、特別気に入ってもいない。ちょうど自分の人生に対する感覚と同じ。

 中学の頃アヴリルに憧れてギターを弾き始めた。一時期クラスの子たちと4人でバンドを組んでいたことがあったけれど、思春期の女子あるあるというやつで皆男の子たちとの恋愛に夢中になりはじめ、そのうち練習もままならなくなった。結局ボーカルの子が中3で転校したのを機に自然消滅のように解散した。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

噛ませのプライド

コブシ
現代文学
負け続けの噛ませ犬ボクサー弘。 思いがけない女性との出会い。 神様のいたずら。 そして運命のゴングが鳴る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

泣き虫に幸あれ。

道端の椿
ライト文芸
クラスメイトの優香は毎日泣いている。これは心の枯れた僕が「泣く力」を取り戻すまでのヒューマンドラマ。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...