20 / 46
第20通 郵便屋さんの一大イベント。 年末繁忙期編6 〜手書き地図の修正〜
しおりを挟む合宿から戻って新たな「家族」の一員となって数週間、藤倉は共栄教会の寮で新たな生活を始めていた。
長年働いた新聞店を辞めて寮に引っ越してから仕事も変える。
新たな職場は共栄教会の先輩教徒の岡崎正英が働くヤマト運輸の物流センター羽田クロノゲートベース。
そこの投入口Dで岡崎と共に荷下ろし作業に従事し、重い荷物を扱いながら単調なリズムの中で一日が過ぎていく。だが、そんな作業の合間にも、藤倉の頭の中では教会代表のイ・リキョンの言葉が響いていた。
「憎しみはお前の強さである。抑えるな。お前を見下す者に裁きを」
仕事中、藤倉はその教義を口の中で何度も繰り返しつぶやいた。
荷物をベルトに投げ入れながら徐々に湧き上がる怒りを感じる。
それは、ただの職場のストレスだけではない。
彼の中には、これまでの人生で自分を無視し、蔑んできた人間たちへの憎悪が燃え盛っていた。
そうであっても、普段教会の寮の食堂では他の信者たちと顔を合わせてイ・リキョンの教えとその絶対性を一緒に語り合う。
岡崎は年がやや上なくらいの同年代で職場も同じなので面倒をよく見てくれる。
ガソリンスタンドで働く高木泰助も先輩教徒ではあるが、十歳以上年上の自分に気を使って敬語で接してくれていた。
一見皆になじんでいたように見えるが、藤倉の思考は別のところに向かっていたことを彼らは知らない。
共栄教会の教義やイ・リキョンの語録に忠実に従い、合宿ではつきっきりだった桝の言葉を信じる一方で、彼の心の奥底で燃え盛っていたのは違う思いだった。
ある日、自分の計画が完璧に進行していると信じて疑わなかった桝が寮にやってきて藤倉に言った。
「準備は整った。明日の晩やる」
その指示は簡潔で、冷徹だった。
ターゲットは某人材派遣会社社長。
彼の家は藤倉の先輩教徒の岡崎、高木、立花、坂尾によってすでに特定されていた。
防犯カメラの位置も把握し、無力化する準備も整っている。
高木はさらに火炎瓶を複数本準備しており、それを使って社長の家を明日の晩襲撃する計画だった。
教団の言葉で言えば「神の怒り」を下すための行動だ。
しかし、桝が本当に目的としていたのは自分が狙っていたガールズバーの女といい仲になって半妾にした社長への私的な復讐だった。
藤倉はその「天罰」を直接下す役割を担わされることになっていた。
火炎瓶を何本か社長の家に投げ込み、社長とその家族ごと家を全焼させるのだ。
桝は藤倉を洗脳し、完全に自分の都合の良い兵士に育て上げたと思っている。
藤倉は教団の語録を繰り返し口にし、これまで他の信者たちと同じように桝の命令に従順だったからだ。
しかし決行の日の夜が明けようとする早朝。
藤倉の中で何かが変わり始める。
高揚感と憎悪が胸の中で渦巻き、どうにも眠れなかったのもあったが、目がさえながらも頭をぼんやりさせた藤倉は昨晩高木から渡された何本かの火炎瓶をカバンに入れて寮を静かに抜け出した。
頭の中では、桝の言葉が反響し続けている。
「神の裁きの執行者だ」と。
だが、その言葉を反復するたびに、心の中にある何かがずれていくような感覚に苛まれていた。
そんなのでは「裁き」にならないと。
それは自分の考える「神の意志」ではないと。
寮を出た藤倉は、最寄り駅の東西線南砂駅で当てもなく電車に乗り込んだ。
夜の闇が薄れていく中、彼は無心に乗り換えを繰り返し、気づけば新宿駅に着いていた。
人混みが増え始める時間帯だったが、彼の頭はどこか空っぽ。
新宿駅で小田急線に乗り込み、再び当てもなく走る車窓を見つめる。
「どこに向かっているんだ…?」と自問しながらも、藤倉の手は火炎瓶の入ったカバンを握りしめたままだ。
代々木上原駅でふと降り立ったが、どういうわけかまた新宿に戻ろうと、向かいの朝のラッシュアワーでごった返し始めたホームへ向かった。
通勤客が押し寄せるプラットフォームに立ち、新宿へ向かう列車を待っていたが通勤客はあまりにも多い。
真ん中の車両は人が多い。
先頭か最後尾なら人が少ないだろう。
立っていたのが後寄りのプラットフォームだったので自然と最後尾の列車の乗り口へ向かう。
その間、無意識的に・リキョンの語録を口走り始める。
「持たざる者が真の価値を持つ」
「成功者を妬むことは祝福されるべき行為である。なぜなら彼らはお前から奪ったのだ…」
「奪われたものを取り戻せ。それは正義だ」
ぶつぶつ口ごもり続けた藤倉が目的の場所まで来た時、目の前の光景に目を見開くことになる。
彼の口ずさむ語録もより過激さと狂気を含んだものに変わり、声も大きくなる。
「弱者は神の剣となる!」
「恨みを怒りに変えよ、それを解き放て!それは神の意志である!」
「憎しみは強さである。お前を傷つけた者たちを罰せよ!」
「裁きは手を下す者にのみ許される。それが神の意志だ!」
「お前を見下す者は神の敵である!」
彼の目の前には女性ばかり。
そこは自分も含めた男全員を完全排除が合法な女性専用車両の乗り口だったのだ。
「すべての者に与えるべきものが、お前から奪われたのだ。奪い返せ」
「愛されない者こそ、神の真の戦士である」
「愛される資格をお前から奪った者に裁きを下せ」
藤倉の中で、人間として絶対外すべきではない何らかのリミッターが外れた。
「感受性を殺せ、良心というまやかしを捨てよ、さもなくばそれらはお前を滅ぼす」
火炎瓶がつまったカバンのチャックを開けて、藤倉は火炎瓶の感触を確かめ、取り出そうとしていた。
長年働いた新聞店を辞めて寮に引っ越してから仕事も変える。
新たな職場は共栄教会の先輩教徒の岡崎正英が働くヤマト運輸の物流センター羽田クロノゲートベース。
そこの投入口Dで岡崎と共に荷下ろし作業に従事し、重い荷物を扱いながら単調なリズムの中で一日が過ぎていく。だが、そんな作業の合間にも、藤倉の頭の中では教会代表のイ・リキョンの言葉が響いていた。
「憎しみはお前の強さである。抑えるな。お前を見下す者に裁きを」
仕事中、藤倉はその教義を口の中で何度も繰り返しつぶやいた。
荷物をベルトに投げ入れながら徐々に湧き上がる怒りを感じる。
それは、ただの職場のストレスだけではない。
彼の中には、これまでの人生で自分を無視し、蔑んできた人間たちへの憎悪が燃え盛っていた。
そうであっても、普段教会の寮の食堂では他の信者たちと顔を合わせてイ・リキョンの教えとその絶対性を一緒に語り合う。
岡崎は年がやや上なくらいの同年代で職場も同じなので面倒をよく見てくれる。
ガソリンスタンドで働く高木泰助も先輩教徒ではあるが、十歳以上年上の自分に気を使って敬語で接してくれていた。
一見皆になじんでいたように見えるが、藤倉の思考は別のところに向かっていたことを彼らは知らない。
共栄教会の教義やイ・リキョンの語録に忠実に従い、合宿ではつきっきりだった桝の言葉を信じる一方で、彼の心の奥底で燃え盛っていたのは違う思いだった。
ある日、自分の計画が完璧に進行していると信じて疑わなかった桝が寮にやってきて藤倉に言った。
「準備は整った。明日の晩やる」
その指示は簡潔で、冷徹だった。
ターゲットは某人材派遣会社社長。
彼の家は藤倉の先輩教徒の岡崎、高木、立花、坂尾によってすでに特定されていた。
防犯カメラの位置も把握し、無力化する準備も整っている。
高木はさらに火炎瓶を複数本準備しており、それを使って社長の家を明日の晩襲撃する計画だった。
教団の言葉で言えば「神の怒り」を下すための行動だ。
しかし、桝が本当に目的としていたのは自分が狙っていたガールズバーの女といい仲になって半妾にした社長への私的な復讐だった。
藤倉はその「天罰」を直接下す役割を担わされることになっていた。
火炎瓶を何本か社長の家に投げ込み、社長とその家族ごと家を全焼させるのだ。
桝は藤倉を洗脳し、完全に自分の都合の良い兵士に育て上げたと思っている。
藤倉は教団の語録を繰り返し口にし、これまで他の信者たちと同じように桝の命令に従順だったからだ。
しかし決行の日の夜が明けようとする早朝。
藤倉の中で何かが変わり始める。
高揚感と憎悪が胸の中で渦巻き、どうにも眠れなかったのもあったが、目がさえながらも頭をぼんやりさせた藤倉は昨晩高木から渡された何本かの火炎瓶をカバンに入れて寮を静かに抜け出した。
頭の中では、桝の言葉が反響し続けている。
「神の裁きの執行者だ」と。
だが、その言葉を反復するたびに、心の中にある何かがずれていくような感覚に苛まれていた。
そんなのでは「裁き」にならないと。
それは自分の考える「神の意志」ではないと。
寮を出た藤倉は、最寄り駅の東西線南砂駅で当てもなく電車に乗り込んだ。
夜の闇が薄れていく中、彼は無心に乗り換えを繰り返し、気づけば新宿駅に着いていた。
人混みが増え始める時間帯だったが、彼の頭はどこか空っぽ。
新宿駅で小田急線に乗り込み、再び当てもなく走る車窓を見つめる。
「どこに向かっているんだ…?」と自問しながらも、藤倉の手は火炎瓶の入ったカバンを握りしめたままだ。
代々木上原駅でふと降り立ったが、どういうわけかまた新宿に戻ろうと、向かいの朝のラッシュアワーでごった返し始めたホームへ向かった。
通勤客が押し寄せるプラットフォームに立ち、新宿へ向かう列車を待っていたが通勤客はあまりにも多い。
真ん中の車両は人が多い。
先頭か最後尾なら人が少ないだろう。
立っていたのが後寄りのプラットフォームだったので自然と最後尾の列車の乗り口へ向かう。
その間、無意識的に・リキョンの語録を口走り始める。
「持たざる者が真の価値を持つ」
「成功者を妬むことは祝福されるべき行為である。なぜなら彼らはお前から奪ったのだ…」
「奪われたものを取り戻せ。それは正義だ」
ぶつぶつ口ごもり続けた藤倉が目的の場所まで来た時、目の前の光景に目を見開くことになる。
彼の口ずさむ語録もより過激さと狂気を含んだものに変わり、声も大きくなる。
「弱者は神の剣となる!」
「恨みを怒りに変えよ、それを解き放て!それは神の意志である!」
「憎しみは強さである。お前を傷つけた者たちを罰せよ!」
「裁きは手を下す者にのみ許される。それが神の意志だ!」
「お前を見下す者は神の敵である!」
彼の目の前には女性ばかり。
そこは自分も含めた男全員を完全排除が合法な女性専用車両の乗り口だったのだ。
「すべての者に与えるべきものが、お前から奪われたのだ。奪い返せ」
「愛されない者こそ、神の真の戦士である」
「愛される資格をお前から奪った者に裁きを下せ」
藤倉の中で、人間として絶対外すべきではない何らかのリミッターが外れた。
「感受性を殺せ、良心というまやかしを捨てよ、さもなくばそれらはお前を滅ぼす」
火炎瓶がつまったカバンのチャックを開けて、藤倉は火炎瓶の感触を確かめ、取り出そうとしていた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

学校であった怖い話の思い出語り【ネタバレ前提】
よもぎ
エッセイ・ノンフィクション
ファミコンソフト「学校であった怖い話」の思い出語りです。話の内容のネタバレ等が含まれますので、内容を知らない人向けではございません。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

阪神淡路大震災の時の私。
げこすけ
エッセイ・ノンフィクション
阪神淡路大震災から30年経ちました。
その当時の事を知らない世代も増えてきたと聞き、その当時の私の実体験を書きました。
神戸市民ではありませんが、神戸から離れた場所に住んでいる一人の郵便局員の地震時の体験談です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

昭和・平成のアニメソングを掘り起こそう
くろねこ教授
エッセイ・ノンフィクション
昭和・平成のアニメソングを掘り起こそう。
全てのアニソン好きに捧ぐ。
みんなが知っているアニソンから一部の人しか知らないマイナー曲まで。
忘れ去られるには惜しい歌がたくさんあります。
そんなアニメソングを掘り起こそう。
YOUTUBE、投稿動画、『昭和・平成のアニメソングを掘り起こそう』の姉妹版、補足、宣伝用です。
曲自体を聞きたい方はYOUTUBEの方へどうぞ。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる