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第1章 官吏試験編

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晏寿はそんな景雲が少しばかり不憫に思い、声をかけた。

「貴兄がそうまで言うなら私はどこでも…」
「なら、共に寝るか?」
「!?」

景雲の肩に手を乗せていたら、いきなりがしっと掴まれる。
晏寿はびっくりしたが、機会を逃し引っ込めなくなっていた。

「いやー実を言えば俺は人肌がなければ寝れない質で。
これからは晏寿が添い寝してくれるのか」

はははと笑う景雲。
これでは子ができない体になる以前に子ができてしまう。

そう思った晏寿は景雲の手をはがそうとしたのだが、これがなかなか離れない。

無言で攻防していれば、景雲の動きがぴたりと止まる。
そしてその視線は晏寿ではなく、晏寿の向こう側にある。
どうしてだろうと晏寿が振り向けば、ものすごく不機嫌そうな秀英の顔があった。

「…容景雲、ふざけているのならこの部屋から早く出ていけ」

地を這うような低い声で秀英は凄む。
尋常ではないくらい秀英が立腹なようだったので、景雲は晏寿の手をぱっと離し、苦笑いをする。

「ははは…、親睦を深めるための交友だ。
やましいことなんてありゃしないさ」

内容はいつもの景雲節だが、声色がびくびくしていた。
景雲にも“恐怖”というものがあるのか、と晏寿は思わず感心してしまった。
ほうほうと思っていれば今度は矛先が晏寿に向かってきた。

「君も君だ。
男ばかりの中に女一人なんだから、警戒心は常に持っていたほうがいい」

「…はい」

とんだとばっちりではないかと思いながら景雲をむっとしながら睨む。
しかし景雲は既に復活したらしく、また余裕綽綽といった態度だった。
三人で生活する部屋のそれぞれの配当も決まる頃には、もう窓の外は薄暗くなっていた。

「あ…夕飯」

晏寿がぽつりと呟くとそれに景雲がいち早く反応した。

「おお、もうそんな時間か。
さあ、二人とも食堂へ行こう」

景雲は秀英と晏寿の腕を掴んで催促する。
秀英はやれやれという感じで重い腰をあげた。

「同室の者が全員そろっていないと飯は出ないようになっているんだ。
早くしないと食いっぱぐれてしまう」

食堂へ向かう道中、景雲が晏寿に説明する。
なるほどと思っていれば食堂に着く。
そこには様々な年齢層の男達が向かいあって食事を摂っていた。
三人も膳をもらい、腰を下ろす。

食事は質素なものだったが、以前から簡素な食事をしていた晏寿にはそれなりのものに見えた。

「質素だなぁ…
老人じゃあるまいし」

ため息をつきながら、景雲は渋々という感じで箸をつける。

景雲でそうなのだから、景雲より上層位の家の秀英も同じように思っているのではないかと
晏寿は秀英を横目でうかがったが、特に不満もなさげに口に運んでいた。

三人で並んで食べていれば、周りからひそひそと話し声が聞こえる。

「主席組があそこで…」

「女が受かったって本当だったんだな」

「あれが伯秀英…」

晏寿が聞き耳を立てていればそんなことばかりで。
そして自分のことはやはり良いことは言われないことを痛感する。
兄に言われて受けたが、やっぱり辞めておけばよかったのかと今更ながら少し後悔する。

そんなことを考えていれば、食欲も落ちてきて箸を置きそうになる。
けれどここで折れてしまえば負けな気もする。


そう思えば負けず嫌いな闘志が燃えてきて、食事を無理やり腹に収めた。

夕食を終え、部屋に戻る。
晏寿は自分用の寝具の上で、寝る支度をしていた。

「気にするな」

不意にそう声をかけられ、顔をあげる。
その声の主は秀英で、視線は書物に向けたまま口を開く。

「いちいち相手にしていれば身が持たない」
「そうそう。
あいつらは俺らが羨ましいんだよ。
堂々としていればいいさ」

秀英の言葉に景雲も便乗してくる。
晏寿は励まされているということにすぐには気付かなかった。

秀英が励ましてくれたことに気付いたとき、最初に言葉をかけてくれたことにまず驚いた。
でも、そっけないけれどそういうふうに言葉をかけてくれたことに嬉しくなった。

だから晏寿は自然に
「ありがとう」
と笑って秀英と景雲に言うことができた。

二人の第一印象は最悪と言ってもいい。
秀英にはいきなり冷たい言葉を投げられた。
景雲はなれなれしく声をかけられた。

出会いは最悪だったけど。
この二人となら上手くやっていけるかもと晏寿は心の中でふふっと笑った。

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