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第5章 自宅謹慎編
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早々に必要な荷物をまとめ、晏寿は自宅へと戻った。
途中王宮で働く怜峯の姿を発見し声をかけようとも思ったが、公私を混同してはならないということで思いとどまった。
自宅の前に立ち、少ししか離れていなかったのに、帰ってくるたびに久々に帰ってきたように感じる。
しかし、今回は人質にとられていた母がいる。
母に早く会いたいという気持ちで門をくぐった。
「ただいま帰りました」
玄関で声をかけると奥のほうから、ぱたぱたという足音が聞こえた。
「…晏寿!」
「母様!」
晏寿の母である瑚蘭が姿を現し、晏寿に抱きつく。
晏寿も感極まって、瑚蘭に縋りついた。
「…大きくなったわねぇ。しかも綺麗になって」
瑚蘭は自身の娘の頬を慈しむようになでる。
それがくすぐったくて、晏寿は笑みを漏らした。
「母様もよくご無事で」
「ふふ、これでも母親ですもの。さ、色々話したいことがあるから中に入りましょう?」
「はいっ」
一度晏寿は荷物を置きに自室に寄った。
軽く荷解きを行っていると、「がしゃんっ!」という大きな音が響く。
晏寿は慌てて音がしたほうに向った。
「あらあら」
「母様、大丈夫?何が…」
それ以上言葉が出なかった。
瞬時に状況を判断できたのである。
ここは勝手場。
床には割れた湯呑。
瑚蘭の手には急須。
瑚蘭がお茶の用意をしようとして、誤って湯呑を落としてしまったのであった。
「か、母様。お茶は私が用意するから、向こうに行ってて?」
「え?でもそれくらい…」
「私上手に淹れられるようになったの!だからそれを母様に披露するから」
「そう…?」
首を傾げながら瑚蘭は勝手場を出ていく。
その後ろ姿を見ながら、晏寿はこっそりため息をついた。
瑚蘭は料理が下手なのだ。
それゆえに小さいときから晏寿が料理担当であった。
なお且つ、瑚蘭はおっとりとした性格なため、ちょっとやそっとのことでは動じない。
だから湯呑を落としても、小さな反応で終わってしまっていたのだった。
改めて晏寿は床を掃除し、茶を淹れる。
そして瑚蘭の待つ部屋まで運んだ。
「はい、母様」
「ありがとう。ふふ、親子水入らずなんて何年ぶりかしら?」
「そうだね。とういか、私は今謹慎処分中だからのんびりしてちゃいけないんだけどね」
「あら、あなた何を今してるの?」
向かい合って座り、晏寿は官吏試験を受けたこと、仕事のこと、何故謹慎になったのかを瑚蘭に説明した。
瑚蘭は女人初の官吏試験合格者である晏寿のことは全く知らなかった。
だから目を丸くしながらその話を聞いていた。
「まぁ…晏寿、あなたすごいことをしていたのね。でも、母として誇らしいわ」
その言葉に晏寿は曖昧に微笑んで返した。
「ところで怜峯は?」
姿の見えない息子のことをようやっと疑問に思ったのだろう。不意に瑚蘭が尋ねた。
「兄様も最近王宮に勤め始めたの。私の上司の計らいで」
「兄妹して王宮勤めなんてすごいわ。それで晏寿の上司の方はどなた?」
「李 儀円殿だよ」
「あら、儀円君なの。彼も出世したわねぇ」
懐かしそうに目を細める。
その反応に晏寿は驚いた。
「大臣のことを知ってるの?」
「ええ、小さいときから怜峯と遊んでいたわ。
何をしてるのかしらって覗いたら、二人でお題を出し合って漢詩をどちらが多く書けるか競っていたわねぇ」
「え、それってどれくらいの年齢の話?」
「七つか八つの頃ね。そのくらいの時にあなたが生まれて、怜峯にかまってあげられなくて。儀円君のお家が近くだったから、怜峯がよく遊びに行ってたのよ」
「そうなんだ…そのくらいの年の子の遊びじゃない気がするけど…」
「『明日は儀円に絶対勝つ!』って言って夜に一生懸命覚えてたわ。昔から二人とも聡明で。
そういえば儀円君は、私に抱かれてる晏寿を初めて見たとき『お嫁さんに下さい』って言ってたわねぇ。それってまだ有効かしら?」
「ぶっ」
思いがけない瑚蘭の発言に晏寿は飲んでいた茶でむせた。
途中王宮で働く怜峯の姿を発見し声をかけようとも思ったが、公私を混同してはならないということで思いとどまった。
自宅の前に立ち、少ししか離れていなかったのに、帰ってくるたびに久々に帰ってきたように感じる。
しかし、今回は人質にとられていた母がいる。
母に早く会いたいという気持ちで門をくぐった。
「ただいま帰りました」
玄関で声をかけると奥のほうから、ぱたぱたという足音が聞こえた。
「…晏寿!」
「母様!」
晏寿の母である瑚蘭が姿を現し、晏寿に抱きつく。
晏寿も感極まって、瑚蘭に縋りついた。
「…大きくなったわねぇ。しかも綺麗になって」
瑚蘭は自身の娘の頬を慈しむようになでる。
それがくすぐったくて、晏寿は笑みを漏らした。
「母様もよくご無事で」
「ふふ、これでも母親ですもの。さ、色々話したいことがあるから中に入りましょう?」
「はいっ」
一度晏寿は荷物を置きに自室に寄った。
軽く荷解きを行っていると、「がしゃんっ!」という大きな音が響く。
晏寿は慌てて音がしたほうに向った。
「あらあら」
「母様、大丈夫?何が…」
それ以上言葉が出なかった。
瞬時に状況を判断できたのである。
ここは勝手場。
床には割れた湯呑。
瑚蘭の手には急須。
瑚蘭がお茶の用意をしようとして、誤って湯呑を落としてしまったのであった。
「か、母様。お茶は私が用意するから、向こうに行ってて?」
「え?でもそれくらい…」
「私上手に淹れられるようになったの!だからそれを母様に披露するから」
「そう…?」
首を傾げながら瑚蘭は勝手場を出ていく。
その後ろ姿を見ながら、晏寿はこっそりため息をついた。
瑚蘭は料理が下手なのだ。
それゆえに小さいときから晏寿が料理担当であった。
なお且つ、瑚蘭はおっとりとした性格なため、ちょっとやそっとのことでは動じない。
だから湯呑を落としても、小さな反応で終わってしまっていたのだった。
改めて晏寿は床を掃除し、茶を淹れる。
そして瑚蘭の待つ部屋まで運んだ。
「はい、母様」
「ありがとう。ふふ、親子水入らずなんて何年ぶりかしら?」
「そうだね。とういか、私は今謹慎処分中だからのんびりしてちゃいけないんだけどね」
「あら、あなた何を今してるの?」
向かい合って座り、晏寿は官吏試験を受けたこと、仕事のこと、何故謹慎になったのかを瑚蘭に説明した。
瑚蘭は女人初の官吏試験合格者である晏寿のことは全く知らなかった。
だから目を丸くしながらその話を聞いていた。
「まぁ…晏寿、あなたすごいことをしていたのね。でも、母として誇らしいわ」
その言葉に晏寿は曖昧に微笑んで返した。
「ところで怜峯は?」
姿の見えない息子のことをようやっと疑問に思ったのだろう。不意に瑚蘭が尋ねた。
「兄様も最近王宮に勤め始めたの。私の上司の計らいで」
「兄妹して王宮勤めなんてすごいわ。それで晏寿の上司の方はどなた?」
「李 儀円殿だよ」
「あら、儀円君なの。彼も出世したわねぇ」
懐かしそうに目を細める。
その反応に晏寿は驚いた。
「大臣のことを知ってるの?」
「ええ、小さいときから怜峯と遊んでいたわ。
何をしてるのかしらって覗いたら、二人でお題を出し合って漢詩をどちらが多く書けるか競っていたわねぇ」
「え、それってどれくらいの年齢の話?」
「七つか八つの頃ね。そのくらいの時にあなたが生まれて、怜峯にかまってあげられなくて。儀円君のお家が近くだったから、怜峯がよく遊びに行ってたのよ」
「そうなんだ…そのくらいの年の子の遊びじゃない気がするけど…」
「『明日は儀円に絶対勝つ!』って言って夜に一生懸命覚えてたわ。昔から二人とも聡明で。
そういえば儀円君は、私に抱かれてる晏寿を初めて見たとき『お嫁さんに下さい』って言ってたわねぇ。それってまだ有効かしら?」
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