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第4章 後宮潜入編
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その後。
糸 稜現は京雅によって地方に飛ばされ、隠居を余儀なくされた。
また、秀英と景雲によって調べ上げられた人身売買への関与も認められたことも要因となり、糸家は王宮での権限を失った。
そして、糸家は落ちぶれていった。
秀英と景雲はこの時のことが評価され、二階級進級した。
糸家から多大な被害を受けていた柳家は生計をたてなおし、晏寿の兄・怜峯が王宮に登用されることとなった。
このとき後ろ立てとなったのが晏寿の上司である李 儀円であった。
というのも、二人は小さいときから仲のよかった友人であったのだ。
秀英と景雲は最初、儀円の横に怜峯が立っていることにとても驚いたが、事情を理解するのに時間はかからなかった。
そのころの晏寿はというと京雅に自分の素性を話してしまったため、これ以上京雅の教育係が続けられなくなった。
そして儀円から文が届き、今の仕事を退任することが決まった。
それに反発したのは言わずもがな京雅である。
「絶対やだ。どうして僕と安を引き離そうとするの」
「どうしてと言いましても…私が京雅様に自分の仕事について話してしまったので、これ以上続けられないという私の上司の判断です」
「安にとって上司でも、僕にとっては部下だもん。いいよ、僕が話をつけてくるから」
むすっとして譲らない京雅に、晏寿はほとほと困っていた。
「京雅様、我儘をおっしゃらないでください。
私は京雅様が一人前になるための教育係でした。そして今や京雅様は立派になられて、なお且つ国のこと、民のことをしっかりと考えられるほどに成長しました。だから私はお役御免です」
「僕のお嫁さんっていう仕事が残ってるよ」
「それは縁談避けと貴方の傍にいても怪しまれないようにするためのものでしたから」
ああ言えばこう言う、というのはこういうことだろうか。
晏寿はどう言えば納得してもらえるのだろうかと悩んでいた。
すると、京雅は視線を下に向けて呟く。
「…これ以上言ったって安をただ困らせるだけかな」
「京雅様…」
「僕は安を困らせたいわけじゃない」
切なそうな表情で言葉を紡ぐ。
晏寿は庇護欲に駆られるが、ぐっと留まる。
「だから今は安を家に帰してあげる。だけど、いつか絶対迎えに行くから」
「…」
「よく考えてみたら安は柳家の娘でしょ?貴族じゃない。なら身分も問題ないし」
「貴族だったのは過去の話で、今は落ちぶれております」
自分で言って悲しくなるが、事実だから仕方がない。自嘲気味に言う。
それを見て京雅はきょとんとなる。
「安、知らないの?糸家を追いやったから柳家は立て直したんだよ。確か、柳家の人がこの間王宮入りしたはずだけど」
「え…!?もしかして兄が…?」
「安心した?これで安はいつでも僕のお嫁さんになってもいいんだよ。君が官吏になった理由は糸家の存在なわけで、お兄さんが王宮で勤めてるってなれば懸念することなんて何もないから」
「私の婚姻と兄の王宮勤めは関係ありませんが…ひとまずはほっとしました」
ほっと息をつく晏寿。
その安心した表情を見て、京雅も穏やかな気持ちになった。
「まぁ、とにかく今までありがとう。今回は帰してあげるけど、いずれは『柳 晏寿』に縁組を出すから。覚悟しててよ?」
「…わかりました。考えておきます」
「本当、損してるからね。皇太子妃になれるっていうのに、わざわざ蹴るなんて」
「そういう軽い者ではないので」
「うん、知ってる。だから安が良いし、好きなんだ」
今の自分には京雅の気持ちには答えられない。
罪悪感に苛まれる。
けれど、それ以上に無理強いせずに晏寿の意思を尊重してくれる京雅に感謝していた。
京雅が一言言えば自分の意思など関係なしに京雅の物になることは重々わかっていながらも、京雅はそれを実行しなかった。
これも成長の証である。
前の京雅に欠落していた部分が今ではしっかりと埋まっている。晏寿はそれを嬉しく思いながら、後宮を出た。
「あーあ。本当に帰っちゃったんだなぁ…」
晏寿がいなくなった部屋で窓からぼんやりと外を眺め、呟く。そこに紅露が近付き、近くの机に茶の入った湯呑を置いた。
「君も帰ってよかったのに。君は安の侍女でしょ」
「確かに私はお姉様の傍にいたくて、ここに来ました。けれど、私はまだ殿下にお茶の味を認められておりませんので、帰るわけにはいきません。このまま帰ってしまえば、負けも同然です」
「ふぅん?」
紅露は一礼して下がる。
徐に茶に手を伸ばして、京雅は一口飲んだ。
「…、四十五点かな」
満点にはまだほど遠い。
糸 稜現は京雅によって地方に飛ばされ、隠居を余儀なくされた。
また、秀英と景雲によって調べ上げられた人身売買への関与も認められたことも要因となり、糸家は王宮での権限を失った。
そして、糸家は落ちぶれていった。
秀英と景雲はこの時のことが評価され、二階級進級した。
糸家から多大な被害を受けていた柳家は生計をたてなおし、晏寿の兄・怜峯が王宮に登用されることとなった。
このとき後ろ立てとなったのが晏寿の上司である李 儀円であった。
というのも、二人は小さいときから仲のよかった友人であったのだ。
秀英と景雲は最初、儀円の横に怜峯が立っていることにとても驚いたが、事情を理解するのに時間はかからなかった。
そのころの晏寿はというと京雅に自分の素性を話してしまったため、これ以上京雅の教育係が続けられなくなった。
そして儀円から文が届き、今の仕事を退任することが決まった。
それに反発したのは言わずもがな京雅である。
「絶対やだ。どうして僕と安を引き離そうとするの」
「どうしてと言いましても…私が京雅様に自分の仕事について話してしまったので、これ以上続けられないという私の上司の判断です」
「安にとって上司でも、僕にとっては部下だもん。いいよ、僕が話をつけてくるから」
むすっとして譲らない京雅に、晏寿はほとほと困っていた。
「京雅様、我儘をおっしゃらないでください。
私は京雅様が一人前になるための教育係でした。そして今や京雅様は立派になられて、なお且つ国のこと、民のことをしっかりと考えられるほどに成長しました。だから私はお役御免です」
「僕のお嫁さんっていう仕事が残ってるよ」
「それは縁談避けと貴方の傍にいても怪しまれないようにするためのものでしたから」
ああ言えばこう言う、というのはこういうことだろうか。
晏寿はどう言えば納得してもらえるのだろうかと悩んでいた。
すると、京雅は視線を下に向けて呟く。
「…これ以上言ったって安をただ困らせるだけかな」
「京雅様…」
「僕は安を困らせたいわけじゃない」
切なそうな表情で言葉を紡ぐ。
晏寿は庇護欲に駆られるが、ぐっと留まる。
「だから今は安を家に帰してあげる。だけど、いつか絶対迎えに行くから」
「…」
「よく考えてみたら安は柳家の娘でしょ?貴族じゃない。なら身分も問題ないし」
「貴族だったのは過去の話で、今は落ちぶれております」
自分で言って悲しくなるが、事実だから仕方がない。自嘲気味に言う。
それを見て京雅はきょとんとなる。
「安、知らないの?糸家を追いやったから柳家は立て直したんだよ。確か、柳家の人がこの間王宮入りしたはずだけど」
「え…!?もしかして兄が…?」
「安心した?これで安はいつでも僕のお嫁さんになってもいいんだよ。君が官吏になった理由は糸家の存在なわけで、お兄さんが王宮で勤めてるってなれば懸念することなんて何もないから」
「私の婚姻と兄の王宮勤めは関係ありませんが…ひとまずはほっとしました」
ほっと息をつく晏寿。
その安心した表情を見て、京雅も穏やかな気持ちになった。
「まぁ、とにかく今までありがとう。今回は帰してあげるけど、いずれは『柳 晏寿』に縁組を出すから。覚悟しててよ?」
「…わかりました。考えておきます」
「本当、損してるからね。皇太子妃になれるっていうのに、わざわざ蹴るなんて」
「そういう軽い者ではないので」
「うん、知ってる。だから安が良いし、好きなんだ」
今の自分には京雅の気持ちには答えられない。
罪悪感に苛まれる。
けれど、それ以上に無理強いせずに晏寿の意思を尊重してくれる京雅に感謝していた。
京雅が一言言えば自分の意思など関係なしに京雅の物になることは重々わかっていながらも、京雅はそれを実行しなかった。
これも成長の証である。
前の京雅に欠落していた部分が今ではしっかりと埋まっている。晏寿はそれを嬉しく思いながら、後宮を出た。
「あーあ。本当に帰っちゃったんだなぁ…」
晏寿がいなくなった部屋で窓からぼんやりと外を眺め、呟く。そこに紅露が近付き、近くの机に茶の入った湯呑を置いた。
「君も帰ってよかったのに。君は安の侍女でしょ」
「確かに私はお姉様の傍にいたくて、ここに来ました。けれど、私はまだ殿下にお茶の味を認められておりませんので、帰るわけにはいきません。このまま帰ってしまえば、負けも同然です」
「ふぅん?」
紅露は一礼して下がる。
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「…、四十五点かな」
満点にはまだほど遠い。
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