48 / 133
第4章 後宮潜入編
5
しおりを挟む
翌日、晏寿は儀円に先導されながら妃用の格好でとある部屋へと向かった。
その部屋に着くと先に儀円が入っていく。
「大臣を仰せつかっております、李 儀円でございます。本日は殿下に一人の女人と拝謁していただきたく参りました」
晏寿は緊張して外で待っていた。
そして儀円に呼ばれて中に入っていく。
中には儀円ともう一人、青年がいた。
たれ目と泣きぼくろが印象的だった。
彼の身につけている服の生地は見るからに上等そうで、晏寿は委縮する。
「李大臣、彼女?」
「はい。この者を殿下の妃に迎えようと思っております」
「へぇ…」
青年はまるで他人事のような反応である。
晏寿はこれまでの流れから、彼が宝 京雅であると認識した。
「挨拶を」
「はい」
晏寿は少し前に出て恭しく頭を下げた。
「授 安里と申します、よしなに」
「うん、僕は宝 京雅。よろしくね」
ふにゃっと笑うと柔らかいくせのついた髪が揺れる。
こうして顔合わせは終わり、さっさと儀円は出ていった。
いきなり二人きりになり、晏寿はどうしたものかと考える。
とにかく京雅のことを知らなければと思い、声をかける。
「あの、殿下」
「何?」
「殿下は何か疑問に思うことはございませんか?」
「あるよ」
漠然とした質問をしてしまったと思っていたが、晏寿の心配は余所にあっさりとしている京雅。ゆっくりとした動作で立っている晏寿を見上げる。
「とりあえず座ったら?」
「は、はい。失礼いたします」
京雅に距離をとって座る晏寿。
柔らかい視線を晏寿に向けて京雅は首を傾げた。
「じゃあ質問に答えるね。どうしてそんなに仰々しく話すの?」
「それは、貴方様がこの国の皇太子殿下だからにございます」
「でもこれから夫婦になるんでしょ?」
「…けれど」
「そもそも夫婦ってどうしたらいいの?」
「え…」
「父と会うときは母がいなかったし、母と会うときは父がいなかったから。だから二人でどんな会話をしたのかもどんな表情でお互いを見てたのかも知らない。君はそれを教えてくれるの?」
京雅の逸脱した話に晏寿は呆気にとられた。
そんな中でも、一つのことが判明した。
普通ならば生まれたときは“ただ”の赤ん坊だが、この人は生まれたときから「皇太子殿下」で、この国の次期国王なのだ。
普通の子供のようには接してもらっておらず、周りから一定の距離を保たれたまま今まで接せられてきたのだった。
だからどこか人間として足らない部分を晏寿は感じていた。
そして自分のしなければならない『使命』を今理解した。
『宝 京雅を人間にする』
ただの教育係ではなく、京雅の欠落している部分を埋めていくこと。これが真の仕事だったのだった。
理解した晏寿は京雅との間に自然にとっていた距離をつめて真っすぐ見つめた。
「貴方様は生まれたときから『皇太子殿下』なのですね」
「?」
「それなら私は貴方を一人の人間、『宝 京雅』として見つめます」
「どういうこと?」
「私は貴方の味方だということです。わからないことがあれば、私に何でもおっしゃってください。その代わり、私ももう遠慮しません」
「遠慮しないって?」
「二人きりのときは普通に接します。
人の目がある時はそうはいきませんが…これからは『殿下』とは呼ばずに『京雅様』とお呼びます」
「京雅様…か」
晏寿の申し出にどこか納得いかないような顔をする。何か気分を害したのだろうかと晏寿は不安になった。
「様もいらないんだけどなぁ。あと敬語も」
「…善処します」
そう言うと京雅はふふっと笑った。
楽しそうな京雅の姿を見て、心が温かくなる気がした晏寿であった。
しかし、この短時間で京雅という人は、王の器としても人としても足らない所だらけで、これから骨が折れるなと感じたのだった。
その部屋に着くと先に儀円が入っていく。
「大臣を仰せつかっております、李 儀円でございます。本日は殿下に一人の女人と拝謁していただきたく参りました」
晏寿は緊張して外で待っていた。
そして儀円に呼ばれて中に入っていく。
中には儀円ともう一人、青年がいた。
たれ目と泣きぼくろが印象的だった。
彼の身につけている服の生地は見るからに上等そうで、晏寿は委縮する。
「李大臣、彼女?」
「はい。この者を殿下の妃に迎えようと思っております」
「へぇ…」
青年はまるで他人事のような反応である。
晏寿はこれまでの流れから、彼が宝 京雅であると認識した。
「挨拶を」
「はい」
晏寿は少し前に出て恭しく頭を下げた。
「授 安里と申します、よしなに」
「うん、僕は宝 京雅。よろしくね」
ふにゃっと笑うと柔らかいくせのついた髪が揺れる。
こうして顔合わせは終わり、さっさと儀円は出ていった。
いきなり二人きりになり、晏寿はどうしたものかと考える。
とにかく京雅のことを知らなければと思い、声をかける。
「あの、殿下」
「何?」
「殿下は何か疑問に思うことはございませんか?」
「あるよ」
漠然とした質問をしてしまったと思っていたが、晏寿の心配は余所にあっさりとしている京雅。ゆっくりとした動作で立っている晏寿を見上げる。
「とりあえず座ったら?」
「は、はい。失礼いたします」
京雅に距離をとって座る晏寿。
柔らかい視線を晏寿に向けて京雅は首を傾げた。
「じゃあ質問に答えるね。どうしてそんなに仰々しく話すの?」
「それは、貴方様がこの国の皇太子殿下だからにございます」
「でもこれから夫婦になるんでしょ?」
「…けれど」
「そもそも夫婦ってどうしたらいいの?」
「え…」
「父と会うときは母がいなかったし、母と会うときは父がいなかったから。だから二人でどんな会話をしたのかもどんな表情でお互いを見てたのかも知らない。君はそれを教えてくれるの?」
京雅の逸脱した話に晏寿は呆気にとられた。
そんな中でも、一つのことが判明した。
普通ならば生まれたときは“ただ”の赤ん坊だが、この人は生まれたときから「皇太子殿下」で、この国の次期国王なのだ。
普通の子供のようには接してもらっておらず、周りから一定の距離を保たれたまま今まで接せられてきたのだった。
だからどこか人間として足らない部分を晏寿は感じていた。
そして自分のしなければならない『使命』を今理解した。
『宝 京雅を人間にする』
ただの教育係ではなく、京雅の欠落している部分を埋めていくこと。これが真の仕事だったのだった。
理解した晏寿は京雅との間に自然にとっていた距離をつめて真っすぐ見つめた。
「貴方様は生まれたときから『皇太子殿下』なのですね」
「?」
「それなら私は貴方を一人の人間、『宝 京雅』として見つめます」
「どういうこと?」
「私は貴方の味方だということです。わからないことがあれば、私に何でもおっしゃってください。その代わり、私ももう遠慮しません」
「遠慮しないって?」
「二人きりのときは普通に接します。
人の目がある時はそうはいきませんが…これからは『殿下』とは呼ばずに『京雅様』とお呼びます」
「京雅様…か」
晏寿の申し出にどこか納得いかないような顔をする。何か気分を害したのだろうかと晏寿は不安になった。
「様もいらないんだけどなぁ。あと敬語も」
「…善処します」
そう言うと京雅はふふっと笑った。
楽しそうな京雅の姿を見て、心が温かくなる気がした晏寿であった。
しかし、この短時間で京雅という人は、王の器としても人としても足らない所だらけで、これから骨が折れるなと感じたのだった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。
櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。
夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。
ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。
あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ?
子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。
「わたくしが代表して修道院へ参ります!」
野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。
この娘、誰!?
王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。
主人公は猫を被っているだけでお転婆です。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
異世界から来た娘、武官になるために奮闘する〜相変わらずイケメンに囲まれていますがそれどころじゃありません〜
京
恋愛
異世界に迷い込んでしまった普通の女子高生だった朱璃も祇国にきて早3年。偶然出会った人たちに助けられ自分の居場所を見つけ出すことが出来た。そしてあたたく支えてくれる人たちの為に、この国の為に恩返しをしたい朱璃が自分に何ができるかと考える。
そんな朱璃の次の目標は「武官になる事」
武修院へ入隊し過保護な保護者たちに見守られながら、あいかわらず無自覚的に問題を起こし、周りを巻き込みながら頑張るシーズン2。
助けてくれた人達は何故かイケメンが多く、モテ期到来!なのだが生きていくことに必死でそれどころではないという残念な娘に成長した朱璃だが(誰のせいかはシーズン1を読んでいただけたら少し分かると思います)今回はちょっぴり春の予感!?
続編遅くなってすみません。待っていて下さった方のご期待に沿えるよう頑張りますが、今回は1週に1話くらいの鈍亀ペースになります。申し訳ありませんがお許し下さい。(事情は近況ボードに少し載せています)
初めましての方。この話だけで分かるように努力しますが拙文の為シーズン1を先に読んでくださることお勧めします。どうぞ宜しくお願いします。
偽物の女神と陥れられ国を追われることになった聖女が、ざまぁのために虎視眈々と策略を練りながら、辺境の地でゆったり楽しく領地開拓ライフ!!
銀灰
ファンタジー
生まれたときからこの身に宿した聖女の力をもって、私はこの国を守り続けてきた。
人々は、私を女神の代理と呼ぶ。
だが――ふとした拍子に転落する様は、ただの人間と何も変わらないようだ。
ある日、私は悪女ルイーンの陰謀に陥れられ、偽物の女神という烙印を押されて国を追いやられることとなった。
……まあ、いいんだがな。
私が困ることではないのだから。
しかしせっかくだ、辺境の地を切り開いて、のんびりゆったりとするか。
今まで、そういった機会もなかったしな。
……だが、そうだな。
陥れられたこの借りは、返すことにするか。
女神などと呼ばれてはいるが、私も一人の人間だ。
企みの一つも、考えてみたりするさ。
さて、どうなるか――。
転生幼女は幸せを得る。
泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!?
今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?
ラララキヲ
ファンタジー
姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。
両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。
妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。
その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。
姉はそのお城には入れない。
本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。
しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。
妹は騒いだ。
「お姉さまズルい!!」
そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。
しかし…………
末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。
それは『悪魔召喚』
悪魔に願い、
妹は『姉の全てを手に入れる』……──
※作中は[姉視点]です。
※一話が短くブツブツ進みます
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん
夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。
のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる