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第3章 休暇編
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食事が済んで暫くしてから紅露は、しっかりと明日も料理をする約束をして帰っていった。
「なぁ。晏寿」
紅露を見送った玄関先で、怜峯が尋ねた。
「伯家と紅露殿は名乗っていたが、まさか伯 秀英の妹…か?」
「そうだよ」
晏寿はあっさりと認めた。紅露の立ち振る舞いから、良家の出身であるのは一目瞭然であったし、隠す必要もないと思ったからだ。
兄の次は妹か…と怜峯は複雑な思いを抱え込むのだった。
所変わって伯家の屋敷。
部屋で書物を読んでいた秀英は廊下をぱたぱたと走る音に耳を傾けた。
このように廊下を走る人物は一人しかいないし、このあとの行動もわかっていたからだ。
「お兄様!」
すぱんっと勢いよく紅露は秀英の部屋の扉を開けて、嬉しそうに入ってくる。
紅露は昔から嬉しいこと、悲しいことがあるとすぐに秀英に話しにきていた。
そして勢いよく扉を開けるのも癖になっていて、何度咎めても直そうとしないので秀英も言うのをやめたのだった。
「お兄様聞いて下さいませ!私、初めて料理をしましたの!」
「料理を?」
この家で紅露が料理をさせてもらえるなどあり得ない。
そう思った秀英は思わず聞き返した。
珍しく反応を示した兄に、更に嬉しくなった紅露は先程までのことを話し始めた。
「街で出会ったお姉様がとても素晴らしい方で、そのお姉様から教わりましたの。
不格好な料理でしたけど、上手にできたって褒めてくださって。明日も習いに行ってきますわ」
「ちょっと待て、紅露。今日会った女人について行って、なお且つ家にまであがったのか?」
「?はい」
「もし人攫いだったらどうする。そんな危険な場所に行くのはやめろ。明日も行くんじゃない」
紅露の行動に驚いた秀英は、妹が無事に帰ってきたことにほっとしたと同時に軽率な所を咎めた。
しかし、紅露は納得しなかった。
「どうして?とてもお優しい方なのに。凛としていて、料理もお上手で。
晏寿お姉様は――」
「…晏寿?」
馴染みのある名前が出てきて、秀英は「うん?」と頭をひねった。
「紅露。お前の言う『お姉様』は『柳 晏寿』か?」
「はい!お兄様のお仕事仲間の晏寿お姉様ですわ」
それを聞いた秀英は肩をがくんと落として脱力した。秀英の態度に今度は紅露が小首を傾げた。
「お兄様?」
「…いや、晏寿なら最初からそう言ってくれ。
晏寿になら任せられる。粗相のないように」
「はい!」
元気よく頷いた紅露は再び勢いよく秀英の部屋を出ていった。
秀英は急に疲れがやってきて、読みかけの書物も読む気にもなれずに机に突っ伏した。
部屋を飛び出した紅露はというと。
「お兄様の許可もおりてよかった。早く明日にならないかしら」
庭の花を見ながら御機嫌に一人言を言っていた。
「はぁ、それにしてもお姉様が本当のお姉様だったらよかったのに。そしたら毎日一緒にいられるのになぁ…」
花をつんつんとつつきながら、考え込む。
そして、これ妙案とばかりにぱっと顔をあげた。
「そうだ!お姉様がお兄様のお嫁さんになればいいんだわ!」
こうして紅露の『晏寿を本当の姉にしよう作戦』が始まるのだった。
「なぁ。晏寿」
紅露を見送った玄関先で、怜峯が尋ねた。
「伯家と紅露殿は名乗っていたが、まさか伯 秀英の妹…か?」
「そうだよ」
晏寿はあっさりと認めた。紅露の立ち振る舞いから、良家の出身であるのは一目瞭然であったし、隠す必要もないと思ったからだ。
兄の次は妹か…と怜峯は複雑な思いを抱え込むのだった。
所変わって伯家の屋敷。
部屋で書物を読んでいた秀英は廊下をぱたぱたと走る音に耳を傾けた。
このように廊下を走る人物は一人しかいないし、このあとの行動もわかっていたからだ。
「お兄様!」
すぱんっと勢いよく紅露は秀英の部屋の扉を開けて、嬉しそうに入ってくる。
紅露は昔から嬉しいこと、悲しいことがあるとすぐに秀英に話しにきていた。
そして勢いよく扉を開けるのも癖になっていて、何度咎めても直そうとしないので秀英も言うのをやめたのだった。
「お兄様聞いて下さいませ!私、初めて料理をしましたの!」
「料理を?」
この家で紅露が料理をさせてもらえるなどあり得ない。
そう思った秀英は思わず聞き返した。
珍しく反応を示した兄に、更に嬉しくなった紅露は先程までのことを話し始めた。
「街で出会ったお姉様がとても素晴らしい方で、そのお姉様から教わりましたの。
不格好な料理でしたけど、上手にできたって褒めてくださって。明日も習いに行ってきますわ」
「ちょっと待て、紅露。今日会った女人について行って、なお且つ家にまであがったのか?」
「?はい」
「もし人攫いだったらどうする。そんな危険な場所に行くのはやめろ。明日も行くんじゃない」
紅露の行動に驚いた秀英は、妹が無事に帰ってきたことにほっとしたと同時に軽率な所を咎めた。
しかし、紅露は納得しなかった。
「どうして?とてもお優しい方なのに。凛としていて、料理もお上手で。
晏寿お姉様は――」
「…晏寿?」
馴染みのある名前が出てきて、秀英は「うん?」と頭をひねった。
「紅露。お前の言う『お姉様』は『柳 晏寿』か?」
「はい!お兄様のお仕事仲間の晏寿お姉様ですわ」
それを聞いた秀英は肩をがくんと落として脱力した。秀英の態度に今度は紅露が小首を傾げた。
「お兄様?」
「…いや、晏寿なら最初からそう言ってくれ。
晏寿になら任せられる。粗相のないように」
「はい!」
元気よく頷いた紅露は再び勢いよく秀英の部屋を出ていった。
秀英は急に疲れがやってきて、読みかけの書物も読む気にもなれずに机に突っ伏した。
部屋を飛び出した紅露はというと。
「お兄様の許可もおりてよかった。早く明日にならないかしら」
庭の花を見ながら御機嫌に一人言を言っていた。
「はぁ、それにしてもお姉様が本当のお姉様だったらよかったのに。そしたら毎日一緒にいられるのになぁ…」
花をつんつんとつつきながら、考え込む。
そして、これ妙案とばかりにぱっと顔をあげた。
「そうだ!お姉様がお兄様のお嫁さんになればいいんだわ!」
こうして紅露の『晏寿を本当の姉にしよう作戦』が始まるのだった。
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