上 下
30 / 133
第2章 北楊村編

13

しおりを挟む
景雲が仕事をしていた場所に戻る途中、秀英とすれ違った。

「秀英、仕事は?」
「一息ついたから、晏寿の様子を見ようと…」
「晏寿には休むよう言っといた。
疲れも相まって酒の周りが早かったんだろうよ」
「…そうか」

そこまで言うと、秀英はもと来た道を戻ろうとする。
その行動に景雲は驚き、思わず腕を引っ張った。

「え、は?
晏寿の所に行くんじゃなかったのか?」
「お前から様子は聞いたから行く必要はないだろう」
「いやいや、見るのと聞くのとじゃ違うだろ!
一目見れば自分が安心するから、お前も見て来い」
「そういうものなのか?」
「ああ!」

秀英の少しずれた価値観に景雲は呆れ、秀英を晏寿の元へと行かせた。
晏寿のもとに着いた秀英はゆっくりと扉を開けて中の晏寿の様子を伺った。
薄い布団の中で晏寿が横になっている。
そばに腰をおろして、晏寿を眺める。

「少し…青白いな」

晏寿の頬を撫でて目を細めた。

最近は通常業務である村の田畑の手伝いに加え、酒造りで昼夜問わずの温度管理と続いてきた。
身体を酷使していたところへの初めての酒で全てが今表に出てきてしまったのであろう。

男の秀英と景雲でさえ夜は疲労ですぐ寝てしまうのに、身体の作りの全く違う女の晏寿が秀英達と同等に働くことのほうが難しい話なのだ。

それに気づくのが遅かったと改めて晏寿の姿を見て、後悔する秀英だった。

「ん…、しゅ、えぃ?」
「!すまない、起こしたか」

うっすらと目を開けて秀英を確認する晏寿。
慌てて頬を撫でていた手を引っ込めた。

「うとうとしてた…。何か仕事、ある?」

だるそうに体を起こす。しかし、それを秀英が制した。
肩を押さえられ、再び横になるよう促された。

「おとなしくしていろと景雲にも言われたんだろう。今日は体を休めろ」
「でも…」
「いいから」

一度引っ込めた手をまた伸ばし、今度は晏寿の頭を撫でた。
景雲のそれにも晏寿は驚いたが、そんな行動に全く縁のないような秀英までもが行ったため更に驚いた。

「無理はするな。体を壊したら元も子もない」
「…ごめん、迷惑かけて。明日は頑張るから」
「頑張らなくていい。
晏寿は十分やっている。誰かに認めてもらいたくてやっていたのなら、俺も景雲も、ここの村人たちもとっくの昔に晏寿を認めている。
それに、一度も迷惑なんて思ったことはない。
ただ――心配なんだ」

苦々しそうに言う秀英に、晏寿は目を見開いた。
秀英の言動に先程から驚かされてばかりいる。
秀英のほうが休むべきではないのかと思いはじめていた。

けれど、ぎこちない手つきに。
言い慣れていない言葉に。

晏寿は強い安心感を感じ、だんだんと意識が遠のいていった。



一日体を休めた晏寿。
次の日はすっかり回復し、仕事に復帰した。

「秀英、景雲。昨日はありがとう。
二人も疲れたら言ってね。ちゃんと休まなきゃ駄目よ?」

朝一番に二人に言う。
それに対して秀英はふっと笑い、景雲はにやっとしながら晏寿を覗き込んだ。

「倒れた奴がそれを言うか?
まぁ、俺が倒れたときは晏寿が献身的に看病してくれるのだろう?」
「はいはい。
その時は“ぎょくばぁ”に頼むわ」
「玉ばぁは勘弁…」


紅玉果こうぎょくか、通称“玉ばぁ”と呼ばれる齢70の御老女。
村の住民で、景雲のことがお気に入り。

そして、景雲は彼女のことが苦手だった。

毎日のように晏寿は景雲にちょっかいを出されているので扱いに慣れていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

(完結)獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ
ファンタジー
ドラゴンのいる辺境グランノットに、王と踊り子の間に生まれた王子リエレは婿としてやってきた。 歓迎されるはずもないと思っていたが、獅子姫ヴェネッダは大変に好意的、素直、あけっぴろげ、それはそれで思惑のあるリエレは困ってしまう。 「初めまして、婿殿。……うん? いや、ちょっと待って。話には聞いていたがとんでもなく美形だな」 「……お初にお目にかかる」  唖然としていたリエレがどうにか挨拶すると、彼女は大きく口を開いて笑った。 「皆、見てくれ! 私の夫はなんと美しいのだろう!」

異世界でスローライフを満喫する為に

美鈴
ファンタジー
ホットランキング一位本当にありがとうございます! 【※毎日18時更新中】 タイトル通り異世界に行った主人公が異世界でスローライフを満喫…。出来たらいいなというお話です! ※カクヨム様にも投稿しております ※イラストはAIアートイラストを使用

ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~

楠富 つかさ
ファンタジー
 地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。  そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。  できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!! 第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!

異世界召喚されて捨てられた僕が邪神であることを誰も知らない……たぶん。

レオナール D
ファンタジー
異世界召喚。 おなじみのそれに巻き込まれてしまった主人公・花散ウータと四人の友人。 友人達が『勇者』や『聖女』といった職業に選ばれる中で、ウータだけが『無職』という何の力もないジョブだった。 ウータは金を渡されて城を出ることになるのだが……召喚主である国王に嵌められて、兵士に斬殺されてしまう。 だが、彼らは気がついていなかった。ウータは学生で無職ではあったが、とんでもない秘密を抱えていることに。 花散ウータ。彼は人間ではなく邪神だったのである。 

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました

mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。 なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。 不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇 感想、ご指摘もありがとうございます。 なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。 読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。 お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

処理中です...