欠けた翼はもういらない

結月彩夜

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欠けた翼はもういらない

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それは、美しい花の咲き乱れる季節のことだった。

酷く綺麗な月が昇ったその日、一つの国が滅びた。

その国は背に羽根を持つ種族が治めた国で、どこかおとぎ話のような美しさをもつ国だった。
自然に溶け込んだ独特で繊細な美しさは失われ、いまや見る影もなくがれきの山があるばかりで。
火の手もいまだおさまっていない。

国の象徴であった白く荘厳な城は他国の兵士によって占領され打ち捨てられた旗は踏み跡が残っていた。

国の『礎』を守らんとした騎士と王族はそのほとんどが死に絶えて床に伏していて、生きているのは幼い第3王子と第5王女と羽根を失ったせいで狂っていると噂の第3王女のみとなっていた。

「これでは話にもなりません……どういたしましょう」
側近にそう問われた若き公爵にして将軍は、どうしたものかと頭を悩ませた。
なにせ、話せそうな責任者がことごとく死亡している。
「もはやわざととしか思えん……」
姉の腕に抱かれながら、気絶している6歳の王女と5歳の王女はまあいい。そういうものなのだから。
有翼種は自分より小さな生き物を死力をとして守るのだという。…かつて誰かに教えてもらったのだ。
第3王女は狂っているから生き残ったのだろう。
彼女は確かに正気ではないのだろう。でなければ彼女が親兄弟に臣下までがそろって死んでいて、彼らから流れ出した血で自分の白いドレスが赤く染まっていることに気づきながらも、その原因である我々にニコニコと笑いかけているこの状況はどう説明すればいいのだろうか。

さっきからこちらが何を言ってもニコニコと笑うばかりで話にならないのだ。
ふざけるなといいたいが、決してふざけているわけではないのだろう。
なぜ、この城の者は上層部がことごとく死亡しているのだろうか。
上層部は大体最後まで残っているのが通常なのだが。
「あなたたちは弟と妹を殺すのかしら」
ふいに話しかけられて唖然とした。さっきまで一切口をきかなかったのだから。
「おまえ喋れたのか!」
「あなたたちは弟と妹を殺すのかしら」
同じ言葉しか話さないのか……期待したこちらがバカだった。
「どうだろうな」
「小さいこは守らなきゃなの」
16だか7だかの王女の言葉にしてはやけに幼かった。



「は?」

自分の口から間抜けな声が漏れた。
羽根を失って狂ったはずの王女になぜ羽根がある?
光り輝くような真っ白で美しい羽根だった。

そこからは一瞬の出来事だった。
まるで重さがないかのように王子と王女を抱えたままふわりと浮き上がる。
そうして開け放ったままのバルコニーからバサリと飛び立った。
「は!?」
止める隙がなかった。咄嗟に剣に手をかけたが、それ以上は何もできなかった。
現場に居合わせた全員が唖然として顔を見合わせた。
「……嘘だろう?」


あの日からずっと私の意識はぼんやりとしていて、すべてが夢の中の出来事のようだった。

私の大切なひと。
これからの人生を共に生きていくはずだった人。
あの日私はそれを失ってしまった。
助けられなかった。

結婚はまだしていなくて。
まだあの時は婚約者だったけれど。
もう少しで結婚式を執り行う予定だった。

その日が来ることは永遠にない。

私は自分があまりにも無力なのだとあの日知った。知ってしまった。
あの日も、今日みたいに美しい花々が咲き誇っていて。
郊外の屋敷に行くはずだったのだ。花を見に行く予定で馬車に乗っていて。

私たちをのせたまま谷底に落ちていく馬車。
私をかばって死んだ私の大切な人。
燃え盛るような恋ではなくて。穏やかな信頼の上にある仲だった。
「」
最期にあの人がなにを言ったのか私にはわからなかった。
声にならず唇の動きがなにかをいっていて。
読唇術なんて身に着けていなかった私は最期の言葉を聞き取り損ねて。

かばわれたとはいえ、落ちた衝撃で傷ついた羽根は痛くて。それでも誰も谷底においてはいきたくなかったから悲鳴を上げる羽根を無視して何度も飛んだ。

『へえ、羽根持ちのお嬢さんは生き残ったのかあ。大変そうだねえ。全員拾い上げる気なの?……羽根使えなくなっちゃうかもよ?』
そういってにやにや笑ったあの顔が忘れられない。
二度と起きることはない大切な人を抱えてその男をにらみつけた。
『まあ、いいや。依頼は果たしたし』

いつか必ず心から後悔させてやる。

『どれほど時間がかかってもあなたは必ず殺すわ』
『期待しないで待っとくよ、お姫様』

あの男が言った通り無理に使った羽根は二度と使えないといわれた。
それどころか、切り落とさなければならないと。

家族は手を尽くしてくれようとしていたけれど、私はとっくの昔に諦めてしまっていた。
私の背から羽根がなくなった後はずっとぼんやりとしていて。
父も母も王女としての役目を果たせない私に何も言わなかった。
あれから、幾度となく季節が過ぎて。
戦乱の音が聞こえだしても、私は何も思えなくて。
私はまた自分が無力だと知ったのだ。
皆が死に絶えて、幼い弟と妹と私だけが残された。
今度こそ、守るべきものを私は守るのだ。

私の大切なものを壊した将軍は、私の大切な人とそっくりだった。
……もう、こんなに大きくなったのね。ジェフリート。私の義弟になるはずだった子。
私の大切な人は私の笑顔が好きだといったからニコニコ笑って見せた。
……泣きそうで仕方がなかった。

この人はきっと弟と妹を殺すのだ。
ならば逃げなければいけない。
魔力を羽根にして飛ぶ。
昊をかける。
やっぱり空はいい。何をも受け入れてくれる。

どこへ行こう。
どこまで行こう。
ああ。あの孤児院にしよう。


王子と王女も見つからなかった。
飛べないはずの王女が飛んで逃げたことで有翼種に対する締め付けがだいぶん強化された。
今頃彼らはどこにいるのだろうか。

それは、そのまま何もないまま数年がたったある日のことだった。
「あっはは。ごめんねえ?ここにいる全員死んでくれない?」
いきなり城に現れたその男は笑いながらそう言って、近衛を刺し殺した。
「お断りだ」
『みいつけた』
どこからか声がした。
くぐもったようなその声はどこか聞き覚えがあって。
はたと気づく。
「なぜここに」
思わず声が出た。
「「なぜ?」」
声が重なる。
一つは男。もう一つは女。
その声はさっき聞こえた声と同じだった。
「仕事だからねえ。恨みはないけど死んでねえ?」
「そこの男を殺すために、ですわ」
そこにいたのは消えた王女だった。
狂っていて、幼児退行しているようだった王女は堂々とそこにいて、静かで燃えるような殺意をもってそこにいた。
なぜ?どうして?
自分が彼女の年相応の言動に違和感と既視感を覚えたことにひどく困惑した。
違和感はともかく、自分はなぜ既視感を覚えている?
前回からは考えられない彼女の言動に対する困惑と、なぜだか覚える懐かしい感覚。
そもそも、なぜ彼女はここにいるのか。いや、ちがうそれはさっき言っていた。
男を殺すためである、と。
今、問題にしなければいけないのは、どうやってここに入り込んだのか、だ。
「いったいどうやってここに入り込んだのだ?」
「んー普通に入ってきたよお?」
お前には聞いてない。が、とんでもない発言をしているな?!
ここは仮にも王城だぞ?簡単に入り込まれてはたまったものではない。
「わたしもそうですわね?」
それ、説明って言わない。
「んー、お話するの飽きちゃったから殺すね?」
「ここの方々は正直割とどうでもいい人が多いのですけど、守りたい方がいますし……何より癪に障りますの」
ですから、と王女は言った。
「全員まとめて守り通しますわ」
美しく微笑む王女の背には光り輝く羽根があった。


うん。問題なく守れるわ。
庇護者の数はそれほどいないし、自衛ができる人もいる。
……これならそこそこ暴れても大丈夫そうね?

さあ、始めましょう。とびっきりの復讐を。

これが私の愛し方。

守れなかったあなたの代わりに、あなたの大切な人を守るの。

それがあなたへの贖罪。

だからどうか、死んで?

「凍てつけ」
喚び出したのは氷剣。
代わりに羽根が消える。さすがに同時に維持するのは長期戦にはつらいものがあるから。
勢いよく剣をふるう
……さすがに切られてはくれないか。
さて。どうやって殺そうかしら?
簡単には死んで、簡単死なせるのは私としても嫌なのよね。
どうせなら苦しみながら死んでほしい。
……できたらの話だけれどね、最優先は守ること。次に来るのがこの男を殺すこと。

「あっぶないなあ?!」
「当たり前でしょう?」
「……最近の子って物騒だねえ?」

ひらり、ひらりと避け続ける男を観察する。
私、もともと剣は苦手な部類なのよね。だから私は観察する。
観察して、観察して、相手のスキを突く。
……そういう戦いしかできないのよね。
一様これでも非力なのだ。

男の持つ短剣と何度も打ち合って、ついにその瞬間は訪れた。

ザシュリ

私の持つ剣が男の腹に深々と刺さる。
「けふっあーあ。刺されちゃったあ」
男は血を吐きながら笑っていた。
……本当はもっと苦しんでほしかったのだけれど。
私の腕ではやっぱり生かさず、殺さずなんて無理だったわね。
仕方ないわね。
「そういえば君、誰?」
本当に不思議そうに男は私に向かって聞いてきた。
「そうね、ミアよ」
「んー、誰だっけ?……ああ。あの時の子かなあ」
―やっぱり羽根ダメだったんだねえ。
ああ。私はやっぱりこの男は大嫌いだわ。
「そうね、それがなにか?」
「いいやあ?……やっぱり楽しいねえ」
その言葉を最期に男は死んだ。

これで私の物語はお終い。幕引きだわ。
ずっと前から、身体は悲鳴を上げていて私はそれを無視し続けた。その無理のしわ寄せが今来ているのだ。

「…………義姉上?」
幻聴が聞こえるわね。
「なあに?どうしたの?」
「なぜ、いや、なぜ俺は」
「大丈夫よ。あなたは強い子だもの。……ほら、泣かないの」


「いかないでください、義姉上」
ようやく思い出したというのに。
「……ちゃんとあなたの姉になりたかったわ、ジェフ」
兄上の婚約者のミア義姉上。
とても綺麗で穏やかで優しい人だった。
真白の羽根でふわりと自由に飛んでいる人だった。

義姉になるのだと疑わなかった。
連絡の途絶えた兄上たちを探しに行った捜索隊は、兄上の亡骸を胸に抱きながら静かに壊れかけているミア義姉上を発見したのだ。

そこからはあまりよく覚えていない。

「大丈夫よ、大丈夫なの。ジェフ」
兄上の葬式で俺にそう言ったのは誰だった?
俺がずっと忘れていた人。
なんで今頃になって。っもう、なにも間に合わないのに。
「どうしました?」
様子がおかしかったのだろう。部下が俺に問いかけた。
「いや、なんでもない」

「大丈夫。大丈夫よ?」

それが口癖で。最後の最期まで。何一つ変わらなかった。

「どうしたの?アル」

俺と兄を間違えているこの人はもう、助からないのだ。
俺は薄情な嘘つきだから。

「何でもないよ。ミア」

「そう」

最期の一息でそういって。
彼女は息を引き取った。

教会の鐘が鳴るのが聞こえた。


《随分と早いね、ミア。もう少し向こうにいても良かったのに》
《アル!変わらないのね。何もかも》
《ああ。変わらない、変わるのだとしたらそれは___次のことだよ》

「ようやくだね、ミア」
「そのとおりね、アル!」

病める時も、健やかなるときも。死がふたりを分かつまで。
……いや、死がふたり分かったとしても。彼らは再び出会うのだ。
若い夫婦を祝う、鐘がなる。

欠けた翼は比翼となる。

だから。

欠けた翼はもういらない。
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