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第四章:諸国漫遊Ⅱ
吠えるレオナルドと新たな階層
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◆
レオナルドたちが転移して一時間後、朔が造設した43階層の拠点では、レオナルドが声を荒げていた。
「これはどういうことだ! 40代にこのような砦はなかったはずだぞ!」
「殿下、出現する魔物からここは40代の階層で間違いありません。状況から考えればアサクラ男爵のクランが造成したものでしょう」
「そんなことはわかっている! そのアサクラは砦を造ったにも関わらず、どこに行ったのだ!」
「砦前に上層と下層への方角を指し示す石像があったため、上層へ向かったと考えるのが妥当かと」
冷静な口調で答えているのは、クランの副長であるイーサン。高い戦闘能力と隠密能力を持つレオナルドの懐刀である。
イーサンの淡々とした報告に、レオナルドは机を右手でどんっと強く叩く。
「では、アサクラは何のために砦を造ったのだ!」
「殿下のためですわ」
「何?」
「アサクラは殿下に恩を売るために、拠点を造ったのでしょう。殿下が例の魔導具を売りつけてきたお子様に仰った言葉に、恐れをなしたのではないかしら。なけなしの魔力で時間をかけ、一生懸命造ったと考えれば可愛らしいものですわ」
コーリンは扇で口元を隠し、くすくすと抑えた笑い声を上げながらレオナルドの疑問に答えた。レオナルドはコーリンに鋭い視線を向け、彼女に問う。
「……お前がこれだけのものを造るとしたら、何日必要だ?」
「うふふ、壊すのであれば半刻もかかりませんわ」
レオナルドはコーリンの答えに戦慄して考え込む。プライドの高い彼女が答えをはぐらかしたのは、それができないからだと彼は見抜いていた。
(……コーリンでも難しいだと? 高レベルの土魔法を扱える魔術師が複数人いるのであれば、攻略は劇的に変わる。アサクラが出立したのは……早くとも数日前のはずだ。さらに小僧共や魔法陣を起動させた馬鹿共もいるのであれば、追いつくのは容易いことか)
「よし。まずはこの拠点を整備しろ! 予定通り、地上に帰還後、本攻略を行う!」
レオナルドの号令一下、拠点の整備が始まった。城を造った経験などない朔が造った拠点は、レオナルドのクランにもいる土魔法使いの手により、守りに適した砦へとその姿を変えていく。
しかし、朔の規格外さを知らないレオナルドには、朔が単独でこの拠点を造りあげたことなど分かる訳もなく、追いつくための貴重な時間を浪費していることに気づいてはいない。
◆
その頃、40階層ボス部屋では──
「しっ!」
「ギイイイイイイイ!」
──朔がCランクのハード・デザートスコルピオの硬い甲殻を粉砕していた。
「ふう。硬かったけどゴーレムほどじゃなかったね」
「重力魔法での足止めも効果的でしたよ」
「ん。遅くて硬い魔物はサクのカモ」
「元々初撃のブリザードで動きが鈍ってたしね」
「クッククーッ♪」(勝ったねーっ♪)
「フゴゴッ♪」(勝利ですっ♪)
朔たちは、初撃にいつもの炎の竜巻ではなく、ナタリアとミラによるブリザードを放っていた。ナタリアやイルからレーヴのメンバーに朔の情報を与えすぎないように告げられていたからである。
サソリはそこまで寒さに弱い種ではないのだが、氷点下を下回るブリザードには耐えられずに素早い動きを封じられ、朔のバトルスタッフで一匹ずつ頭を潰されていた。
「さて、他の皆はどうかな? アル隊長たちは……おお、一匹仕留めてて、二匹目ももうすぐだね」
「護衛の皆様が巧みに撹乱して、スズさんが生き生きしています。やや大振り過ぎるところもありますが、怪力スキル持ちの彼女の一撃はかなり強烈ですね」
「フゴゴッ!」(すごいですっ!)
朔はアルのパーティに目を向け、その安定した戦いぶりに感心する。ナタリアが彼らを評すると、いつもスズと稽古をしているリトは、自分のことのように嬉しそうにはしゃいでいた。
次に、朔はラッキーフラワーへと視線を向ける。
「カインたちも頑張ってるね。上手くいなして少しずつ削ってるし、ちゃんと正面には立たないように気を付けてる」
「ラッキーフラワーはチームワークが良いね♪ 誰かがミスしても必ず誰かがフォローしてるよ。ハゲ隊長に頼ってないとこも好印象だよ。でもサソリが蜘蛛と同じ食べ方するなんてよく知ってたね」
ヒトミが話しているのは、サソリや蜘蛛が行う、獲物に消化液を注入し液状にして食べるという体外消化のことである。朔はデザートスコルピオに消化液というスキルがあったことでそれを思い出し、皆に注意を促していた。
「レーヴの皆さんは……うーん、助けた方が良いのかな?」
「ん。その内やられる」
「シン、こっそり尻尾を切り落としてきてくれる? はい、MAT強化」
「クッ♪」(あい♪)
一方のレーヴはDランクのデザートスコルピオに苦戦を強いられていた。朔は手助けのため、シンに最大限のMAT強化をかけて送り出す。シンは気配遮断、無音飛行によってスコルピオに気づかれることなく接近し、風鎌で硬い甲殻に守られていない節部分を切断した。
このままじっくりと攻めれば良かったのだが、高ランクとの戦闘経験の少ないレーヴのメンバーがとった行動は浅はかなものであった。
「おおっ!? 尻尾が落ちたぞ!」
「よくわからんが、好機だ!」
「よっしゃ!」
レーヴの三人は、三方から一斉に畳み掛ける。猛烈な勢いで攻め立てる彼らは、暴れ回るスコルピオの口部から意識が逸れてしまっていた。
「あれ助けないと死んじゃ──って言うまでもなかったか」
「間に合えっ!」
朔はヒトミが言い切る前に走り出しており、スコルピオの頭を叩き潰したが、既に吐き出されていた消化液が重戦士の右手にかかってしまった。彼は装備を落とし、ぐううっと唸り声を上げながら膝をついてしまう。
「ミラ、水を!」
「ん。水玉」
「持続して洗い流して! ヘンリーさん、装備外しますよ!」
朔は素早く指示を出し、ミラもまたそれに素早く応え、固定された水玉ではなく水を放出して消化液を洗い流す。朔は袖をまくると流れる水の中に素手を突っ込み、重戦士であるヘンリーのガントレットを外していく。
「ぐっ……」
「大丈夫ですよ。水で冷たくなりすぎたら言ってくださいね。(診断)」
状態:強い疼痛
脈:速い
呼吸:速い
外傷:酸による化学熱傷(Ⅱs)、細かな裂傷、擦過傷。
治療法:化学熱傷は長時間の洗浄後、湿潤保存。
(Ⅱsならなんとか大丈夫か。酸が内部に残っていたらヒールは逆効果だから止めとこう。この場合、それより効果的なのは……)
朔はほっと安堵の息をついてから治療方針を決め、ミラにゆっくりとした口調で話しかける。
「ミラ、リアと交替しながら水で洗い続けてくれる?」
「ん。ヒールは?」
「ヒールだとかえって治りが悪くなるかもしれないからね。それより、今から良いものを作るよ」
ヘンリーはヒールをかけてもらえないことに不安になり、痛みに顔を歪めながら朔に尋ねる。
「アサクラ男爵、いったい何を?」
「オリヴィア老師直伝の軟膏です。皆、今日はここで1日野営するから準備して!」
朔はヘンリーににこりと笑いかけ、皆に指示を出した。朔も薬を作ろうと立ち上がろうとしたところで、微笑んだナタリアが彼の肩を掴んで止める。
「サクさんは、薬を作る前にこちらです」
「え?(あれ? リア、怒ってる?)」
「いくら薄まったとはいえ、サクさんの手にも酸がついている可能性が高いので、ヘンリーさんの隣でよく洗ってください」
朔は小さくはいと答えると、ナタリアが生成した水で両腕を洗い始め、ヘンリーは申し訳無さそうな顔を朔の方へと向ける。
「あ~、アサクラ男爵、俺のせいで申し訳無い」
「あはは、お気になさらず……」
ヘンリーの謝罪に、苦笑いで応える朔であった。
◆
翌日、朔たちは40階層のボス部屋の扉を開けて外へと出る。そこには、れき砂漠からがらりと環境を変えた、水と豊かな植物で覆われた湿地帯が広がっていた。
レオナルドたちが転移して一時間後、朔が造設した43階層の拠点では、レオナルドが声を荒げていた。
「これはどういうことだ! 40代にこのような砦はなかったはずだぞ!」
「殿下、出現する魔物からここは40代の階層で間違いありません。状況から考えればアサクラ男爵のクランが造成したものでしょう」
「そんなことはわかっている! そのアサクラは砦を造ったにも関わらず、どこに行ったのだ!」
「砦前に上層と下層への方角を指し示す石像があったため、上層へ向かったと考えるのが妥当かと」
冷静な口調で答えているのは、クランの副長であるイーサン。高い戦闘能力と隠密能力を持つレオナルドの懐刀である。
イーサンの淡々とした報告に、レオナルドは机を右手でどんっと強く叩く。
「では、アサクラは何のために砦を造ったのだ!」
「殿下のためですわ」
「何?」
「アサクラは殿下に恩を売るために、拠点を造ったのでしょう。殿下が例の魔導具を売りつけてきたお子様に仰った言葉に、恐れをなしたのではないかしら。なけなしの魔力で時間をかけ、一生懸命造ったと考えれば可愛らしいものですわ」
コーリンは扇で口元を隠し、くすくすと抑えた笑い声を上げながらレオナルドの疑問に答えた。レオナルドはコーリンに鋭い視線を向け、彼女に問う。
「……お前がこれだけのものを造るとしたら、何日必要だ?」
「うふふ、壊すのであれば半刻もかかりませんわ」
レオナルドはコーリンの答えに戦慄して考え込む。プライドの高い彼女が答えをはぐらかしたのは、それができないからだと彼は見抜いていた。
(……コーリンでも難しいだと? 高レベルの土魔法を扱える魔術師が複数人いるのであれば、攻略は劇的に変わる。アサクラが出立したのは……早くとも数日前のはずだ。さらに小僧共や魔法陣を起動させた馬鹿共もいるのであれば、追いつくのは容易いことか)
「よし。まずはこの拠点を整備しろ! 予定通り、地上に帰還後、本攻略を行う!」
レオナルドの号令一下、拠点の整備が始まった。城を造った経験などない朔が造った拠点は、レオナルドのクランにもいる土魔法使いの手により、守りに適した砦へとその姿を変えていく。
しかし、朔の規格外さを知らないレオナルドには、朔が単独でこの拠点を造りあげたことなど分かる訳もなく、追いつくための貴重な時間を浪費していることに気づいてはいない。
◆
その頃、40階層ボス部屋では──
「しっ!」
「ギイイイイイイイ!」
──朔がCランクのハード・デザートスコルピオの硬い甲殻を粉砕していた。
「ふう。硬かったけどゴーレムほどじゃなかったね」
「重力魔法での足止めも効果的でしたよ」
「ん。遅くて硬い魔物はサクのカモ」
「元々初撃のブリザードで動きが鈍ってたしね」
「クッククーッ♪」(勝ったねーっ♪)
「フゴゴッ♪」(勝利ですっ♪)
朔たちは、初撃にいつもの炎の竜巻ではなく、ナタリアとミラによるブリザードを放っていた。ナタリアやイルからレーヴのメンバーに朔の情報を与えすぎないように告げられていたからである。
サソリはそこまで寒さに弱い種ではないのだが、氷点下を下回るブリザードには耐えられずに素早い動きを封じられ、朔のバトルスタッフで一匹ずつ頭を潰されていた。
「さて、他の皆はどうかな? アル隊長たちは……おお、一匹仕留めてて、二匹目ももうすぐだね」
「護衛の皆様が巧みに撹乱して、スズさんが生き生きしています。やや大振り過ぎるところもありますが、怪力スキル持ちの彼女の一撃はかなり強烈ですね」
「フゴゴッ!」(すごいですっ!)
朔はアルのパーティに目を向け、その安定した戦いぶりに感心する。ナタリアが彼らを評すると、いつもスズと稽古をしているリトは、自分のことのように嬉しそうにはしゃいでいた。
次に、朔はラッキーフラワーへと視線を向ける。
「カインたちも頑張ってるね。上手くいなして少しずつ削ってるし、ちゃんと正面には立たないように気を付けてる」
「ラッキーフラワーはチームワークが良いね♪ 誰かがミスしても必ず誰かがフォローしてるよ。ハゲ隊長に頼ってないとこも好印象だよ。でもサソリが蜘蛛と同じ食べ方するなんてよく知ってたね」
ヒトミが話しているのは、サソリや蜘蛛が行う、獲物に消化液を注入し液状にして食べるという体外消化のことである。朔はデザートスコルピオに消化液というスキルがあったことでそれを思い出し、皆に注意を促していた。
「レーヴの皆さんは……うーん、助けた方が良いのかな?」
「ん。その内やられる」
「シン、こっそり尻尾を切り落としてきてくれる? はい、MAT強化」
「クッ♪」(あい♪)
一方のレーヴはDランクのデザートスコルピオに苦戦を強いられていた。朔は手助けのため、シンに最大限のMAT強化をかけて送り出す。シンは気配遮断、無音飛行によってスコルピオに気づかれることなく接近し、風鎌で硬い甲殻に守られていない節部分を切断した。
このままじっくりと攻めれば良かったのだが、高ランクとの戦闘経験の少ないレーヴのメンバーがとった行動は浅はかなものであった。
「おおっ!? 尻尾が落ちたぞ!」
「よくわからんが、好機だ!」
「よっしゃ!」
レーヴの三人は、三方から一斉に畳み掛ける。猛烈な勢いで攻め立てる彼らは、暴れ回るスコルピオの口部から意識が逸れてしまっていた。
「あれ助けないと死んじゃ──って言うまでもなかったか」
「間に合えっ!」
朔はヒトミが言い切る前に走り出しており、スコルピオの頭を叩き潰したが、既に吐き出されていた消化液が重戦士の右手にかかってしまった。彼は装備を落とし、ぐううっと唸り声を上げながら膝をついてしまう。
「ミラ、水を!」
「ん。水玉」
「持続して洗い流して! ヘンリーさん、装備外しますよ!」
朔は素早く指示を出し、ミラもまたそれに素早く応え、固定された水玉ではなく水を放出して消化液を洗い流す。朔は袖をまくると流れる水の中に素手を突っ込み、重戦士であるヘンリーのガントレットを外していく。
「ぐっ……」
「大丈夫ですよ。水で冷たくなりすぎたら言ってくださいね。(診断)」
状態:強い疼痛
脈:速い
呼吸:速い
外傷:酸による化学熱傷(Ⅱs)、細かな裂傷、擦過傷。
治療法:化学熱傷は長時間の洗浄後、湿潤保存。
(Ⅱsならなんとか大丈夫か。酸が内部に残っていたらヒールは逆効果だから止めとこう。この場合、それより効果的なのは……)
朔はほっと安堵の息をついてから治療方針を決め、ミラにゆっくりとした口調で話しかける。
「ミラ、リアと交替しながら水で洗い続けてくれる?」
「ん。ヒールは?」
「ヒールだとかえって治りが悪くなるかもしれないからね。それより、今から良いものを作るよ」
ヘンリーはヒールをかけてもらえないことに不安になり、痛みに顔を歪めながら朔に尋ねる。
「アサクラ男爵、いったい何を?」
「オリヴィア老師直伝の軟膏です。皆、今日はここで1日野営するから準備して!」
朔はヘンリーににこりと笑いかけ、皆に指示を出した。朔も薬を作ろうと立ち上がろうとしたところで、微笑んだナタリアが彼の肩を掴んで止める。
「サクさんは、薬を作る前にこちらです」
「え?(あれ? リア、怒ってる?)」
「いくら薄まったとはいえ、サクさんの手にも酸がついている可能性が高いので、ヘンリーさんの隣でよく洗ってください」
朔は小さくはいと答えると、ナタリアが生成した水で両腕を洗い始め、ヘンリーは申し訳無さそうな顔を朔の方へと向ける。
「あ~、アサクラ男爵、俺のせいで申し訳無い」
「あはは、お気になさらず……」
ヘンリーの謝罪に、苦笑いで応える朔であった。
◆
翌日、朔たちは40階層のボス部屋の扉を開けて外へと出る。そこには、れき砂漠からがらりと環境を変えた、水と豊かな植物で覆われた湿地帯が広がっていた。
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