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第四章:諸国漫遊Ⅱ

翼亜竜討伐と地上での動き

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「はああああああああっ!!」

 ヒトミはブレス後の硬直を狙っており、岩陰から飛び出した。彼女は裂帛の気合を上げながら、上段に構えた刀を振るう。
 斬撃は朔が鱗を剥した箇所を正確に捉え、内部の肉を切り裂いていく。しかし──

(くぬっ! やっぱりまだ厳しい!)

 ──骨に当たった瞬間の感覚で、ヒトミは翼亜竜の太い首を断ち切れないことを悟る。彼女は下手に食い込んで抜けなくなることを防ぐために、腕を畳んで引き斬るように太刀筋を変えた。

「GRYYYYYYYYY!!!」

 硬直が解けた翼亜竜は、猛烈な痛みとダメージによりパニックを起こした。翼亜竜は暴れまわりながら、ヒトミに向けて尻尾を横薙ぎに振るう。

(やばっ──っと、流石ハニー♪)

 突然、ヒトミの足元が地割れのように裂け、深さ1mほどの穴が現れた。ヒトミは、地面に手をついてこちらを見ている朔にウインクをし、穴に飛び込みしゃがみこむ。

「(次で決める!)限界突破!」

 尻尾が頭の上を通り過ぎ、ヒトミの髪が激しく乱れる。ヒトミは顔を上げて翼亜竜を見つめ、限界突破のスキルを発動した。全身の魔力を消費することにより、ヒトミのステータスは数倍に跳ね上がる。

「はあああああああああ!!!」

 ヒトミは穴から飛び出し、翼亜竜の深い傷がある側を目掛けて駆け出した。翼亜竜は反射的に傷の部分を内側に首を丸めて守ろうとする。しかし、それはヒトミの予想通りの行動でしかなかった。

「甘いよ翼亜竜ちゃん! 剛断!」

 初めから傷の反対側を狙っていたヒトミは、寸分違わず狙った部分に刀を振りぬいた。駆け抜けたヒトミは、振り返ることなく刀を2度振ってから鞘に納める。
 ヒトミの背後では、強化された鱗ごと両断された翼亜竜の太い首がずるりと落ちていた。



「はあ、はあ……。あ、やば──」
「──ヒトミ! 診断!」

 全ての魔力を使い果たしたヒトミは意識が遠のき、急いで駆けつけた朔がヒトミの体を支えて診断を発動する。

状態:失神
脈:正常
呼吸:正常
外傷:無
治療法:今は寝かせてやれ。ヒトミが手に入れるはずじゃった経験値はジョブとスキルに振り分けとるからの。

(アルス様も診断を伝言板代わりに使うのかよ! 経験値については……ああ、ヒトミが強請ねだったんだろな。ってか、スキルに経験値を振り分けるってズル過ぎるだろ!)

 朔が叫ぶと、アルスの声が頭の中に響く。

《ヒトミだけではなく、お前達全員に振り分けてやったのじゃがの、サク・アサクラよ。お前が苦心しておった、あの才能のない小僧どもも身体操作を覚えられるようにしてやったのじゃが、いらんのだな?》
(アルス様っ、ありがとうございます!!)
《まあ良い。今回だけじゃぞ。……ミコトが煩いからな》

 朔が頭の中で最敬礼してアルスに感謝を告げると、アルスは愚痴っぽく呟いた。すると、アルスとは異なるどこがで聞いたことがあるような声が響く。

《当たり前のように贔屓するお主が悪かろう》
《ヒトミを贔屓して何が悪い。だいたいミコトは儂の世界のことに口を出しすぎじゃ》
《ほう? 元はと言えば、お主が助けを求めて来たのじゃろうが》
《最初はそうであっても、ミコトが──》

 アルスとミコトの口喧嘩が始まり、朔が困惑していたとき、ナタリアが朔の肩を叩いて声をかけてきた。

「──サクさん、大丈夫ですか?」
「リア、ありがとう。助かったよ。じゃあ、帰ろっか」
「はい」
「ん」
「クッ♪」(あい♪)
「フゴッ♪」(はいです♪)

 朔はナタリアが差し出していた大きな魔石やドロップ品である飛膜等を受け取ると、ヒトミを背負って歩き出し、皆も後に続いて歩き始める。

(さっき、重要なことを聞きそびれた気が……まあいいか。みんな無事だし)

     ◆

 その頃、転移魔法陣発見の情報がもたらされたダンジョン管理局は騒然としており、職員や冒険者に加え兵士までもが慌ただしく出入りしていた。

 管理局の会議室、一番奥の椅子には王太子であるレオナルドが座っており、老人とフローディアがレオナルドの左右から彼に向けて声を上げている。

「殿下、お考え直しください! 殿下自らが踏み込む必要はありません!」
「2ヶ月を超える遠征帰りで、皆疲労溜まっております。せめて、しばらく体を休められてからに──」

 耳元で騒ぐ二人に対して、レオナルドは威圧を込めた低い声で断言する。

「──黙れ。第二クランで転移先を調査し、帰還。その後、メインクランで魔法陣を使用して本格的な攻略だ。これは決定事項であり、覆ることはない」
「しかし、殿下に何かあれば……」
「それでは私もお連れください!」

 老人はぶつぶつ言いながらも口をつぐんだが、フローディアが食い下がった。そこに、胸元や背中の露出が激しい服を着た妖艶な女性が、ねっとりとした口調で口を挟む。

「あら? 貴方が何の役に立つのかしら?」
「コーリン! 私を侮辱するのですか!?」
「貴族パーティの貴方は大人しくしていてくださいな。これは私達の仕事です。たかだか水浴びの道具に資金を出させた貴方は、大好きなお風呂に入ってお待ちになって?」

 フローディアはコーリンに詰め寄るが、コーリンは扇で口元を隠し、ころころと笑う。

「コーリン!」
「フローディア、黙れ。メインクランには休息を命じた。屋敷に戻れ」
「っ! 殿下……わかりましたわ」

 フローディアが武器に手をかけたところで、レオナルドが再度命じた。これにはフローディアも従わざるをえず、キッとコーリンを睨みつけてから会議室から出ていく。

「まったく、パトロンはパトロンの役割だけしていればいいものを、子飼いの騎士などはともかく息子や娘なんて送りつけて来て。攻略が遅れているのはクランにお荷物がいるからだとなぜ分からないのかしら?」

 コーリンの言葉通り、レオナルドのクランには貴族から押し付けられた者がいた。当然、引き受けたのは厳しい試験を突破した高い実力を持つ者だけではあるのだが、彼らはそれが気に入らないクランメンバーから裏で貴族パーティと呼ばれ蔑まれていた。

「そこまでにしておけ。金がなければ攻略の準備がままならんのも事実だ」
「出立はいつですの?」
「3日後の早朝だ」
「では今夜は?」

 レオナルドは、コーリンからの誘いに無言で答える。 
 
「来てくださらなかったら、後ろから燃やしてしまいますわよ?」

 コーリンはくすくすと笑い、極小の火玉を作り出す。火玉はふわふわと動いて、すっかり冷めてしまっていたお茶の入った大きなポットへと沈み、お茶は沸騰する寸前、小さな泡が立つ温度となっていた。
 コーリンは湯気が立っているお茶をレオナルドのカップに注ぐと、手をひらひらと振りながら会議室から出ていった。
 レオナルドは椅子に背中を預けて目を閉じ、誰にも聞かれないような小さな声で呟く。

「どいつもこいつも……未だに救国王が『ちょっと遊びに行こっか』で踏破した階層を超えられていないってのは、この国の恥なんだよ。俺は必ず救国王を超えてみせる。そのためなら、何でも利用してやるさ。冒険者や貴族、そして親父もな」

 
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