上 下
19 / 23

第19話:二人の英雄

しおりを挟む
 黒竜との再戦に挑む騎士団の空気は、明らかに前回とは違っていた。
 ケイトが聖女の寵愛を受けたことは、ケイト本人の口から騎士団の者達へ伝えられた。それ以前に祝福を受けていた者達は、その効果が己の身から消えたことを感じ取っていた。薄々、把握してはいたのだろう。驚きを示す者は少なかった。
 ケイトは己が聖女の恩恵を一身に受けたことに、謝罪はしなかった。そしてまた騎士団の者達も、誰もケイトを責めることも、説明を求めることもしなかった。その覚悟は、一目見るだけで全員に正しく伝わった。
 作戦も大幅に変わった。これまでは、全員が祝福を受けている前提での連携が組まれていた。しかし、ケイト以外は生身での戦闘となれば、前回と同じようには動けない。攻撃の中心はケイト一人に絞り、全員がサポートに回る。
 ケイトが倒れれば全てが終わる。危うい作戦だ。通常なら集団戦でこんなことはあり得ない。ケイトは一度黒竜に敗れているし、聖女の寵愛を得た状態でどれほど戦えるのかも定かではない。それでも、聖女と騎士団長への信頼が、それを可能にした。ケイトができると言えば、できるのだ。
 誰もが勝利を信じている。金の光を導として。

 再び洞窟の前に立ち、決意を胸に足を踏み入れる。一歩くだる度に、足元に重いものが纏わりつく。洞窟の空気が淀んでいるのか、前回の敗北の記憶か。それを振り払って、下へ下へと下る。仇敵の待つ場所へ。
 その場所へ辿り着くや否や、洞窟内に咆哮が響き渡った。

「――――――!」

 耳をつんざく憤怒の声にその主を見れば、ぎらぎらとした赤い左目が騎士団をめつけていた。
 騎士団が黒竜への怒りを募らせていたのと同じように、黒竜の方も己の右目を奪った者への恨みを募らせていたのだろう。侵入者の気配を敏感に感じ取ったと見える。眠っていた前回とは違い、今回は最初から臨戦態勢だ。

「一陣、構え!」

 レナードの合図に、第一陣が一斉に鎖を構え、投げ縄の要領で鎖を渡す。
 前回よりも強度を増したそれは重く扱いにくいが、複数人で手繰り巻き付け杭を打ち、足や尾の固定を試みる。
 今回は大多数の人員を固定のために割けるため、安定度は上がった。

「二陣、構え!」

 それでも、怒りに燃える竜の攻撃は強く荒い。

「うわあああっ!?」

 押さえる前に、太く硬い尾が振り上げられる。そのまま地面に叩きつけられたら、下にいる者は皆潰れる。避けなければ、とアルフレッドの足が地面を擦った。瞬間、人の影が高く跳び上がる。

 一閃。

 剣の煌きが見えたかと思えば、尾は竜の胴体から切り離され、蜥蜴の尻尾のように落とされた部分だけが蠢いていた。
 地面に降り立ったケイトは剣の血を払うと、またすぐに駆け出した。

「すごい……」

 その光景を目にしたアルフレッドは、戦闘中にも関わらず憧憬を零した。
 目にも留まらぬ、とはああいう動きを言うのだろう。ケイトが尾を切り落とした。それ以外、何もわからなかった。
 ケイトの持つ剣の刃渡りでは、尾を一刀両断するには足りないはずだ。つまり何度か切り込みを入れたか、一周ぐるりと刃を回したのか。目視では、判別できなかった。

「ぼさっとするな! 魔物が来るぞ!」
「っはい!」

 ランドルからの叱咤に、慌てて剣を構える。ケイトが切り落とした箇所からどろりどろりと流れ落ちる液体、そこから魔物が生まれていた。
 サポートの役割は主に二つ。竜の体の固定や動きを阻害すること、そして血から生まれる魔物の排除。
 ケイトが竜との戦闘に集中できるよう、魔物の相手は他の者でこなさなければならない。それも、なるべく安全に。
 今の騎士団には聖女の祝福がない。この状態では魔物も雑魚とは言えないのだが、それでも仲間の命が危険に晒されれば、ケイトは見捨てられないだろう。
 ケイトの邪魔をするわけにはいかない。だから、この程度は余裕だと。魔物くらい、軽く討ち取ってみせなくては。
 そこに経験の差は関係ない。今この場に立つ者は、全て等しく同じ役割を背負っている。
 視線を鋭くし、アルフレッドは魔物に向かって剣を振りかぶった。

 一目散に向かってくるケイトに、竜は首を回し、赤い瞳をひたと据えた。そして地を駆けるケイトを飲み込もうと、大きく口を開く。
 ケイトは強く地を蹴って上顎に飛び乗ると、そのまま鼻先へ滑り降り、勢いのまま眉間に剣を突き立てる。痛みから竜が激しく首を振り回し、空中に放り出されたケイトは宙で体勢を整えると、竜の背に着地した。
 足元に見えたものに、ケイトは目を瞠った。

 ――翼の跡。

 黒竜には翼がなかった。しかし、背には翼の付け根と思われる跡がある。
 元々翼がない種族なのではない。この翼は、かつてもがれたのだ。
 傷跡はかなり古い。黒竜の記録が残っていないことからしても、相当昔のことだろう。
 森に張られた結界。封じられた竜。聖女だけが辿り着けるその場所。聖女がいなければ戦えない存在。

「……初代か」

 憶測でしかない。けれど、確信に近い気持ちで呟いた。
 この竜の翼を奪ったのは、初代聖女から寵愛を受けた騎士だ。
 初代聖女のことは記録にある。寵愛の効果も語り継がれている。なのに、寵愛を受けたはずの騎士の記録はない。
 初代聖女は国を守った。しかし魔物は未だ出没している。つまり原因は断てなかった。
 初代聖女の結界は今も国を守っている。だから、国を守ったというのは、国民に被害が出ないように結界で魔物を退けたと解釈していた。
 だが結界だけを張って役目を終えたのなら、寵愛の伝承はどこから来たのか。寵愛を得た騎士は、何と戦うためにその力を得たのか。

 初代は黒竜が原因だと知っていた。そしておそらく、寵愛を受けた騎士を、黒竜により失ったのだ。

 最も力が強かったはずの初代聖女、その寵愛を受けた騎士。それでも黒竜を討ち取ることは敵わなかった。
 ならば、後の者に同じ道を辿らせるだろうか。
 黒竜の記録を残してしまえば、次代以降の聖女が、寵愛を与えた騎士に戦わせようとするだろう。
 それは聖女本人の意思かもしれないし、国からの命令かもしれない。
 しかし寵愛を与えてしまえば、聖女は力を失う。力を失えば、その後祝福を与えることはできなくなる。黒竜討伐に失敗すれば、聖女は無用の存在と成り下がる。
 初代にも成し得なかった黒竜討伐に望みをかけ、寵愛を与えた騎士を挑ませ続けるか。この先永久に聖女のシステムを繰り返すことになっても、その時代ごとの騎士達を強化して、対処可能な範囲の魔物と戦い続けるのか。
 その選択を迫られた初代聖女は、後者を選択した。
 おそらく、聖女という存在が、次々に使い捨てられていくことを恐れたのだ。
 だから黒竜の存在は隠し、ただ寵愛を与えれば力を失うということだけを残した。力を持ち続ける限り、祝福を与え続ける限り、聖女は守られる。寵愛を与えなければ勝てないほどの魔物など、存在しない。必要のないことだから行わないようにと、警告とも取れる伝承を残して。
 後世の聖女と騎士を守る、そのために。

 この竜は。初代から続く悲しみと憎しみの始まり。
 そして、聖女というシステムが存在する理由。
 今までどれほどの異界の女性が、無理やり協力させられてきたのか。
 その連鎖を。

「聖女の呪いを、ここで断ち切る」

 翼の跡に剣を捩じ込めば、竜が苦痛の咆哮を上げた。ここはきっと竜の弱点だったのだ。初代が翼をもいでくれたおかげで、竜は本来より弱体化している。封印があるとはいえ、洞窟から出ていかなかったことを考えても間違いないだろう。
 名も知らぬかつての英雄に感謝を捧げ、琥珀の瞳が強く輝いた。
 背筋せすじに沿って刃を切り込ませながら、ケイトが竜の背を駆け上がる。
 邪魔者を叩き落とそうと竜が足に力を入れるが、何かに引きずられてがくんと体勢を崩した。
 サポートの騎士による足の固定が成功していたのだ。すぐには外すことができず、竜はその爪を振るえずにいた。
 身を捩る竜の上を、頭まで駆け上る。首筋を剣で斬りつけるが、ここは尾よりも頑丈なのか、切り落とすところまではいかなかった。もっと勢いがいる。
 助走をつけて、角を踏み台に高く跳び上がる。落下の重力を加えれば。
 空中で逃げ場のないケイトをその口腔で受け止めようと、竜が大きく顎門あぎとを開く。
 喰われるのが先か、首を切り落とすのが先か。

 然してその勝敗は、重い音と共に決した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

【R18】転生聖女は四人の賢者に熱い魔力を注がれる【完結】

阿佐夜つ希
恋愛
『貴女には、これから我々四人の賢者とセックスしていただきます』――。  三十路のフリーター・篠永雛莉(しのながひなり)は自宅で酒を呷って倒れた直後、真っ裸の美女の姿でイケメン四人に囲まれていた。  雛莉を聖女と呼ぶ男たちいわく、世界を救うためには聖女の体に魔力を注がなければならないらしい。その方法が【儀式】と名を冠せられたセックスなのだという。  今まさに魔獸の被害に苦しむ人々を救うため――。人命が懸かっているなら四の五の言っていられない。雛莉が四人の賢者との【儀式】を了承する一方で、賢者の一部は聖女を抱くことに抵抗を抱いている様子で――?  ◇◇◆◇◇ イケメン四人に溺愛される異世界逆ハーレムです。 タイプの違う四人に愛される様を、どうぞお楽しみください。(毎日更新) ※性描写がある話にはサブタイトルに【☆】を、残酷な表現がある話には【■】を付けてあります。 それぞれの該当話の冒頭にも注意書きをさせて頂いております。 ※ムーンライトノベルズ、Nolaノベルにも投稿しています。

異世界の学園で愛され姫として王子たちから(性的に)溺愛されました

空廻ロジカ
恋愛
「あぁ、イケメンたちに愛されて、蕩けるようなエッチがしたいよぉ……っ!」 ――櫟《いちい》亜莉紗《ありさ》・18歳。TL《ティーンズラブ》コミックを愛好する彼女が好むのは、逆ハーレムと言われるジャンル。 今夜もTLコミックを読んではひとりエッチに励んでいた亜莉紗がイッた、その瞬間。窓の外で流星群が降り注ぎ、視界が真っ白に染まって…… 気が付いたらイケメン王子と裸で同衾してるって、どういうこと? さらに三人のタイプの違うイケメンが現れて、亜莉紗を「姫」と呼び、愛を捧げてきて……!?

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【R18】純情聖女と護衛騎士〜聖なるおっぱいで太くて硬いものを挟むお仕事です〜

河津ミネ
恋愛
フウリ(23)は『眠り姫』と呼ばれる、もうすぐ引退の決まっている聖女だ。 身体に現れた聖紋から聖水晶に癒しの力を与え続けて13年、そろそろ聖女としての力も衰えてきたので引退後は悠々自適の生活をする予定だ。 フウリ付きの聖騎士キース(18)とはもう8年の付き合いでお別れするのが少しさみしいな……と思いつつ日課のお昼寝をしていると、なんだか胸のあたりに違和感が。 目を開けるとキースがフウリの白く豊満なおっぱいを見つめながらあやしい動きをしていて――!?

傾国の聖女

恋愛
気がつくと、金髪碧眼の美形に押し倒されていた。 異世界トリップ、エロがメインの逆ハーレムです。直接的な性描写あるので苦手な方はご遠慮下さい(改題しました2023.08.15)

処理中です...