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第6話:模擬試合

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 翌日はケイトの言葉に甘えて、日が高くなるまでベッドの中で過ごした。
 遅い時間にブランチを取って、さてどうしようか、と考え。
 部屋でだらだらと過ごしても良いが、せっかくの休みだ。動かないから気が滅入るのかもしれない、と外へ散歩に出ることにした。

「どこか、行かれたい場所はありますか?」
「えっと……騎士団の人達がいる場所を、見に行くことはできますか?」

 紗香の言葉に、今日の護衛であるレナードは、少々意外そうに目を瞬かせた。

「ええ、勿論です。今の時間なら、訓練所の方にいるでしょう。見ても楽しいものではないかもしれませんが……よろしいですか?」
「はい、ありがとうございます」

 レナードの案内で、訓練所までの道のりを歩く。

「昨日は大変な目に遭われましたね」
「えっ!? あ、し、知ってるんですね」
「ええ、まぁ」

 苦笑したレナードに、顔が赤くなる。いったいどれだけの騎士が把握しているのだろう。ランドルを罰したと言っていたが、もしやそれが噂になったりしているのだろうか。

「団長も、随分と聖女様の身を案じておられました。貴方が目を覚まされた時、取り乱したらどうしようかと。それで、急遽昨晩の不寝番は団長が代わられたのですよ」
「え……」

 そうだったのか。紗香は目を丸くした。
 ケイトが夜間の警護をしているのは、珍しいと思っていた。
 護衛の騎士は、半日ごとに交代している。ケイトは日中紗香に付いていることが多い。たまに騎士団の仕事のために抜けることはあったが、慣れない紗香が代わる代わる知らぬ人間に張りつかれて消耗しないように気を配ってくれたのだろう。

 昨日、ケイトは。日中、騎士団の仕事をしていたはずなのに。疲れているはずなのに。
 紗香のために、無理を押して、側にいてくれた。
 目覚めた紗香が、一番に目にするのが、馴染みの彼であるように。

 そんな様子を微塵も見せなかった昨晩のケイトを思うと、紗香は胸が温かくなった。
 そんな風に自分を思いやってくれる人がいることが、嬉しかった。

「そういうわけで、本日の護衛は私が務めております。せっかくの休日に団長ではなくて申し訳ありません」
「えっ!? いえ、そんな! むしろわたしの方こそ、付き合わせてしまってすみません!」

 慌てて手を振る紗香に、レナードは悪戯っぽく笑った。
 それで気づく。今の、冗談だったのか。
 真面目そうなこの人でも冗談とか言うんだな、と紗香は力が抜けた。

「つきましたよ。こちらが、訓練所になります」
「わ……」

 開けたその場所は、埃っぽく汗臭かった。乱暴な声が上がって、木剣を打ち合う音が聞こえる。
 屋外だというのに臭いを感じるとは、これいかに。紳士達の集団と言えども、やはり男性が集まって汗をかけばどこでもこうなるらしい。
 学生の頃の運動部を思い返して、紗香は微笑ましい気分になった。
 完璧に見える彼らの人間らしい部分が見えた気がした。

「あれっ、聖女様!?」

 声を上げて駆け寄ってきたのは、アルフレッドだった。
 後ろに尻尾が見える。やはり柴犬のようだな、と紗香は苦笑した。

「どうしたんですか、こんな場所に」
「普段の皆さんを見てみたくて。訓練中なのに、お邪魔してしまってごめんなさい」
「いえ、とんでもないです! 聖女様が見ているとなれば、皆もやる気が出ます」

 ちらりとアルフレッドの後ろに目をやれば、他の騎士達も紗香の存在に気づいたらしい。手を止めてこちらを見る者や、視線を意識して励む者が見てとれた。

「そうだ、ちょうど良かったです。俺、聖女様に御礼が言いたくて」
「え?」
「昨日の初陣、聖女様のおかげで、無事に帰ってくることができました。自分でも、普段の自分より力が漲るのがわかって……。聖女様の力って凄いんですね! 本当に、この国に来てくださって、俺達に力を貸してくださって、ありがとうございます」

 眩しいほどの笑顔に、紗香は目を奪われた。
 ずっと、自分はただの道具なのではないかと思っていた。
 騎士達が優しくしてくれるのは、聖女という器が必要なだけだと。
 けれど、真正面から感謝をされて。嘘のないことがわかる真っ直ぐな言葉を貰って。
 涙が零れそうになるのを、必死で堪えた。

「お役に立てたのなら、良かったです。こちらこそ、ありがとうございます」
「なんで聖女様が御礼を言うんですか」
「言いたかったからです」

 笑い合う二人を、レナードが優しい目で眺めていた。
 そんな柔らかい空気を壊すように、大きな声が割って入った。

「せっかく聖女様がいらっしゃるんなら、何か褒美でも賭けませんか」
「……ランドル」

 厳しい顔で、レナードが紗香を庇うように前に立った。

「ちょっと、そんな警戒することないじゃないですか。人を悪漢みたいに」

 言いながらも、口調は軽く、表情は笑みを崩さない。
 ひらひらと手を振られて、思わず紗香は会釈をした。

「聖女様が見てらっしゃるのに、普段通りの訓練じゃつまらないでしょう。模擬戦でもしませんか? 優勝者には、聖女様から祝福が与えられるってことで」
「えっちょっと、そんな」

 今日は休みだというのでここへ来たのだ。務めをさせられるのではたまらない、と紗香は抗議の声を上げたが。

「そうだなぁ……キスしてもらえる、ってのはどうです?」
「キ……ッ!?」

 紗香はランドルからのキスを拒否している。それが、紗香にとって特別な行為であるということをわかった上で言っているのだろう。
 意地の悪い男だ、と睨むと、ランドルは気にした風もなく続けた。

「別に、唇へのキスだとは言ってませんよ。頬でも額でも。聖女様から贈られるなら、騎士にとっては特別な栄誉になるでしょう」
「あ、なんだ。それなら」

 ほっとして、紗香はそう口にした。
 口にして、しまった。

 にやりと口角を上げたランドルに、はっとしてももう遅い。

「だ、そうだ! 優勝者には、聖女様から祝福のキスが与えられる! 皆、全力で戦おう!」

 大きな歓声が上がって、騎士達の士気がぐっと高まるのがわかった。

 ――やられた……!

 こうなったら、もう後には引けない。先にあの時のキスを(未遂だが)思い起こさせておいて、後から軽い例を出されれば、心理的に受け入れやすい。完全に誘導されてしまった。うっかり口走った紗香の落ち度だ。

「聖女様」
「いえ……大丈夫です。そのくらいなら、大した負担はないですから」

 レナードが気遣うようにかけた声に、力ない笑みで答えた。
 ここでやっぱりなし、というのはあまりに紗香の心証が悪い。騎士達とて、手や足に口づけてくれるのだから、別段、紗香が強く拒否する理由もない。
 唇へのキスでないのなら。そう、大した意味など。

「聖女様! 俺も頑張りますね!」
「ええ、是非、頑張ってください。本当に」

 アルフレッドなら、まだ気が楽だ。
 とにかく、ランドルでなければ誰でもいい、と思っていた。

 観戦のための席が用意され、紗香は座って騎士達の戦闘を眺めることになった。
 模擬戦はトーナメント形式で、訓練所にいる騎士は四十名ほど。一戦ずつ見るのでは時間がかかりすぎるので、まずペアに分かれてそれぞれのスペースで戦い、勝利した者が別のペアの勝者と戦う、といった具合で、ある程度まで人数を絞るらしい。それまでは、一対一で戦っているはずなのだが、一斉に戦っているため、紗香の目には乱戦のようにも見えた。

「すごい迫力ですね……」
「皆、聖女様に良いところを見せようと必死なのですよ」

 苦笑しながら、レナードが答える。
 レナードは護衛担当なので、紗香から僅かでも目を離すわけにはいかないと、トーナメントには不参加だ。

「……わたしにいいところを見せても、特に意味はないでしょうに」

 聖女の蜜は、騎士団に平等に与えられる。順番を組んでいるのは騎士団長のケイトだ。紗香が気に入ったからといって、何か恩恵があるわけでもなく。嫌われたからといって、実害もない。
 アルフレッドの感謝は眩しかったが、誰もが好意的に見ているわけでもないはずだ。
 とんだ茶番だ、と紗香は冷めた目で眺めた。

「……それが、そうでもないのですよ」

 思いのほか真剣な声色に、紗香はレナードを見上げた。

「聖女は騎士に祝福を与える。しかしこの伝承には、続きがあります」
「続き?」
「聖女が愛した騎士には。特別の力が与えられるのです」

 紗香は目を丸くした。そんな話は、今まで一度も聞いていない。

「ですが、それは諸刃の剣です。聖女の寵愛を受けた騎士は英雄になれますが、ただ一人を愛せば、聖女はその力を失います。そうならぬように、我々は細心の注意を払っているのです」

 合点がいった。処女でなくなれば聖女でなくなるから、と紗香は護衛をされている。しかし、騎士がそう聖女を襲うものだろうか。
 ひどく女に飢えているならまだしも、この国に女性がいないわけではない。城にはメイドもいる。紗香にだけ、特別の恋情を抱くとも思えない。
 では何故、片時も目を離さずに護衛が必要なのか。
 この寵愛というのが、おそらく性交を指しているのだ。

 聖女とまぐわえば、特別の力を手に入れ、英雄になることができる。
 それは確かに、武人にとっては大層魅力的なことだろう。
 功を焦って襲う者が出ないとも限らない。そして、事が事だ。聖女の方から誘ったのだ、という言い訳は、いくらでも成り立つだろう。
 何せ聖女の仕事など、やっていることだけ見れば、淫売と変わらない。いったい誰が紗香の肩を持ってくれるというのか。

 そう考えて、ぞっとした。
 では、この騎士達は。紗香の寵愛が受けられれば、自分が英雄になれるかもしれないと。
 だから、優しくしてくれるのだろうか。

 ――違う。

 ぎゅっと目を瞑って、馬鹿な考えを追い払うように、紗香は頭を振った。
 騎士団は、きちんと護衛を付けてくれている。禁が破られれば、罰が与えられる。それがわかっていて手を出そうと思う者など、いないだろう。
 仮に無理やり力を手に入れることができたとしても。今の体制を考えれば、それは裏切りの証だ。禁を破り、他人を出し抜いて手に入れた力など。他の騎士が許すはずがない。

 けれど。紗香が、愛した場合は。
 もし、紗香が、誰か一人を愛したのなら。その一人に、許しを与えたのなら。
 それは、紗香の責任になるのだろうか。
 それを、期待する者は、いるのだろうか。

 紗香が許さなければいいだけだ。そうは思うのに、その考えは脳裏にこびりついて消えなかった。

「人数が絞られてきましたね」

 レナードの声にはっとして見ると、既に勝ち上がった騎士は四名まで絞られていた。
 その中にランドルが残っているのを見て、紗香は目を疑った。ケイトは優秀だと言ってはいたが、まさかあの調子で、本当に強いとは。
 ちなみにアルフレッドは残念ながら敗退していた。本当に残念だ、と紗香は肩を落とした。

 準決勝からは、紗香の前で、一戦ずつ行うらしい。
 紗香は固唾を呑んで見守った。

 一戦目は、体格の良い騎士同士の戦いだった。
 剣の柄を握る手に力が込められると、みしりと筋肉が隆起する。
 駆け出したスピードと体重が剣に乗り、打ち合う音が大きく響いた。
 受けた方も負けじと押し返し、下から斬り上げるように剣を振った。
 剣先が前髪を掠めて、相手がにぃと笑う。
 振り上げたことで開いた脇から、鋭く突きを入れる。
 躱そうとするも体勢が崩れ、次いで繰り出された二撃目が避けきれず、まともに入る。

 息もつかせぬやり取りに、紗香は目が離せなかった。
 現代でも、格闘技の試合すら見たことがないのに。この人達は、命を奪い合う剣を、知っているのだ。
 騎士団が戦うのは主に魔物のはずだが、それでも彼らは命のやりとりをしているのだと思った。

 そうこうしている内に、片方が膝をついた。勝敗が決したらしい。

「勝者、ユージーン!」

 勝った方が拳を突き上げ、雄叫びを上げる。その光景に、紗香は圧倒された。

 選手が入れ替わり、ランドルが進み出た。相手の騎士の年齢は高そうだった。騎士団への在籍が長い者だろう。年長者の威厳を見せてほしい、と紗香は内心で祈った。

「始め!」

 合図と同時に、ランドルが駆け出す。素早い剣撃を、年長の騎士が難なく受ける。手数は多いが、ランドルは体格が細身なせいか、重みがそれほど乗らないようだ。
 何度も何度も打ち込み、相手の疲れを狙っているのだろうか、と思っていると。
 ふっと、ランドルの姿が消えた。そのように、年長の騎士には見えただろう。
 彼はぐんと膝を曲げ、相手の視界から消えるように、一気に体勢を低くした。そして下から突き上げるように、手元に一撃。
 年長の騎士は僅かに呻いたが、それでも剣を取り落とすことはしなかった。打ち上げられた体勢から、そのまま下へと大きく振り下ろす。屈んだ体勢のランドルは避けられないのではないかと思われたが、彼は後ろへ回転するように手をついて、くるりと跳ね上がってそれを避けた。そのまま後ろへ飛び退り、一度距離を取る。

 ――なんて、身軽な。

 紗香は思わず見とれた。それほど筋力があるようにも見えないランドルだったが、彼は技術で戦うタイプなのだろう。ケイトが優秀だと言った意味がわかった気がした。
 相手を翻弄するような動きを続け、実直そうな年長の騎士は、その変則的な動きに次第に対応しきれなくなり。
 勝負は、決した。

「勝者、ランドル!」

 わあ、と歓声が上がり、紗香は焦った。
 まずい。ランドルが決勝戦に残ってしまった。
 先ほどユージーンの戦いを見ていたが、力でゴリ押すタイプの彼とランドルでは、ランドルの方に分がある気がする。

「では決勝戦、ランドル対ユージーン」
「その勝負、待ってもらおう」

 凛と割って入った声に、騎士達がざわついた。

「だ、団長……!」

 舞台に進み出てきたのは、ケイトだった。
 普段よりは簡易な訓練姿で、皆と同じ木剣を手にしている。
 睨みつけるような視線のケイトに臆することなく、ランドルが軽い調子で話しかけた。

「早いですね。昨日夜勤だったんでしょう? まだお休みかと思ってました」
「もう午後だ。そう長く休んでいては、体が鈍ってしまうからな」

 いや、それにしても早くないだろうか。ちゃんと睡眠はとれたのだろうか、と紗香は別の意味ではらはらした。

「それに、目を離した隙に勝手をする輩がいるとあっては、おちおち寝てられん」

 鋭い眼光はランドルに向けられていたが、周囲の騎士達の方が怯んでいた。彼らはランドルの提案に乗ってしまったのだから、同罪だろう。

「勝手とは人聞きの悪い。ちゃんと聖女様に許可をいただいた催しですよ」
「事情は聞いた。お前が言わせたも同然だろう」
「ひどいな、俺ばっかり悪いみたいに。なら、中止にします? 聖女様がそうおっしゃるなら、取り止めてもいいですよ。ここまで頑張った騎士達は骨折り損になりますけど」

 紗香に向けて挑発的な視線を向けるランドル。
 その言い方は、ずるい。
 紗香は膝の上でぎゅっと手を握りしめた。
 ランドルの言う通り、受けたのは紗香だ。いくらケイトが来てくれたからと言って、それは変わらない。ここで取り消すのは、紗香が約束を違えたことになる。
 それは駄目だ。確実に今後に響く。聖女の言葉に、嘘があってはならない。聖女の言葉が軽くなる。

「いえ。一度受けたことですから。約束通り、優勝者には祝福のキスを贈ります」

 毅然と言った紗香に、ランドルは口笛を吹いた。

「そうこなくっちゃ」
「……サヤカ様」

 咎めるようなケイトの視線に、紗香は謝るように眉を下げた。
 暫く複雑な表情をしていたケイトだったが、やがて諦めたように溜息を吐いた。

「わかりました。そういうことであれば」

 ひゅん、と木剣が風を切って、切っ先がランドルに向けられた。

「私も参加させてもらう」

 騎士団長の参戦に、周囲がどっと沸く。

「そりゃちょっとずるいんじゃないですか? 俺らは既に何戦かやってる分の疲労がある。後から出てきて、美味しいとこだけ持ってかれちゃな」
「わかっている。ハンデとして、私は片手しか使わない。そして、二人同時に相手をしよう」

 ぴくりと、ランドルの眉が上がった。

「……へー。なめられたもんだな。さすがに団長でも、片手で二人は厳しいでしょう」
「どうだかな。やってみればわかる」

 ばち、と火花が散った気がした。
 蚊帳の外に取り残されているユージーンが気の毒だった。

「あの、さすがにニ対一は」
「大丈夫ですよ、聖女様」

 口を挟もうとした紗香をレナードが制する。

「でも」
「団長は、家柄や処世であの地位にいるのではありません。実力で、騎士団長に上り詰めた方なのですよ」

 穏やかな瞳には、信頼が見えた。少なくともレナードは、あの条件で戦ってもケイトが負けるとは思っていないのだ。
 紗香は、決闘の準備をするケイトを見つめた。
 立場上、片方に肩入れするような応援はできないが。
 勝ってほしい、と小さく手を組んで祈った。

「え、えー……では、少々変則的ではありますが。決勝戦、ケイト団長対、ランドル&ユージーン! 構えて」

 ケイトは左手を後ろに回し、右手のみで木剣を構える。ランドルは姿勢を低くし、ユージーンは木剣の柄を握りしめた。

「始め!」

 最初に飛び出したのはランドルだった。低い姿勢のまま、中段から胴を狙う。
 当然そのまま打ち込ませるわけもなく、ケイトは斬撃をいなす。
 そのままランドルが追撃を入れるかのように見えたが。

「うおおおお!!」

 ランドルの姿は消え、雄叫びと共にユージーンが渾身の一撃を振り下ろした。
 片手で受けてはひとたまりもないだろう。横に飛び退って避けるケイトだったが、その隙に、背後に回ったランドルが突きを食らわせようとする。
 すんでのところでケイトは体を捻り、剣でそれを弾いた。だが、迫っていたユージーンが、剣を横薙ぎに振るう。
 ランドルの剣を弾いた体勢で、受けるには間に合わない。
 どうするのか、と息を呑む観客。

「えっ足……!?」

 長い足を振り上げ、剣を握る手元を狙って押し留め、そのまま踏みつけるようにユージーンの手を下へ。
 意表を突かれたユージーンの力が緩んだのを見逃さず、すかさず剣を蹴りとばす。カラカラと音を立てて、木剣が場外へ追いやられる。

「ちっ」

 ランドルが舌打ちをする。曲がりなりにも騎士の決闘だ。武器を失った状態で、素手での乱闘はない。これでユージ―ンは脱落だ。

「ケイトさん、あんな戦い方するんですね……」
「普段はしませんよ。あれは、よほど形振り構っていられないんでしょうね」

 やはりあまり褒められた戦い方ではないのだ、と紗香は驚いた。
 あのいかにも型通りの剣を好みそうな騎士団長が、剣を用いた騎士の決闘で足技など。反則すれすれなのではないだろうか。

 ユージーンの脱落で一対一の形になったランドルは、辛うじてケイトの剣撃を受けていた。
 変則な動きを得意とするランドルだが、僅かな隙も与えず連撃を続けるケイトに、防戦一方となった。仕掛ける隙を与えない。
 片手だというのに痺れるほどの重さに、ついにランドルの握力が緩む。それを見逃さず、ケイトが剣を弾き飛ばした。
 そして切っ先をランドルの喉元へ。触れる直前でぴたりと止められたそれに、ランドルが息を止めた。

「しょ……勝負あり! 優勝は、ケイト団長!」

 わあっと大きな歓声が上がる。
 息を詰めていた紗香も、ほっと全身脱力した。
 たかがキスだとしても、やはりランドルよりは、ケイトが勝ってくれたことが嬉しい。

 ――いや、嬉しいってなんだ。

 自分の思考に疑問が浮かんで、赤くなりそうな顔を隠した。

 騎士達の賞賛を浴びながら、ケイトが真っ直ぐ紗香の元へと歩み寄る。そして少し手前で、膝をついた。

「サヤカ様。恐れながら、貴方のために戦った騎士に、一欠片の恩情をいただけますでしょうか」

 随分と芝居がかった言い方をする、と紗香はむず痒い思いで立ち上がった。
 ケイトの前まで歩み出て、彼の頬に手を添える。

「見事な戦いぶりでした。勇敢な騎士に、祝福がありますように」

 こんな感じでいいのかな、などと思いながら、そっと汗ばむ額にキスを落とす。
 歓声や指笛が聞こえて、恥ずかしく思いながら、紗香はそっとケイトに耳打ちした。

「来てくれてありがとうございました。本当は、ちょっと困ってたんです。勝ったのがケイトさんで良かった」

 微笑んだ紗香に、ケイトは珍しくぽかんとしたような表情をしていた。

「では、この後の聖女様の護衛は、勇敢な騎士殿にお任せした方がよろしいか?」

 からかうようなレナードの言葉に、はっとしたケイトは一つ咳払いをした。

「いや、このような泥臭い姿で御側にいるわけにはいかない。引き続きレナードに頼む」
「承りました」

 くすくすと笑うレナードに、心なしかケイトは赤い顔をしていた。
 この二人はもしかして結構仲が良いのだろうか、などと思いながら、紗香は二人の顔を見比べていた。
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