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13.初恋の結末〜高校生編〜

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 遅かった。いや、遅すぎた。彼女がずっと待っていてくれると勘違いしていた。何を期待していたのだろうか、俺は馬鹿だ。
 小野からの告白は衝撃が大きく、今日のテスト対策には全く身が入らない。無気力、絶望、喪失感と悲壮感が襲いかかる。そして、行き場のないこの感情は、怒りへと変わった。

「どうしてだ…どうして小野なんだよ!」
【バンッ!!】

俺はベッドの上にあった雑誌を壁に投げつけた。この怒りは彼女にも、小野にもぶつけても何も解決しない。孤独な空間で独り、頭を抱えた。
 ゆっくりと時間は過ぎていく。徐々に室内は暗く視界が悪くなっていたが、外は対称的に街灯で明るくなっていた。

「二人は…まだ一緒にいるのか」

俺は携帯電話を手にしたが、送信メッセージを打つ手が進まない。
 勉強の進捗について何気なく問うのか、又はまだ一緒に過ごしていることを問うのか。それとも、ストレートに進展があったかを問いたいのか。頭の中で決めなければ、携帯電話を打つ手も進むはずがない。それより、最後の質問は小野の返答次第では俺の傷心を更に抉ることになる。ダメージが大きい。

「何が知りたいんだ、俺は…知ってどうするんだ」

自問自答しても、この失恋には答えが見えない。

 携帯電話を手に持ったまま、ベッドに暫く座っていると【コンコン】と突然音が聞こえた。

「正志、まだ勉強中?」

それはドアをノックする音と母さんの声だった。

「いや、少し疲れたから…今は休んでいた」

嘘はついていない。失恋で疲れていたのも、それにより休んでいたのも事実だ。

「そう、ちょうど良かったわ。ご飯できたから食べに来てね」
「…わかった、行くよ」

用件だけ伝えると母さんはリビングへとすぐ戻って行く。俺が反抗期を迎えた頃から、母さんは勝手にドアを開けないから助かる。それにこのまま自室にいても何も捗らないから、気分転換にはちょうど良かったかもしれない。俺はゆっくりとベッドから降りると部屋を出た。

 珍しい。今日は兄貴がリビングにいる。大学生になってから、兄貴はバイトで帰宅時間が12時を過ぎることが多い。声をかけようとしたが、開口一番は兄貴だった。

「よお、正志!久々だなぁ」

まるで叔父が甥と久々に再会するような、嬉しそうな顔を俺にした。

「兄貴、久しぶり。今日は何でいるの?」
「今日はバイトが休みだから、早く帰って来ただけだ」
「…それだけじゃないだろう」
「はは、バレたか!彼女が風邪ひいたからデートがドタキャンされた」

頭と耳が痛い。今日失恋したばかりの俺にとって、兄貴とその彼女の話題は不要なものだ。
 食卓には兄貴と俺だけが座り、母さんはいつも通り慌ただしく動いている。また父さんも普段と同じでまだ帰宅していない。兄貴と俺だけがゆっくと夕食を食べる。
 何だろう。兄貴がずっと俺を見てニヤニヤと笑っている。何を言いたいのか、ハッキリしてほしい。

「ねえ…何か用?」
「お前さぁ、今は彼女いないのか?」
「はぁ…」

溜息しか出ない。俺の兄貴は小野以上に傷を抉るようだ。

「いねーよ、何で聞くんだよ?」

怒りで口調が悪くなってしまったが、俺としては早くこの話題から離れたい一心だからだ。

「いないのか、それは残念。もしいたら、その子の友達の女子高生を紹介してほしかったな~」
「ちょ、ちょっと待て!兄貴は彼女がいるんだろう…何で紹介がいるんだ!?」
「そりゃあ~紹介された子が、可愛くて素直な子だったら最高だろ?俺の彼女、見た目はすごく可愛いが、教養が無いのが欠点だ。その点、正志の高校の子なら物分りが良いと思うからな!」

 開いた口が塞がらない。付き合っている彼女がいるにも関わらず、女子高生の彼女を欲しがる人物が実の兄貴とは。同じ兄弟とは思えないほど屑すぎる。

「正志…今、俺のことを軽蔑しただろう?」

嫌悪感が顔に出ていたのだろうか。そのとおりだが。

「平気で二股するような男は、女からも嫌われるぞ…」
「それは違うな」

兄貴が真面目な顔をしながら、俺の言葉を最後まで聞かず遮った。

「な…何が違うんだ?嫌われるだろう、普通」
「【嫌われる】についてはその通りだ。しかし、二股はしない」

支離滅裂。試験ならこの言葉が当てはまるだろう。

「二股をしないなら、やっぱり新しい彼女なんて…」
「だから、正志と俺の論点が違うんだ。俺は彼女がいても、女の子との出会いは大事だと思っている。もし、俺が理想としている子と出会えたら、俺は今の彼女と速攻別れてでも付き合うさ。な!だから、二股ではないだろう?」

 兄貴の【理想の子】と聞いた途端、俺の脳裏に高山さんの姿が再び映る。俺にとって初恋であり、理想の子は高山さんしかいない。ただ、彼女にとって小野はどんな存在だったのか、それは知る由もない。

「なあ…兄貴」
「何だ?まだ違うと言うのか」

俺は先程まで嫌悪した兄貴を頼らなければならない。

「兄貴は…その、もし理想とする子には、既に彼氏がいたらどうするんだ…諦めるのか?」
「諦めるわけないだろう」

即答できるほど、簡単な答えだったらしい。

「ただし、奪うまでの行為はしない。俺も相手の男と殴り合いの喧嘩はしたくないからな」
「じゃあ、どうすれば…」
「ガチの答えを言えばいいか?」

先程までとは打って変わり、兄貴の表情は笑っていない。俺は頷いた。

「ああ、頼む」

真面目に返事をすると、兄貴は先程までの誂うような子供じみた表情へと戻った。

「はは、可愛い弟の頼みごとだからな!いいぜ。俺なら…二人の仲を引き裂くような行動を取るさ」
「例えば?」
「そう急かすな。手っ取り早いのが、真実味のある嘘を流す。付き合っているのにも関わらず【隠れて別の男といた】や【他の女の自宅に呼ばれていた】など、きっかけとなるような…」
「あら珍しい。二人とも何を話しているの?」

 俺の身体が【ビクッ】と反応してしまった。母さんがリビングへと戻って来たのだが、内容がちょうど兄貴の下衆な部分が出ている為に、聞かせる訳にもいかない。

「はは、ちょっとした兄貴からのアドバイスだよ!な、正志?」
「あ、ああ…」

こういう時の兄貴の機転はいつも感心させられる。そして、母さんも俺の横に座り、夕食を共に始めた。もう先程までの話をするのは無理だろう。

「正志。駄目元でさっきの方法を試してみろよ」
「わかった…ありがとう。ごちそうさま」
「お風呂は?」
「今日はいい。シャワーだけにする」
「わかったわ。無理しないようにね」

 俺は箸を置き立ち上がると、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出しリビングを後にした。
 兄貴と話したことにより、帰宅時と比べて気持ちが少し楽になった。そうだ、俺はまだ高山さんから「嫌い」と告げられた訳ではない。また、小野と高山さんは付き合っていることをクラスメイトにさえ隠している。兄貴の手が使えそうだ。
 今夜は考えることが多く、脳がパンクしそうだが、ここが正念場。俺は絶対に負けない。

 翌日、俺はいつも通りに登校をして教室内に入った。クラスメイトの半数以上が教科書やノートを広げ、最後の暗記や確認に入っている。しかし、小野を含め一部の生徒は教科書を手にしたまま、普段通りの会話を楽しむ。自信と余裕があり、羨ましい限りだ。
 俺の計画は昼休みの時間に決行する。それまでは、目の前の問題を解くだけだ。全てにおいて成功させたい。

 2日続いた期末テストは漸く終わりを告げ、緊張状態だった教室が、一気に開放感溢れる和やかな雰囲気へと変わった。
 俺はいつもの机の位置に戻ると、小野も俺の前の席へと戻って来た。そして、鞄から互いに弁当を取り出し、テスト前と同様に昼食を始める。
 小野は夏場だけ昼食を終えると、いつも飲み物を買いに行く。昨年、高山さんと自販機でやり取りしたのは、その日課とタイミングが重なったからだ。ただ、今回はそのタイミングがチャンスとなる。その時は小野は1人になれば、言い難い話もできるからだ。
 小野は食べ終わると、財布をポケットに入れて立ち上がった。

「小野、今日も自販機行くのか?」
「ああ。持参した飲み物だけでは、夏は足りないからな」
「俺も行く」

俺も財布をポケットに入れ、小野と共に教室を出た。

「小野はいつも通り余裕だろう?今回のテストも」
「そうでもない。難しかった」

他愛もない会話だが、テストについては本題へ導びく大事な話になる。

「昨日は彼女と勉強をしたのか?」

これは俺が帰宅してから、ずっと知りたかったこと。小野はどう答えるのだろう。

「彼女と一緒だったよ。俺の家に呼んだ」

やはり、小野と高山さんは一緒にいたのか。駄目だ、それ以上は知りたくない。小野は手を出しているに決まっている。自宅に呼んで、彼女に何もしない筈が無い。小野は高山さんの処女を奪ったのだろう。これ以上、小野に抱かせるものか。
 自販機に到着すると、小銭を取り出して飲み物を選んだ。小野が飲み物を出すタイミングで俺は再び言葉を発した。

「高山さん、左胸にホクロあったのには気付いたか?」

小野の動きはアイスティーを手にしたまま静止している。

「何で、長野が知っているんだ…」
「何でって、見たから」

小野から怒りと戸惑いが感じられる。ホクロについては小野も知っているようだ。先に知った俺は少し優越感で嬉しい。

「付け加えると、プールの時間ではないからな」

 全く嘘はついていない。確かに勘違いをしそうな部分を省いているが、全て真実を伝えている。

「ちょっと待て、嘘だろう!文香は俺に【初めての彼氏】だと…」
「確かに、高山さんとは付き合ったことはない。ただな…」

俺も自販機から飲み物を取り出すと、小野に笑いかけた。

「俺たちが中学生の時から、既にそういう関係だったってことだ。高山さんと手も繋いでいるし、彼女の太腿だって見ている」
「まさか…そんなはず…」

動揺を隠せないのだろう。それは俺も同じだが、平然を装うしかない。

「お互いに兄貴がいることも、高山さん自身が少年漫画にハマっていることもな」
「そんなに…親しい関係だったのか。じゃあ、どうして長野は文香と付き合わなかったんだ!?」

 小野は怒りをぶつけながら聞いてきた。もう俺との接点は全て出した。ここからは嘘を交えることになる。

「俺は…惚れていたよ。でも、高山さんは他にも気になる男がいるようだった。俺はそれでも良かったから、お互い身体だけの関係を持ったんだ」

小野の目がまだ険しい。嘘を見抜こうとしているのだろうか。

「高山さんの言った【気になる男】が小野、お前だったと想定できるか?昨日、お前から名前を聞くまでは信じれきれなかった」

小野の表情が怒りから哀しみへと変化していく。もうひと押しと確信した俺は、小野の両肩を掴んだ。

「小野、目を覚ませ!お前も彼女にとって都合の良い男だけかもしれない。付き合っていることを隠しているんだろう?それって普通ではないぞ」
「そうか。結局、文香も周りの女と同じだったのか」
「ああ。俺はもう高山さんの連絡先を消した。小野と彼女を共有するなんて、想像したくもない。早く別れた方がいい」
『高山さん、嘘ついてごめん』

俺は心の中で謝罪した。果たして小野はどう出る。それでもまだ付き合うのか、それとも別れるのか。

「長野の言うとおりだな。もう、付き合うのは無理だ」

 小野は携帯電話を手にすると、メッセージを打ち始めた。送信先は多分、高山さんだろう。「先に行く」と俺に言い残すと、小野は先に教室へと戻って行った。その教室は俺たちのクラスではなく、隣のクラスに行ったと安易に予想できた。
 その日から小野は高山さんの話を全くしない。二人は別れたのだろう。やった、俺の策は成功した。
 しかし、一つ大きな誤算があった。今まで軽い会釈ぐらいはしてくれた高山さんは、俺と目すら合わせてくれない。明らかに避けている。いや、それだけではないぞ。男子全員に対して避けている。どうやら、小野と別れたことにより、男性不信に陥ったようだ。どうしたことか。
 暫くは高山さんも他の男とは交際しないだろう。小野に処女を奪われてしまったが、それでも彼女のことは諦めきれない。俺の初恋はしつこいようだ。

◆◆◆

 さて、この暴露に近い告白を聞いて文香さんはどう行動をとるのか。
 もちろん、俺が文香さんで自慰したことや、兄貴のアドバイスについては省いた。そこまでは流石に言えない。
 俺は文香さんの初恋を、とんでもない形で壊してしまった。殴られても仕方がない程のことだから、歯を食いしばる覚悟は決めている。
 ただ、絶対に別れたくない。小野に譲る気は一切はない。
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