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9.背徳感から

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 私はシテしまった、元彼の小野君と。寝心地のよい彼氏のベッドの上で、服と髪は乱れお互いに虚ろな目で呼吸を整えながらまだ抱き合っている。でも、夢ではなく現実に起きてしまった。余韻に浸っている中、耳元で小野君が囁いてくる。

「気持ち…よかった、惜しいな…」
「何が…あぁん」

小野君は身体をゆっくり起こすと、私の中にいた己を引き抜いた。そのために、私の身体も反応して声が漏れてしまう。

「ふふっ、感じている声はやっぱり可愛いな。恥らう姿も素直で可愛いかったけど」

 身なりを整えながら、私との行為について笑顔で感想を言うのは反則だわ。しかも「可愛い」と小野君から褒めるなんて、急にどうしたのかしら。

「俺はリビングで休むから、文香はこのまま眠るか、風呂を借りたら良い」
「えっ…う、うん」
「今夜はこれ以上しないから安心しろ。ただ…」

 彼の顔がまた目の前に来る。距離が近い。そして徐ろに私の左胸にそっと手を乗せた。

「俺との関係を長野に知られたくなかったら、数日はイチャつくなよ。これでバレるから」

これとは先ほど小野君が胸に付けたキスマーク。まだくっきりと赤く痕が残っている。正志君の目に入れば、問われ相手について隠しきれない。小野君は不敵な笑みを浮かべ、正志君のいるリビングへと戻って行った。
 最後の小野君の言葉に全身の血の気が引いた。同意では無かったとはいえ、元彼に流されるまま行為をすることは、誰がどう見ても浮気。悪いのは彼女である私。激しい罪悪感と喪失感が襲う。
 私は着替えを手にすると、一目散にお風呂場へと駆け込んだ。汚れた身体を清潔にして、彼氏への裏切り行為を全て消し去りたい。起きたこと全てシャワーの水で流れてくれれば、どれほど幸せなことなのか。しかし、取り除くことのできない事実に失望し、私は一人泣き崩れるしかなかった。

 お風呂を後にした私は、ゆっくりリビングへと近づいた。先ほどまで流れていたAVの音声は消えていたので、2人ともリビングで寝ていると思ったけど違ったわ。テーブルの上に散乱していた空き瓶や食器グラスも綺麗に片付けられていて、小野君がシンクで水につけているところだった。彼氏が起きて指示したと思ったけど、彼はまだ爆睡している。ということは、小野君の意思で動いたのね。
 手慣れた手付きで片付る小野君に思わず見惚れてしまった。私の気配に気づいたみたいで彼と目が合う。

「風呂は済んだ?」
「え、ええ。それより、小野君がここを片付けたの?」
「ああ。いつもリビングを借りて寝ることが多いから、飲んだ後は俺も片付けるよ。でも、昨日は仕事疲れで先に寝落ちしたけどな」

そうだった。昨日は私も寝てしまったけど、小野君はリビングにいたんだ。

「昨晩だけ長野は俺を起こさず珍しく寝かせてくれたから、何か変だと感じてはいたけど…まさか、文香と付き合い始めただけでなく、俺に隠れてヤッていたとは思わなかったな。まったく酷い話だよ」

言葉は軽口だけど、私と正志君を交互に見る目はとても鋭い。そして、小野君は寝ている正志君の横に立ち、私を見つめる。

「でもさ、それは俺も同じ。裏切り裏切られたから…」

小野君が長野君を裏切ったことがあると知らなかった。彼は一体、何をしてしまったのだろう。

「ごめん、手を貸して。長野を寝室へ連れて行くから」
「寝室?」
「ああ、白酒は俺もやり過ぎたと思っているからな。罪滅ぼしではないけど、布団で寝かせるさ」

 小野君は正志君の右腕を自分の肩に乗せると、立ち上がらせた。フラフラだが正志君は小野君が支えているおかげで、倒れないけど安定もしていない。私は正志君の背中と腰を押しながらら、一緒に寝室へ連れて寝かせた。やはり寝心地最高のベッドは、持ち主にとっても最高のようで心地よさそうに眠っている。ただ、ここはさっきまで小野君と肌を重ねていた部屋。思い出した私は罪悪感からすぐにリビングへと逃げてしまった。
 小野君もリビングへと戻ってきたけど、この後どうすればいいのかしら。今日は泊まることを強要されて彼氏の家にいるのに、眠る場所がわからない。ソファベッドは小野君がいつも使用していると聞いているから使うわけにもいかない。困ったわ。予備はどこにあるのかしら。

「ねえ、小野君?」
「何?」
「私のベッドはどこだと思う?」
「はぁ!?」

まあ、そうでしょうね。聞き返すのも当然だわ。親友ならわかると思ったのが間違いだったみたい。

「ごめんなさい…変なことを聞いて。でも帰るわけにはいかないの。【泊まってほしい】と正志君からお願いされているから」

気にくわないのか、小野君の目がまた鋭くなった。でも、何かを考察していることもわかる。

「俺はもう少ししたら帰るから、文香がソファを使えば良い」
「本当、良いの?」
「ああ、構わないよ。但し、条件がある」

小野君はポケットから携帯電話を取り出した。

「文香、別れてから俺の番号を拒否しているだろう?まず解除しろ!」

冷や汗が出る。バレているわ。もう声も聞きたくないと思っていたから、高校からずっと拒否設定していたのよね。仕方ない。

「わかったわ、解除します」

私も鞄から携帯電話を取り出した。

「それから…」
「まだあるの!?」
「チャットもだろう。拒否するな」
「でも、今更どうして…」

そう、高校でフラレて以来ずっと小野君とは連絡を取り合っていない。取り合う必要もないと思っている。携帯電話を握りしめる私に、そっと小野君は前から抱きついた。

「お、小野君!?」
「言っただろう?俺と文香はまだ終わってはないって。足りないことが沢山ある。俺にも…過ごす時間がほしい」

 耳元で囁く彼の言葉はいつも私の心を揺さぶる。そんな心を見透かしているのか、小野君はまた同意もなく唇を重ねてくる。重ねるというより、私の唇を吸い付くようなキスをする。【チュ】と軽い音を何度も立てていると、彼と付き合っていた頃の甘い記憶が呼び覚ます。
 唇が離れ私も彼も虚ろな目になると、小野君は私の後頭部を手で引き寄せ顎を押すと、貪るかのような深いキスに変えた。彼の舌が私の口の中で混ざり合い【クチュクチュ】と激しい音を立てる。
 小野君は元彼だけど、今の彼氏ではない。駄目だとわかっているのに、このキスは気持ちいい。どうしてなのかしら。
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