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 それから、一ヶ月。
 このシエルと名付けた子猫に餌を与えた。
 しかし、従来の動物たちと違い、思ったほど上手くいかなかった。
 それなりに成長しているはずの体格が、何も変わっていない。
 少なくとも、コートの中に隠せる程度の大きさなので、容易に持ち運ぶことができた。同僚には笑われたものの、移動には便利だ。

「ふむ……もう少し、肉が欲しいか?」

 そう問うように聞けば、シエルは同意したように頷いた。
 だが“肉の調達”と言っても、与えている餌には肉が入っている。牛、豚、鶏などの動物系の肉が。それを食べさせても変化はなかった。
 もっと肉を買うべきか、けれども出費が痛い。
 どうするべきかと首を捻って考えていると、“あるモノ”が目に入った。
 それは女に与えられた特注の部屋の奥。そこには大きな冷蔵庫が鎮座している。
 おもむろにその冷蔵庫のドアを開ける。
 そこには職業上、絶対に処分しなくてはいけない“肉”が大量にあった。その肉は特殊で、常温で放置しても腐らずそのまま続けてしまう厄介なモノ。燃やしても凍らせてもので処分に困って、とりあえず冷蔵保存したのだ。

「……」

 それを見た女は、冷蔵された肉の一つを取り出した。



 また一ヶ月が過ぎた。
 今の“シエル”の大きさは大型犬とほぼ同じぐらいの大きさになった。肉を多くしたら、凄まじいスピードで成長した。
 処理しきれなかった“肉”を食べる分には十分大きいが、こんな冷遇する職場の権力から逃れるには小さ過ぎる。
 様々な位置にある口を使っているので、用意した餌を食べるのに結構時間がかかっていた。

「よしよし。よく噛んで食べるんだぞ」

 そう言いながら、シエルの頭を撫でる。
 シエルは今、野菜と加工した肉を混ぜたものを食べていた。よく食べるのだが、遠慮しているようにも見える。
 もっと“肉”を食べさせれば、もっと成長するかもしれない。
 でも、これはこれで可愛いと感じるようになったので、この大きさのまましばらく飼おう。
 そう思っていた時、ドアを叩く音が聞こえた。

「? 誰だ?」

 やや不機嫌な声を出しながら、女は玄関で応対するために向かう。
 玄関のドアを開けると、そこには青髪碧眼の、見慣れた顔があった。

「なんだ、アヴィラか。任務か?」

 目の前にいたのは、アヴィラという青年だった。女と同期であり、現地へ向かい直接作業をする仕事に着任している。
 気弱そうな見た目とは裏腹に、仕事を完璧にこなせる人間なので、こんな後処理そのものといっても過言ではない仕事を行なっている女の元へ来るなんて、よほどの事があったのか。
 そう身構えていると、アヴィラはまあまあといった形で彼女をなだめた。

「いや、ルーシュ。任務のために来たんじゃない。今日、俺は非番だ」
「じゃあなんだ?」

 そう女――ルーシュが問いかけると、彼女の足元にふにっと柔らかいものが当たった。

「ん?」
「あ」

 下の方へ視線を向けると、そこには食事を終えたシエルがルーシュに寄り添うようにいた。

「な、シエル! 出てきては行かんだろう」
「ふにんっ」

 ルーシュが持ち上げたことによって、シエルから妙な鳴き声が溢れた。軽々と持ち上げられ、シエルは廊下の方へ移動させられた。
 その一連の作業を見ていたアヴィラは、なんだか笑顔だった。

「すまないアヴィラ。今日のところは引き返して……」
「いやいや、ここまで来て帰るわけには行かないだろ。俺の目的、正にソイツだし」
「シエルが?」

 どういうことだ? と言わんばかりに怪訝な表情をするルーシュを退いて、アヴィラは部屋の中へ入る。
 そのまま、なんだか不貞腐れているように丸くなっているシエルの前まで行くと、アヴィラは懐からあるものを出して、シエルの顔まで持ってきた。

「ほ~らシエルちゃん。ちゅ~るだよ~」

 なんて甘い声を出して。

「は?」

 まさかの態度に、ルーシュは唖然としてしまった。彼女の中でのアヴィラのイメージは、気弱なように見えて毅然としている仕事人のような印象を持っていた。
 しかし今、この場にいるアヴィラは仕事人の印象は全くなく、大きな猫にデレデレになっている青年だった。「ほ~らおいで~」と言って、シエルの機嫌を取ろうとしている。
 が。
 プイッ、とシエルはそっぽを向いた。

「あ」

 思わずルーシュは声を出してしまった。
 まさかの反応にアヴィラは一瞬固まってしまい、じわじわと来るようにショックが来たらしく、がっくり肩を落としていた。

「そんなぁ……」

 なんて言って。
 その反動か何か、彼のコートの内ポケットからあるものが落ちた。

「ん?」

 ドアを閉め直して戻ってきたルーシュが、それに気が付き拾い上げる。
 その銘柄はとあるお菓子メーカーのロゴがあり、中身はチョコレートだった。
 こんな物を持って何やってんだ、と思いながらそのチョコレートを見ていると、むくりと起き上がったシエルがアヴィラの前を素通りして、ルージュの前に来た。
 それも、物欲しそうに前足を乗せて。

「シエル? これが欲しいのか?」

 問いかけても返事はない。しかし、コクンコクンと頷いていた。
 いいのだろうか。猫っぽい生き物に、チョコレートを与えるのは。
 そう考えていても、シエルは頂戴と言うように前足でペチペチ叩いている。
 様子が変わったことに気が付いたらしいアヴィラが、それを見る。

「あ、それ。後で食べようとしたヤツ……シエルちゃんそっちがいいの?」

 なんて言って、見守るようにそのまま座ってしまう。
 こんなカオスな状況下で、これ以上考えても仕方がないのでシエルにチョコレートを与えることにした。
 包み紙を外して、小分けにされたチョコレートの一つをシエルの口に放り込んだ。
 もぐもぐ。
 きちんと食べて、飲み込む。
 そうしたシエルは、どことなく幸せそうな表情を浮かべていた。

「……どうやらちゅ~るよりも、こっちの方が好きらしいな」
「そうですねぇ……」

 どことなく笑顔が戻ったアヴィラを見つつ、ルーシュも自然と笑みを浮かべた。見ているこちらも、幸せな気持ちになるのだ。
 そうして長い間、処分出来なかった大量の“肉”と、それに混じってお菓子を与えた。
 深い意味はない。そのチョコレートの一件以降、とても美味しかったらしくもっと欲しいとねだられたので買っては与え続けている。
 美味しそうに食べているのを見て、こちらも一緒になって嬉しくなってしまう。
 ……食べているのは口に出すのをはばかられる“肉”なのだが、そこだけ目を瞑れば中々可愛いものだ。
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