上 下
4 / 4

少し気にかかること

しおりを挟む
追われている。
追いつかれたら確実に殺される。
手に持っていた槍は先ほど狙いをつけて放ったのに全くもって効いていない。
こんなことは望んでいなかった。
私はこんなところで死にたくはないのに。
黒い炎が追いかけてくる。
あれに少しでも触れたらダメだ。
他を見れば逃げられたものと逃げ遅れたものが混在している。
他を助ける余裕などない。
ああ、何故、私はここにいる。

攻撃をかわしながら走っていると、不意に足元の感覚がなくなった。
次に感じたのは浮遊感。
ー落ちる!
崖かと思って衝撃に備えようとしたら、水の中に飛び込んでいた。
口から息が気泡となって飛び出るが、不思議と息苦しさはない。
水の中なのに、息ができる?
水の外に出てもすぐに襲われるかもしれない。
なら、少しばかり遠くへと泳いで逃げよう。
そこから仲間と合流するしかない。
そのまま潜りつつ泳いでいくと何かの影が見えた。
目を凝らすと輝いて見える。
光は水底まで届かないはずだから、光源があるのだろう。
あれは……

手を伸ばしたところで、光を感じた。
周りを見渡せば、後宮の中にあるいつもの自分の部屋だ。
「夢か……」
今回は鮮明だったな。
起き上がれば、着ていた夜着は汗で重みを帯びている。
あーあ、これはまたか。
悪夢で夜中に起きるよりかはマシになったけれど、14歳になっても夢との戦いだ。
最初の悪夢から6年間。
勉学も修練も重ねてきたけれど、まだまだ子供の域でしかない。
幼い頃から相変わらず私の周りには人が少ないため、着替えは自分で行う。
本来付けられるはず侍女や女官も少なく、ここ数年会っていない母に付いている、らしい。

いつものような皇女としての服装ではなく、動きやすい服に着替えると侍女の風薇がやってきた。
風薇は数少ない私の侍女だ。
女官には生まれた家柄などが重視されるが、侍女は登用試験の成績が重視される。
風薇は登用試験については上位であったものの他の皇族に仕えた際に、家柄が低いことで
他の侍女とうまくいかずに私のもとへと来たのだ。
人が少ないことと主人が私であるために、皆のびのびとしていることから風薇も気安く接してくれている。

「おはようござます、皇女様。」

「おはよう、風薇。」

「朝餉の準備ができております。」

「ありがとう。」
部屋で粥と食事をとっていると、風薇が顔を曇らせている。

「お加減がよろしくありませんか?」

「え、そんなに顔に出てる?」

「上手く隠しておられますが、私には顔色が悪いように見られます。」

風薇には隠しても無駄なのか。
今までも確かにさり気なく察せられて、淹れてもらうお茶とか考えてもらってたしな。
でも、今回はそんなにひどい顔なのだろうか。

「そ、そうなのか。うーん……夢があまり良くなくてね。」

「夢ですか。」

「最初は怖いはずなのに、綺麗なものも見てしまって感情が追い付かない。」

「よほど現実味があったのですね。」

「そうね。」

追いかけられていたのは、おそらく魔獣だろう。
逃げ惑う人がいたことから、何かしら不測の事態が起きたとも考えられる。
そして、落ちた先で見たのが龍だ。

人の世界では滅多に会うことができなくなった龍という存在。
龍と話すことができるのは白神殿の最高位の巫女のみ。
白神殿はそれぞれの大陸に存在しているが、灯奇大陸では神殿の名を取られた白州にある。
巫女は表に出ることは無く、俗世との関わりを切って生活し、神官らが取次ぎをしているという。

「風薇は白神殿に行ったことはある?」

白神殿のことを話すのは龍の存在に触れることにもなるため、普通の場合であれば避けてしまいがちだ。
しかし、ズルズルと状況を知ることを先延ばしにしてしまったため、あまり現在のことを知らない。
討伐について避けられたら関わらなくても良さそうだったからとか……思ってました。はい。
でも、やはり知らなければならない。
まずは手短なところから聞いてみるのが早そうだ。

「私はありませんねえ。そもそも、気軽に行けるところではありませんでしょう?」

「白州自体が山と森の奥地だから?」

「それもありますが、神殿の周りには結界が張られ、神官様のみがその結界の内と外を行き来できるそうです。」

「じゃあ、神官以外は入れないの?」

「いえ……皇宮の許可を取れば行けますが、なかなかお許しは出ないそうですよ。」

「何でまた……。」
「こちらに上がる前に耳に挟んだのは、皇宮が神殿とのつながりを独占したいからとのことらしいです。」

「ふうん?」

きな臭いな。

兄妹たちに外の噂や公邸に気に入られるような施策を思いつくような筋道の考えの話を
流しているものの、皇帝は動かない。
皇帝に気に入られるために必死な兄妹たちは焦っているが、唯一かわいがってくれている
皇太子の位は揺るがないということかもしれない。
皇太子がすんなり次の皇帝の位についてくれれば私も一安心だけれども、討伐命令だけは
仮初でも実績重視で他の兄妹たちにふってくれることを願っている。
何もしていない皇女にお鉢は回ってこない…はず。
でも、神殿とのつながりの独占については気にかかるところだ。

ふむ、梁論さんに聞いてみるか。
困ったときは師匠である。

良いように使ってるだけではないかとか言われそうだけど、気にしない。
気のせいだ、気のせい。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

彼はもう終わりです。

豆狸
恋愛
悪夢は、終わらせなくてはいけません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

クラスの双子と家族になりました。~俺のタメにハーレム作るとか言ってるんだがどうすればいい?~

いーじーしっくす
恋愛
ハーレムなんて物語の中の事。自分なんかには関係ないと思っていた──。 橋本悠聖は普通のちょっとポジティブな陰キャ。彼女は欲しいけど自ら動くことはなかった。だがある日、一人の美少女からの告白で今まで自分が想定した人生とは大きくかわっていく事になった。 悠聖に告白してきた美少女である【中村雪花】。彼女がした告白は嘘のもので、父親の再婚を止めるために付き合っているフリをしているだけの約束…の、はずだった。だが、だんだん彼に心惹かれて付き合ってるフリだけじゃ我慢できなくなっていく。 互いに近づく二人の心の距離。更には過去に接点のあった雪花の双子の姉である【中村紗雪】の急接近。冷たかったハズの実の妹の【奈々】の危険な誘惑。幼い頃に結婚の約束をした従姉妹でもある【睦月】も強引に迫り、デパートで助けた銀髪の少女【エレナ】までもが好意を示し始める。 そんな彼女達の歪んだ共通点はただ1つ。 手段を問わず彼を幸せにすること。 その為だけに彼女達は周りの事など気にせずに自分の全てをかけてぶつかっていく! 選べなければ全員受け入れちゃえばいいじゃない! 真のハーレムストーリー開幕! この作品はカクヨム等でも公開しております。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

この度、青帝陛下の番になりまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

男女比がおかしい世界にオタクが放り込まれました

かたつむり
恋愛
主人公の本条 まつりはある日目覚めたら男女比が40:1の世界に転生してしまっていた。 「日本」とは似てるようで違う世界。なんてったって私の推しキャラが存在してない。生きていけるのか????私。無理じゃね? 周りの溺愛具合にちょっぴり引きつつ、なんだかんだで楽しく過ごしたが、高校に入学するとそこには前世の推しキャラそっくりの男の子。まじかよやったぜ。 ※この作品の人物および設定は完全フィクションです ※特に内容に影響が無ければサイレント編集しています。 ※一応短編にはしていますがノープランなのでどうなるかわかりません。(2021/8/16 長編に変更しました。) ※処女作ですのでご指摘等頂けると幸いです。 ※作者の好みで出来ておりますのでご都合展開しかないと思われます。ご了承下さい。

王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。

みゅー
恋愛
 王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。  いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。  聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。  王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。  ちょっと切ないお話です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...