お願いです!ワンナイトのつもりでした!

郁律華

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番外編

浴衣を着ればクレープ奢り

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夏祭り。
それは暑さと屋台の食べ物の誘惑との戦いである。
清香が大学3年生のとき、サークル活動のメンバーで毎年恒例の夏祭りに遊びにいくという行事があったときの出来事である。

「ねえ、本当に浴衣着るの?」
サークルの同級生の部屋に何人か女性が集まる。
「女の子は浴衣持ってたら着て行けば、男性たちからクレープの奢りが出るらしいからさ!」
「この通り、桐川さん!」
「着付けを手伝ってください!」
はあ、とため息をついて、各自持ってきた浴衣一式を確認する。
作り帯が大体だが、一人本当に帯を結ばなくてはいけない人がいて、これは心してかからないといけないなと悟った。
一人一人着せていくのも時間がかかるため、帯のところ以外は各自出来るところまでするように指示を出す。
友人のコスプレで和装してたり、アニメの和装たまらんって言って調べまくってて良かった。
帯を結ぶときには手際よくおはしょりや結び目、腰紐などをきれいに調整していき、衿元などもそれぞれ着崩れが起きないようしっかりとしていく。
帯を一から文庫結びで整える必要があった同級生は他の子と協力しながら着付けていく。
大体の同級生たちの着付けが終わると、達成感がとてもあった。
もうこれで1日の労働終わったんじゃない?

「桐川さんも着るでしょ?」
おっと、私も着なきゃなのか……。
確かに手元に私の浴衣があるのだが、他の人が合わなかった場合に予備で置いていたものだ。
しかも、高校生の時に実家で叩き込まれた手芸の一貫として一から作ったもの。
縫い物くらい出来なくてどうすると手縫いとミシンとを叩き込まれたが、正直意味は分からなかった。
まあ、衣装作るときの助っ人としては重宝されてるけど。
さて、浴衣の柄は白地に桃色の花柄なのだ。
この柄はかわいすぎて着るのを戸惑ってしまう。
過去の私よ、流されて柄を選ぶんじゃない。
「ほらほら!髪の毛のセットはしてあげるから!」
断れなくて、結局着ました。
自分で作ってたのは、帯だけ作り帯のを買ってたので、一人ですぐに着れてしまった。
こうなったら、クレープ奢ってもらうしかないわ。

サークルの仲間で夏祭りは恒例行事であり、先輩が後輩に食べ物を奢る行事でもある。
私もかわいい後輩に奢ろうと思っていたが、浴衣を着るとなると流石に暑い。
友人が私の髪の毛をアップにしてくれたものの暑いものは暑い。
少しげんなりしながら、着付けをした同級生たちと集合場所に向かうと、既に何人かサークルの仲間たちが来ていた。
女の子の後輩たちも張り切って浴衣を着ていて目の保養である。
後で写真撮りまくろう。
「これは一気に華やかになったなー!」
男性たちが浴衣を着た女性陣を見て笑う。
4年生は就職活動のため、ほとんどおらず、結局最上級生は私たちだ。
お金は下ろしてきたし、何とかなることを祈ろう。


屋台を巡りながら、後輩たちが食べたさそうなものを見つけては奢っていく。
私は片手にビールです。暑いから。
脱水症状になってもこわいので、ちびりちびりと飲みながら、後輩たちと屋台のスイーツやご飯を分けあって食べる。
うう、焼き鳥とビール合わせたいけど、我慢。そんな暇はないんだ。
大きな祭りでもあるため、車道は交通止めとされ、歩行者天国になっていることから、危険も少ない。
浴衣が着崩れそうな後輩や同級生は道の端にて、整える。
また、先頭陣の進み具合を見ながら、後ろではぐれそうな後輩を拾いつつ、またいい感じの男女は放置しつつで忙しくしていた。

「ビール最高。」
「本当にね。」
後ろから私と同じようにフォローに入っている友人と笑いながらカランコロンと下駄の音をさせて歩く。
夏の風物詩だなぁ。

とあるクレープの店の前に来ると、その前は少し広い道であり、サークルの仲間たちが集合するように連絡が広められた。
わざとはぐれた人たちや食べ物目的でいなくなった人たちを店の前で待つ。
「クレープ、奢りきれるの?」
同級生の男子の一人に聞く。
苦い顔をして笑われた。
「他の同級生の男性陣たちも金を出してくれるから大丈夫だと思う。」
男性陣、がんばれ。
「そう。でも、一年生全部と浴衣着た女の子全員とか太っ腹ね。」
「いやー、がんばるしかないよね。恒例行事だし。」
後輩たちや浴衣を着た女性陣たちは、何を食べるかメニュー表を見て話し込んでいる。
「桐川さんはどうするの?クレープ決まったの?」
「私はあんまりクレープ食べたことないから、無難なのですぐ決められるし……後輩たちが楽しんでるなら、邪魔するのも悪いかなって。」
「ふうん?」
後輩たちが決まりましたー!と声をかけてきて、クレープの店の店員さんにお願いしていく。
まず、後輩たちが注文して、次に浴衣を着た女性陣。最後に私服の女性陣と上級生の男性陣である。
手渡されたクレープはサイズがそこまで大きくなく、食べやすい大きさで浴衣も汚さないようで済みそうだ。
私が後輩たちに話しかけに行っても気を遣わせそうだし、同級生は仲のいい人たちで固まっている。
サークルの同級生とは仲が悪い訳ではないのだが、四六時中一緒にいる友人という訳でもないため、少し離れたところからみんなを見つつ、変なところに歩いていく後輩がいないか確認しながらクレープを食べた。
我ながら、懐に入れた人以外の人と距離を置きやすい性格なのは否めないなと苦笑いしてしまう。
学部関連の友人だとずっと話し込んだり出来るのだが、サークルとなると色々と役割もあるため、そうもいかない。
人間関係も複雑なのでね。
恋愛とかで泥沼になるときは本当にこわい。
クレープの包み紙をくるくると丸めると、近くにあったゴミ箱に捨てる。

「桐川さん?」
後ろから声がして振り向くと琢磨がいた。
涼しげな洋装で羨ましい。
「相本くん?来てたんだ?」
別の大学に通っているとはいえ、大きな祭りのため遊びに来ていたのだろう。
「うん、サークルの仲間たちとね。みんなはあっちに並んでて……桐川さんも?」
「私も。ほら、みんなあそこでクレープ食べてるの。」
店の前でクレープを片手に談笑している集団を指差す。
「浴衣着てきたら、男性陣がクレープ奢るっていうから、みんなはりきっちゃって。」
「奢られるのは魅力的だもんね。」
琢磨が面白そうに笑う。
「そういえば、桐川さん、浴衣似合ってるね。」
イケメンからの笑顔での誉め言葉がきた。
私のメンタルにクリティカルヒットで大打撃。
こっわ。無意識ってこわい。
「そ、そう?柄がかわいすぎて浮いてそうなんだけど。」
ぎこちなく笑って返すしかなかった。
「でも、ほら、同級生たちが美人が多くてさ!ほら見てよ!私なんかより断然かわいいから!」
誤魔化すために先ほどの撮った写真を見せる。
「ふうん?」
携帯を覗きこまれるが、まずい!これは顔が近い!
イケメンのパーソナルスペースは近いのかもしれない。
自意識過剰は禁物だ。平常心かもーん!
「気になる子いたら紹介しよっか?」
思わず口から言葉が出た。
ちらりと琢磨の顔を見るが、表情から何も読めない。
「いや、いいや。」
琢磨の返事に拍子抜けしてしまった。
あれ?
彼女ほしいとか和人と騒いでるのにいいんだ……。
なんだかほっとしてしまった……いやいや、何でだ。
「それに、桐川さん、ちゃんと浴衣似合っててかわいいよ?」
ぎゃー!笑顔が眩しい!やめて!
私のなんやかんやが大ピンチだわ!
顔がいいからって!
「ほ、本当にそういうところさー……」
耐えきれなくなって、俯きながら呟く。
「うん?」
「あまりこう……そんな感じだと変な女子にひっかかると思うから気を付けるんだよ!」
この優しそうなイケメン、小悪魔にひっかかったら大変なことになりそうだもんな。
切実に気を付けてほしい。
「そうかな?」
琢磨が困ったかのように笑って首を傾げる。
そうだよと言いかけたとき、後ろから声をかけられた。

「桐川さん!」
先ほどクレープの代金について話をしていた同級生の男子だった。
何かあったのだろうか。
「みんなで写真撮ろうってなって…知り合い?」
男子が琢磨に気付いて聞かれる。
まあ、知らない人だもんな。
「うん、別の大学だけど友だち。たまたま通りがかって、話しかけてくれてさ。」
「どうも。」
笑顔で琢磨が挨拶する。
「あ、どうも!ほら、みんな待ってるから!」
「はいはい。じゃあ、またね、相本くん。」
「うん、またね。」
お互いに笑顔で手を振って別れた。



「わー!懐かしい!」
「どうしたの?」
休日に清香の家にお邪魔していたら、清香が携帯を見て声をあげた。
「ほら、クラウドに保管してた写真を整理してたんだけど、大学生のときにサークルの仲間で行った夏祭りの写真が出てきた!あの、琢磨と遭遇したときの。」
「ああ、あの時の。」
クレープ屋の前で、清香のサークルの人たちが集まってクレープを食べていたときに、たまたま通りがかって声をかけたのだった。
一人、清香は集団より距離をとるようにして、離れたところから仲間を見ていた。
幸い、自分と一緒にいた友人たちは食べ物を買うための行列に並んでおり、時間がかかりそうだったために少し話をした。
その頃も清香は自分が誉められることに慣れていなくて、同級生の方がかわいいと勧めてくるものだから何とも言えない気持ちになったものだった。
あの頃は自分の気持ちを理解していなかったが、今振り返ってみると、清香が一人で立っていることが見ていられなかったのだろう。
仲間から頼られることが多く、頼られるために動いていた清香は自分達と一緒に遊んでいた時とは違い、気を抜いてはいけないとどこか堅い表情をしていた。

「清香。」
「んー?何?写真みたいの?私の写真は恥ずかしいから見せないよ?」
「何で?」
「何でも!」
後ろから抱きついてじゃれてみると、楽しそうに清香は笑う。
あの頃のように一人で立っている清香ではもうない。
自分がそうしたのだと思うと自然と笑みがこぼれた。
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