お願いです!ワンナイトのつもりでした!

郁律華

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番外編

主人公とひよっこ魔王のお茶会

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琢磨と付き合ってから1ヶ月。
相変わらずお互いに忙しいが、忙しいなりに連絡は取っている。
琢磨からは次の転勤シーズンにこちらに来ることが決まったということで、住居を探しているらしい。
休みがとれるとこちらに頻繁に来ては住居探しに付き合わされ、勤め先の紹介物件やネット上の不動産状況を確認しては私に送りつけてくる始末である。
同棲はしないと言っているものの、私の家の近くに住みたいらしく、模索中のようだ。
触らぬ神になんとやらなので、大人しく見守りながらもメッセージアプリでやり取りを続けている。

ちなみに、マッチングアプリの存在がばれたときは非常にまずかった。
付き合い始めてから消したものの、うっかりメッセージアプリで連絡先を交換した人からお誘いの通知が来たのを琢磨が発見してしまった。
休みの日に会ったときにそんな通知が来るなんてついてない。
追求されてるときは魔王降臨である。
その後、琢磨の宿泊先のホテルに閉じ込められてました。
解放されたときには声が枯れました。

以来、報連相を気を付けるようにした。
だって、魔王降臨させたくない。
気をつけるのは、プライベートで琢磨が会ったことのない異性と会うときのみで良さそうなので、大人しく連絡している。
むしろ、何かあれば気にかけてくれそうなので、身の安全も確保されていいのかもしれないと現実逃避はしてる。



『前に話した前職の同期(男)とお茶してくる』

メッセージアプリに送るが、反応はない。
仕事かと思ってそのままアプリを閉じた。
そして、チェーン系列のファミレスに入り、ドリンクバーを店員に注文して、ドリンクを準備して茶飲み相手を待つ。
「お待たせー!」
テーブルに腰かけたのは以前、同じ職場で働いていた同じ年の男性である。
「ドリンクバー頼んだから飲んでる。」
「僕も頼んで取ってくるわ。」
「りょーかい。」
ドリンクバーに向かうのを眺めて、その男性をそういえば琢磨に逃げ道を塞がれていったあの日、ひよっこ魔王と思ってしまったなということを思い出した。
「桐川さん、お待たせ!」
「佐藤くん、久しぶり。では定例のお茶会です。」

ひよっこ魔王こと佐藤直明。
私と新卒で入社した会社で新入社員研修からの付き合いで、愚痴仲間だ。
趣味などを話すうちに性別を気にしない友人関係となっている。
むしろ女子力とは何かを私が直明から教わっている状況で、これはどういうことなのやら……。
「始まりましたな。では、今の職場の状態なんだけど~。」
直明から職場の近況と人間関係を聞く。
仕事上でどこまでの人間関係を構築しているか、または関係性を互いに把握していく。
そして、時折その話を掘り返しながら、会話が弾む。
ちなみに、直明はその人間関係を利用しては世渡りと称して、仕事を優位に進めていくため、私や一部の友人から魔王なんて呼ばれている。
お腹が真っ黒なのだ。
いや、あのブリザード魔王よりは本当にかわいいものなのだけれど。

「プライベートはどう?」
「彼女と別れました。連絡がつきません。」
「おっと…」
数週間前の私かな?
最近のことが怒濤過ぎて、連絡がつかなくて元カレとの自然消滅を悟ったのが結構昔な気がしてくる。
「桐川さんは?連絡がつかないっていってた彼氏とは自然消滅したんだろうけど…」
「その通り。自然消滅したけど、その代わり最強魔王を降臨させてしまった。」
「は?」
あの日から一連の出来事をかいつまんで話した。

「なんか…大変だったんだね…やらかしてるのは自業自得な気がするけど。」
失礼な言われようだ。
反論できないのが悔しい。
「でも、元カレさんとは結構クズな関係してるなと思ってたから、桐川さんには手綱握っててくれる人がいいんじゃない?」
「私は幼子か。まあ、クズな関係性だったのは否定できないけど。」
「でも、前に話してた片思いしてた人でそんな風になるのって結構ロマンチックじゃない?」
「いや、あれは…」
乙女の夢とかではない。
負けて生き残ろうとしても無理だったのだ。
ロマンチックとか生易しくなかった。
「佐藤くん、お願いだからそのままひよっこでいて?」
「は?」
直明はブリザードなんてできない。出来て悪魔の囁きぐらいだ。
逃げ道を的確にグサグサと塞いでいって、笑顔で止めを指してきて、捕獲なんてまだまだ出来ないのである。
琢磨がこわいわー。
その時に携帯の着信がなる。
噂をすればなんとやら。
直明はどうぞと言ってドリンクバーに向かう。

「もしもし?」
「あー、ごめん。まだお茶会してた?」
「してる。」
「いや、その…」
まさか、今日の相手のことを気にして連絡してきたのだろうか。
「あー、大丈夫だって。遅くならないように帰るし、むしろ私は女子力を教わっている。というか、前に話した佐藤くんだよ?」
「あ!その人か!なら安心だわ。」
過保護だ。
まあ、心配してくれるのはありがたいことなのだが。
「私は幼子か…で、まだ仕事中でしょ?大丈夫なの?」
「今は休憩時間。でも、桐川さんの声聞けたからこれからの仕事頑張れそう。」
「なっ…!」
琢磨の楽しそうな声に思わず何も言えなくなる。
こういうことを普通に言う人なんだよなぁ。
私の精神の修行は終わりが見えません。
「まあ、今回もちゃんと連絡してくれてるし、ありがとう。」
「だって……心配してくれるのは嬉しいし……私だって声を聞けたし……」
琢磨の優しい声に思わず本音が出てしまった。
その事実に恥ずかしさが込み上げてくる。
違う、私はツンデレ属性じゃない。
「やっぱり、今のなし!忘れて!」
「忘れるわけないだろ?」
「お願いだから!」
「無理。もっと素直になってくれれば今度会ったときにご褒美あげるのに。」
何故だろうか。このご褒美、まともな気がしないぞ。
「ご遠慮します!というか、休憩時間は大丈夫なの?」
「あー、そろそろかな。」
よし、誤魔化しに成功である。ほっとしたその時に琢磨の一言が来た。

「清香はイイコだもんな?」
「ひゃっ……は、はい……。」
その色っぽい声でイイコは勘弁してほしい。
イイコと誉められながら、琢磨の腕の中で何度も甘やかしつつ責め立てられているのを思い出してしまうのだ。
その言葉だけで変な感じになるため、勘弁してほしんだ!
仮にもここは外なんです。

「かわいい。じゃあまた、時間が空いたら連絡する。」
「…仕事頑張って。」
「ありがとう。」
通話が切れるとそのままテーブルに突っ伏す。
平常心、戻ってきてください。
早急な帰還命令です。

「上手くやってるみたいで良かったよ。」
直明がいつの間にかテーブルの席に座っていた。
「その彼でしょ?顔が百面相してたわ。心配してかけてきたの?」
「そうみたい…」
勘弁してくれ。精神ダメージが結構来てるんだ。
こんなはずじゃなかったんです。
「良かったじゃん!…僕、今だから言うけど、桐川さんのこと心配だったからさ。ちゃんと桐さんが頼りたい人見つけられたみたいで良かったよ。下手すると、誰にも頼らずに1人で全部やっちゃうから。僕たちが気づいたらキレイに終わってて先にいてくれて、こっちがまずくなるとすぐに手を回して守ってくれるでしょ?」
「お、おお」
まあ、懐に入れた仲間のために動くのはいつものことだし、もはや性分なのである。
変に誰かに頼んで失敗されるよりも自分でやって、被害の矛先が私に向けばなんとかなると思っていた。
「でも、それじゃあ、桐川さんのことを誰が守れるんだろって思ってたから、今の相手はちゃんと守ってくれそうだね?」
確かに、私をひたすら甘やかそうとするあの琢磨なら、何かあれば先手を打つだろう。
私よりも巧みに、周到に。
そして、上手く人を使いながら不利を有利にひっくり返して、敵を笑顔で報復するのだ。
決して自分の仕業だとバレないように。
優しい人、だから。

私は私を犠牲にするけど、琢磨はしない。
それに見合ったリスク分散をさせて上手く人を動かすのだ。
それが私たちの違い。

「確かに守ってくれるかもしれないけど、守られるだけではないもの。」
「桐川さんならそう言うと思ってたよ。」
リスク分散をさせたときに生じるものを想定して、一方向にリスクを集中させる方がマシな案件は私向きなのだ。
特に相手をみんなから見て悪役にしてしまうのは私の方がやれるだろう。私の負担が大きいけれど。
我ながら損な性格してるのも自覚はしている。
だから、琢磨はその負担に潰れる前に手をさしのべようとする。でも、その手に縋ったままでは何もできなくなってしまうから、全ての手はとらない。
琢磨には言っていないが、琢磨と向き合うと決めた時点で私の中ではそう決めている。
「ま、お互いに満足すればそれでいいんじゃないかな?もちろん周囲に被害は出さないでよ?」
「ど、努力する。」
「まあ、人間関係の誘導や操作なら協力はするよ。」
「ありがたいわー。」
直明の協力もなかなかに心強くはあるが、あのブリザード魔王がやはり最強な気がする。
だって、底が見えないのだ。
しかし、人間関係とはいつどうなるか分からないため、難しいしな。
協力関係は多い方がありがたい。

「で、ワンナイトに出来なかった結末としての感想は?」
紅茶を飲みながら聞かれる。
あの日をワンナイトに出来たら、それはそれで私の中で思い出にして、プリザーブドフラワーのように大切に心にしまっていたかもしれない。
「そうね…悔しいけれど、たぶんこれが私の幸せに繋がってるんだろうよ。」
これが私の精一杯。
まだ未来はわからない。
でも、今はあの日の上を歩き続けている。
そして、たぶんこれからも。


「幸せだっては言い切れないのが桐川さんらしいよ。」
ひよっこ魔王は朗らかに笑った。
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