お願いです!ワンナイトのつもりでした!

郁律華

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本編

油断してたら蛇が出てきた

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夜の記憶を全て取り戻して、新幹線の座席の窓に頭をぶつけたくなったところで、乗り換えの駅にたどり着いた。
メッセージアプリの一通りの手回しも行い、昨日は酔って何も覚えておりませんの準備は万端だ。
残るは琢磨のメッセージ対応のみ。


早朝に私が起きたとき、琢磨は完全に熟睡中だった。
元から私は睡眠が深くとれる性質ではない。
そのことに感謝しながら、私はいそいそと散らばってた服をかき集めて着て早々に退散しようする。
部屋をこっそりと出る前に鏡を見れば酷い顔をしていた。
バッグからいつも持ち歩いている使い捨てマスクを着ければ何とかごまかせそうだったため、マスクに感謝である。
ここまでの動きで琢磨に起きる気配はなかった。
残業続きと聞いていたため、その疲れかもしれない。
いや、あの絶倫っぷりは驚いたけど…

部屋を出るときに諭吉さん2枚をテーブルに置き、ホテルの備え付けのメモを破り、『ごめん、忘れて』の一言を諭吉さんの隣に残して脱出完了。
すたこら自分のホテルに戻って大急ぎでシャワーを浴びてから荷物をまとめてチェックアウト。
そして駅までひたすらダッシュである。

乗り換えを行いながら遠い目をしつつもう少しで家につくということろまで来たときに、何か引っかかった。
メモの内容をもう一度思い返すと顔の血の気が引いた。

…いや、あかんやん!それ覚えてるって白状してるメモやん!動転しすぎだ!

ちょうどそのとき、メッセージアプリが携帯の通知のバイブレーションを鳴らす。
恐る恐る見ると琢磨からだった。
既読をつけないように見ると、一文だけ送られてきていたのが確認できた。
『やだ、忘れない、覚えてろ。』
句読点が怖いです……。


それから、メッセージアプリでは優花が昨日の写真をアルバムにまとめてくれ、各自アップロードしながら表面上は穏やかにしていた。
『昨日は楽しかったありがとー!アルバム作ったから各自アップロードよろしくね!』
『りょ!今から漁りまーす!加工する?』
『後から加工して、それも随時アップロードして!』
『がんばって面白くします』
優花と私のやり取りがグループにテンポ良く上がっていく。
『昨日の桐川さんの酔ったのも撮れば良かったなー』
和人が反応してきた。
第一声がそれなのは心臓に悪いからやめてほしい。
『2軒目からの記憶がございません。許してください。お金は後日…』
『見物料として払ったから別にいいよ』
『記憶から消すにはどうしたらいい?殴る?奢ってくれるのはありがたいけど…』
『清香ちゃん、そんなに酔うの珍しいよね~』
『誠に申し訳ない』
琢磨はまだ出てこない。
社会人になってからは忙しいようで、メッセージアプリに反応してこないことが多い。
そのため、反対にそれが不自然ではないのがありがたい。
『あれから帰れた?』
『午後から仕事の準備のために使おうと思って、もう家にいるのさ』
和人の問いに答えるが、まあ理由は嘘である。
どんどん嘘をつくのが上手くなっていくな……。

『俺ももうすぐ家』
琢磨がメッセージに反応してきた。珍しい。
『今度の出張決まりそうだから、また明日から忙しくなりそう』
『琢磨、出張珍しいな!どこ?』
『○○の方で、もぎ取れそう』
ん?それって私の住んでるとこの近くでは?
『俺もそっち方面多いから、出張の日程被ったらまた飲もう!桐川さんも参加する?』
『仕事が落ち着いてたらねー』
無難にやり過ごすもののこれはまずい。
確実に会いに来る。
何とか逃げおおせるようにしなければならないが、幸運にも仕事は向こう3ヶ月忙しくなりそうだった。

神は我に味方した!ありがとう!

……そう思ってた時期があったんです。
私は土日祝日休みの仕事だが、琢磨や和人は金曜日に出張を入れてきてそのまま土日もこちらのホテルに泊まる予定を組んだようだった。
そして、今回は幸いにも月曜日は祝日なんだよ!何故だ!
終わった…
オタ活も舞台には行くタイプのオタクではないため、同士とのお茶会がない限り予定は入らない。
そして、和人たちが出張で来るときは舞台関連がある日で同士たちは忙しい。
オタクとは沼の状況でスケジュールが把握されやすい。そして、大学生からの友人たちは私の沼の状況をよくご存知なのである。
コラボカフェさえ落ちなければ!抽選って難しいね!
まだ、琢磨からの連絡がないのが救いなのである。

メッセージアプリに通知がきた。
『土曜の夜にちょっと飲まない?』
和人からのメッセージだった。
一安心したものの油断は出来ない。

『彼女は?』
『彼女の家に行く前にちょっとだけ話そうと思って』
『もしや、結婚?』
『プロポーズ何回断られたか教えようか?』
『まだその時期じゃないって言われてるんでしょ』
『その愚痴をさ~』
どうやら定期的に出張で現れては聞かされてる愚痴のお誘いだった。
『あー、はいはい。で、どこに行けば?』
『○○の駅の近くのこの居酒屋で』
リンクが送られてくる。
『りょ!もしかして相本くんも?』
『いや、土産見に行くって言ってたし、友だちにでも会うんじゃない?』
『りょ!』
神様、ありがとう!
逃亡にはこれで成功してうやむやに出来そうです。
ワンナイトは成功したようだ。

土曜日の夜。
居酒屋に行くと店員に案内され、個室に通される。
まあ、今回の目的は愚痴だもんな。
見知らぬ他人にでも、あまり聞かせたくはないかもしれない。
「やー、来てくれてありがとう!」
席につくと和人から笑顔で礼を言われる。
「はいはい、この間の奢りもあるので来ましたとも。」
店員さんにおしぼりをもらい、ついでにビールを頼む。
「酔った桐川さん面白かったわー。で、覚えてるでしょ?」
「何のこと?」
「嫌だなーこの間の酔ったときのことだよ。」
「だから、記憶にないってば!」
「これを見ても?」
差し出されたのはあの日ホテルに残してきたメモだった。ここにメモがあるということは和人は琢磨に会ったということになる。
メモを取ろうとすると和人にかわされた。
「おっと…ダメだよー俺の悪友いじめちゃ。昔言ったでしょ?アイツは高校の時から手段は選ばないし、下手すれば俺よりも上手く立ち回るって。」
和人が笑いながら話す。
昔、一緒に飲んだときに和人と琢磨の悪友ぶりを聞かされたことがある。
その内容は、和人が琢磨と一緒になって悪巧みをした際に、和人単体よりも琢磨と一緒にした方が下手に疑われず、むしろ誰からも文句を言われないように手を回すのが上手だったらしいということ。
二人で動けば確実だが、琢磨の手腕が和人よりも優れており、むしろ和人が過剰な被害を出さないために琢磨のストッパーを一時期していたこと。
聞かされたときは笑って聞いていたが……。
「……確かに聞いたけど……まあ、お互いにワンナイトってやつでしょ。ほら、いい大人になってきてるし?」
「桐川さん、本当にそうできると思う?」
和人の口元が弧を描く。
和人の手元には通話中の携帯画面。
……え、待って?
ふと、個室の外から予約の客に対してこちらの個室へと案内する店員の声がして、革靴の足音もした。
あれは魔王の足音だ。
そして、私達のいる個室の前で足音が止まった。
個室の扉の開く。
あー、嘘はみんな上手くなるもんだったのか。

「だってさ、琢磨?お前もビビってないでちゃっちゃとモノにすればよかったのに。そしたらちゃーんとだったと思うよ?」
和人が振り返って、笑いながら通話画面を切る。
「そうだな。仕事の忙しさもあったけど、ちょっと油断してたよ。」
真正面に笑顔の琢磨が座った。
お腹が真っ黒な大魔王な顔をした男だった。



油断してたら魔王が降臨した。逃げ道はない。
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