私はただ、憧れのテントでゴロゴロしたいだけ。

もりのたぬき

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【1部】第五章.いざ行かん馬車の旅

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数分後、領主の屋敷に到着した。
屋敷の入り口の前には、数人の冒険者と、屋敷の人と思しき人達が居た。

「バートさんが馬に女の子乗せてるぞ!!」
「本当だ!!あの女嫌いのバートさんが!?」
「天変地異が起きるぞ!?」

カポカポとそちらの方へ馬が近づくと、冒険者の人たちが驚愕の眼差しでそんな事を口走っている。

「お前ら黙れ!」

バートが一喝すると、冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように何処かへ行ってしまった。
疲れすぎて放心状態の私は、そんなやり取りを右から左に聞き流していた。


やっと馬が歩みを止めると、バートの手を借りて何とか馬から降りた。
地面に足が付いた途端、私はその場でへたり込んでしまった。

「う…動けない……」
「そんな所にいると馬に踏まれるぞ?」

笑を含んだバートの言葉に、私はぎろりと彼を睨みつけた。

「誰のせいだと思ってんですか…問答無用で速度あげやがって…」

乗馬は全身運動だとは聞いていたけど、馬を操っていなくてもこんなにつらい物なのか…。
お尻はひりひり痛いわ、太ももと背中はバキバキになるわで、明日くるであろうの筋肉痛が怖い。

『マスター、治癒のポーション飲みましょ?』
(うん…それでこの体の痛みは治る?)
『かなり楽になると思います』

ナビのアドバイスに従って、カバンから治癒のポーションを取り出し、ぐいっと一息で飲み切った。
徐々にお尻の痛みや疲労感が消えていく。

空きビンはカバンに戻すふりをしてアイテムボックスに入れ、何とか立ち上がった。

バートは近くに居た冒険者に自分の馬を預けると、屋敷から出てきた初老の男性に声をかけた。
「冒険者ギルド、ザラック支部のバートが来たと、ガイドーン子爵にお伝え願えるか」

「はい、盗賊討伐ご苦労様でございました。主からは到着次第、屋敷の中へ案内するよう仰せつかっております。お二人ともどうぞ中の方へ…」

そうして私たちは、その人の案内で屋敷の中へ入った。
案内された部屋の前で、私だけ部屋に入るように言われた。

「お嬢様は、こちらの部屋でしばらくお寛ぎくださいませ。バート様は主がお待ちですので此方へどうぞ…」
使用人のお爺さんは、そう言うとバートを連れて行ってしまった。

別の使用人の人がドアを開けてくれると、そこには護衛の冒険者4人と、御者さんが座っていた。

「御者さん!!怪我大丈夫でしたか!?」
「お客様…心配していただいてありがとうございます、ポーションと治癒魔法で直していただきました」

「良かったです…リムさん達も無事でよかった」
「こっちこそ、あなたと一緒に馬車の方に行くべきだったわ…」

とりあえずお互いの無事を確認し合った。
ここに居ない商人の親子たちは、元々この街で駅馬車から降りる予定だったとかで、自分たちの親類の家に行ってしまったらしい。

フードの男に関して聞くと、なぜか一瞬、冒険者4人が気まずそうな顔をした後、無理やり別の話題に切り替えられてしまった。

何故だろう?

そして、部屋にいる人達は事情聴取などは既に終わっていて、わざわざ私がここに来るのを待っていてくれたらしい。

「嵐と盗賊の襲撃で日程が大幅に遅れてしまった事、大変申し訳ございませんでした…」
「いえ、どちらも不可抗力じゃないですか。謝らないでください」

御者さんの話によると、私が馬車の中で男と対峙していた時には、既に馬は殺されてしまっていたらしい。
そのため、駅馬車としてもここまでの送迎になってしまうとの事だった。

返金には応じると言われたけど、本当に不可抗力だし、返金の要求はしなかった。

この街からもザラックへの馬車は出ているという話なので、それを利用しようと思う。
そのあと、御者さんとリムさん達は街の宿に戻るという事で、部屋から出て行ってしまった。


ぽつんと残された私はどうしたら良いんだろうか…バートが会わせたい人が居るって言っていたから、勝手に出ていくわけにもいかないし…。

部屋の隅に立っているメイドさんにバート達の事を聞いてみたけど、向こうの話し合いが終わり次第こちらに来るのでお待ちくださいなんて言われてしまった。

仕方なく、出されたお茶とお菓子を食べながら待っているが、いろいろあったせいで疲労感が半端ない。
慣れない乗馬がこの疲労の大きな原因だと思うけど…。

ふかふかのソファーが心地よくて、こっくりこっくりと船を漕いでしまう。
(あるじ、だいじょぶ?)
(ライム…うん…疲れちゃってめっちゃ眠いだけだから…)
『マスターは体力と筋力を着けなきゃダメですね』
(それなー、自分でも思ったよ…)

暫くすると、ドアがノックされた。

思いのほか大きく響いたその音に、ビクッと飛び起きた。
いかんいかん、完全に寝入ってた。

メイドさんが扉を開けると、先ほど案内してくれた使用人ともう一人、すらっと背の高いさっぱりとした格好をした50代くらいの男性が入って来た。

(この人、どこかで見たような顔をしているんだけど…どこで見たんだろう?)

「初めまして。私はこのラオッタの領主ヒューゴ・ガイドーンと申します。大変な目にあってお疲れでしょう。バート殿からお話は聞きました。部屋を用意しましたので今日はゆっくり休んで下さい。詳しいお話はまた明日しましょう」

この人がガイドーン子爵!
人当たりの良い柔らかい雰囲気の人だ。

「初めまして、ブロッサムと言います。え、泊めていただくなんて申し訳ないです…」
「いえいえ、バート殿もここの客人です。あなたも遠慮なく寛いでください」

子爵がそう言うと、さささっとメイドさん達が来て、あっという間に客間に案内されてしまった。

「こちらがお客様のお部屋になります。お客様のお世話をさせていただくアンナと申します」
「あ、ブロッサムと言います。よろしくお願いします」

シャキッとしたメイドのアンナさんの挨拶にドギマギしながら、私も挨拶を返した。
本物のメイドさんなんて、どう接して良いのかわからない!!

ていうか、バートは私の事をどこまで知ってて、どこまで子爵に話をしたんだ!?
会わせたい人ってのには、今日は会わなくて良いのか!?

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