ようこそふしぎの悪役さん!

さんりっとる吐血

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第3話 女王様は孤独

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 氷漬けにされたショッピングモールの最上階、その奥に居たのは世にも美しい青いドレスの女性だった。

「ワタクシに説教?アナタが?面白いことを言いますわね……」

「こっちは何も面白く無いっての!貴重な夏休みの予定一日潰されてんのよ!」

女性はアタシを無視して、オオカミに目を向けた。なんてヤツ!頭にきた!

「そこのオオカミ……アナタ、おとぎ世界からこちらに?」

「ああ、不本意だけどな」

「ということは……あなたもおとぎ世界の人……もしかしてあなたは雪の女王ですか?」

「ええ、確かにワタクシは雪の女王と呼ばれていますわ」

雪の女王?アタシの知らない人だ、いとちゃんは知ってるんだろうか。

「いとちゃん、雪の女王って?なんて名前の童話に出てくる人?」

「雪の女王だよ」

「いやあの人の名前じゃなくて題名が……」

「お話の題名も雪の女王なの」

あ~そういう感じね、じゃあひょっとして目の前にいるのって主人公!?今そんなすごい人と会ってるの!?
 
「まさか悪役の次にいきなり主人公と出会うなんてね……」

「ん?雪の女王の主人公は雪の女王じゃないよヒメちゃん」

「え?じゃああの人も悪役?」

「うーん悪役寄りかもしれないけど悪役では無いかな……」

なんじゃそりゃ、じゃああの人どんなポジションの人なのさ。絶対モブキャラでは無いだろうし……

「雪の女王の主人公はカイとゲルダっていう子供が主役のお話なんだよ、雪の女王はその中で色々あって性格が変わってしまったカイを連れて行くんだ」

雪の女王はカイという名前を聞いた瞬間、ピクリと体を震わせていた。

「聞いた感じ悪役っぽいけどホントに悪役じゃないの?」

「悪役とするかしないかは捉え方次第だけど……雪の女王は悪役としては出番が不十分なの、カイが変わっちゃったきっかけは悪魔の鏡っていう鏡の破片のせいだらそっちの方が悪役かも」

「あら、随分と私に詳しいじゃないメガネのアナタ、ですが……」

ですが?

「ワタクシの前でカイの名を出したのは間違いでしたわね!」

女王はいとちゃんに向かって氷の粒を飛ばして来た!

「危ねぇ!何しやがる!」

オオカミが何とかいとちゃんを守ってくれた、女王めアタシの友達を傷つけようとしたんだ、土下座で謝ったって絶対許してやらない!氷を溶かすまでけちょんけちょんにしてやる!

「なんなのさ!人の名前言っただけでぶっぱなしてくるなんて!女王様には常識ってもんが無いの?」

「その者があの男の名を出したのが悪いのですわ、恥知らずで礼儀知らずで恩知らずなあの男の名を!」

「ムッカーっ!逆ギレじゃん!そんなに嫌ならもっと言ってやる!カイカイカイカイカイ……」

「キーーーーッ!なんて低劣な!タダで帰れると思わないでくださいまし!」

「上等だよ!もうけちょんけちょんのベッコベコにしてやる!」

雪の女王は標的をアタシに変えて氷を飛ばしてきた!狙い通り!いとちゃんよりも、運動神経が良いアタシを狙ってくれた方が助かる。

「ほらほら!どうしたの?当たってないよー!」

「おい無茶するな!クソっこうなったらオレが!」

「みんな一旦止まって!!」

いとちゃんの声でその場が静止する。アタシやオオカミ、女王までもがその場で固まった。

「どうしたのいとちゃん!?」

「ごめんなさい女王様……彼の名前を出した事は謝ります、ですが私達にも譲れないものがあります」

「ではどうするのです?まさかそのひ弱な体でワタクシと戦うおつもりですか?」

「いえ、あなたとお話します」

そう言うといとちゃんは臆することなく女王の目の前に立った。その姿は今まで見た事がいとちゃんの中で一番かっこよかった。

「ほう、それでアナタはワタクシに何を要求するのかしら?おとぎ世界への帰還?それとも謝罪?」

「どれも違います。私はこの土地の解放をしてもらいたいだけです」

「それだけ?本当に?攻撃してきた相手に対してたったそれだけの事を?」

いとちゃんは頷き、話を続けた。

「私にはあなたがどうして現実世界に来たか、どうしてこのショッピングモールを自分の場所にしたのかなんて分かりません、だけど1つだけ言えます。ここはみんなの場所です!あなたにどんな事情があれ、みんなの場所を奪ってみんなを、友達を傷つけたなら私は絶対に引きません!」

「ワタクシを前にして一切動じる事無く物を言うなんて……」

「それと……これは要求ではなく個人的な疑問なんですが、何故あなたはわざわざ現実世界でこのようなことを?自分の居城が欲しいならおとぎ世界でもいいはずなのに」

「そこを聞きますか……いいですわ、特別に教えてあげましょう、ワタクシが何故この現実世界に来たのかを」

女王はそう言うと氷で椅子を作り、穏やかな顔でそこに座って語り始めた。

「ワタクシは寂しかったのです。彼が、カイがワタクシの元を去ってからずっと……」

「確かあなたが別の国に行っているタイミングで彼はゲルダに連れられて元いた場所に帰った。そうですよね?」

「ええ、その後もう一度彼に会いたくて彼の家に行きました。けれどそこに居た彼は別人のように変わっていましたわ。ゲルダと共に楽しそうに雪だるまを作り、雪合戦をして、暖かいスープを飲んでいた。まるでワタクシとの日々なんて最初から無かったかのように……」

女王の悲しそうな顔を見てアタシは少し顔が熱くなった。アタシもいとちゃんが突然いなくなったらすごくつらいし、その後なんて考えたくも無い。けれど女王はその考えたくもない“その後”を見てしまった、それはきっとアタシでは想像のつかない程のものだろう。

「ワタクシは城に帰るのが嫌になりましたわ、だってあの場所には彼との思い出が詰まってる。そこに居てはワタクシはずっと冷たい過去に囚われたまま……だからワタクシは城を捨て、引っ越すことに決めたのですわ」

「どうして現実世界のこの場所に?おとぎ世界の中で引っ越す事に不都合が?」

「ああ、アナタは知らないのですね。おとぎ世界は非常にルールが厳格でしてね、他の物語と干渉するという理由で引っ越しも簡単なものではないのですわ。特にワタクシは女王という立場ですので普通の人より更に面倒な事になりますわ」

「それでわざわざ知り合いのいない現実世界に……」

「この場所を選んだのは……人がいたからですわ。もう自分の孤独を和らげてくれるならばどこでも良かったのですわ……」

可哀想だけど……動機は自分勝手だ、ここまで聞いたけどやっぱりアタシはこの人を許せない。

「本当に……どこでも良いんですか?」

いとちゃんは女王の目を真っ直ぐ見て問いかけた。ここまで堂々としたいとちゃんは初めて見た、こんなに強いなんてずっと隣で見てきたはずなのにアタシは知らなかった。アタシは前を向くのが少し怖くなった。

「ええ、どこでも」

「なら提案があります。私の母と父が営んでいるパン屋が今人手不足で大変なんです、一緒に働いてみませんか?」

その提案は全員の予想を大きく超えたものだった。

「待っていとちゃん!さすがにそれはまずいって!」

「大丈夫だよヒメちゃん、前にお父さんがアルバイトを募集しようとしてたのは知ってたからちょうど良いと思う。それに、これでここが元に戻るなら誰も困らないから」

「ワタクシに働けと?このワタクシに?」

「はい、女王様といえど女王扱いはしません。ですがあなたを決して孤独にはさせません。あなたがこのショッピングモールを元に戻してくれるなら、私はあなたを受け入れます」

「……わかりましたわ」

女王がそう言って指を鳴らすと壁の、床の、天井の氷がまるで最初から無かったみたいに消えていった。少しすると建物から他の人声が聞こえ始めてきた、これにて一件落着なのかな……?

「おお……すごいなアイツ、ビビりもせずに……」

「うん、凄いよね……アタシあんないとちゃん見た事ない……」

「ありがとう本当に……アナタお名前は?」

「七瀬小糸です、こっちは親友の黒雪ヒメカちゃんと最近仲良くなったオオカミさんです」

「別に仲良くなった訳じゃあ……」

「オオカミとヒメカさんですわね、ごめんなさい。皆さんには迷惑をかけましたわ……」

「なんだ女王様って謝れるんだ。まぁ少しくらいなら許しクチュン!」

くしゃみが出た、これは間違いなく風邪の時のくしゃみだ。

「……今日は帰って、ショッピングはヒメちゃんが元気になってからかな……」

「そんなぁ!」

やっぱりアタシがこの女王様を許せる日はまだまだ先かもしれない。
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